36❊ニクラウスの苦悩
ベンディーク国王陛下が伴侶を迎えてから数ヶ月、ようやく平常を取り戻した城内だったが、未だにぽつぽつと祝いの品が各国から届いている。
友好国となるサバトルド王国の第二王子を迎え入れたことは、他国にとってはかなり意味があることなのだろう。
――ハァ……、あまり注目されるのは得策じゃないんだがな……。
肩をぐっと押さえながら、少し休憩でもしようかと思った時だった。ふと、執務室内にある窓の一番端の窓に奇妙な光景を見つけたニクラウスは目を狭めてじっとその影を見つめた。
国王陛下であるセルジュが、オロオロと遠目に不審な行動を取っているのが目に留まり、何かあったのかと疑う。けれど、その視線の先を探った瞬間、すべてを把握した。
――ああ……、レヴィン殿下が馬に乗りたいと言ったのか。
ニクラウスからしてみれば、戦争当時から知っているセルジュが手足のように動かされている姿が面白くて仕方ない。
まさに軍神とでも称されるような戦いをする男が、伴侶であるレヴィンの言うなりなのだから、愛の偉大さは底知れないと思う。
「失礼します」
部下のブラウンが書類を抱えて入ってくるのを見て、盛大なため息が出た。
国が大きくなってくると、問題も多くなるのは承知していたが、やっとの思いで解決しても次から次へと問題が発生する。
現在の悩みは染料の材料に関してだった。我が国が経済基盤として染料の製策に乗り出したのは、国が出来てすぐだったこともあり、最初の頃はあまり気にはしてなかったが、税金の納税漏れがかなり多いという話だった。
「ニクラウス宰相、どう致します?」
「領土によって染料の納税額を引き上げるしかないな、領地を持つ貴族に各自伝達を頼む」
「はい、分かりました」
我が国の染料は他国でも度々話題に上る。
その理由は鮮やかな紫を発色するスター・ベリーのせいだった。改良に改良を重ねた結果の成果でもあるが、実は土の種類によって実になる色が違う。
友好国であるルイーズ王国で栽培を申し出た時は、真っ赤な実をつけたと報告を受けた。他の国では黄色くなったという話を聞いているので、どうやら元々の土によって実る色が違うようだった。
それは良いとして、小さな国だった頃は問題は無かったが、今はそのスター・ベリーで作られる染料が度々問題にあがる。
国が出来たばかりの頃に誰でも育ててくれと、国民に申し出たのも我々なので今さら強制的に税金を徴収するのは忍びないが、これ以上、無法化してしまうのは避けたい。
そもそもの問題として、レヴィン殿下が身に着ける紫色の衣類が話題になっており、他国から仕入れたいと要請が多く寄せられている。ここで染料になるスター・ベリーが格安になってしまうと、それはそれで問題だった。
「ハァ……、誰か宰相代わってくれないか?」
「何を仰ってるのです」
ブラウンは、「冗談は顔だけにして下さい」と、冷たい対応をしてくる。
「俺は上司にも、部下にも冷たい態度を取られる宿命なのか……?」
「え? 陛下は優しいではないですか」
「そっちじゃなくて、あっちな……」
「ああ、レヴィン殿下ですか」
こくこくとニクラウスは頷いた。冷たい態度というよりは、自分の妻以上に小言が多い。けれど、言い過ぎた時など分かりやすく落ち込んでいるし、時折、頬を染めてそっぽを向く時は自分の娘と態度がそっくりだ。
「でも、レヴィン殿下は可愛いですよねぇ、何にでも一生懸命で」
「それ……、陛下の前では、『可愛い』とか絶対に言うなよ」
「分かってます。私は宰相より長生きするつもりですから」
生意気な部下に目を狭めつつ、ニクラウスは大きく息を肺に入れ込み、「それで、何か動きはあったのか?」と尋ねた。
どうやら、カトリーヌが聖皇教会に足を運んだ際、何かを持って出てくるという話だった。
「中身は?」
「それが、まだ分かってません」
「レグメント侯爵閣下の屋敷に密偵は入れたのか?」
その問いにブラウンが大きく頭を左右に振ると、困り顔でこめかみの辺りをカリっと指で描いた。
ニクラウスも密偵を忍ばせるのは簡単ではないだろうと、分かっていたが、もしかすると一人くらいは……、と甘い期待を抱いていた。
カトリーヌの情報が記載されている書類を手に取り、夫になるライナー・ミロイ・ガイアスの名を見つめる。
「ガイアス伯爵家はどうだろう……」
「名家ですので、同じく難しいかと思いますが……」
レグメント侯爵家は娘が二人、必然的にカトリーヌの夫になるライナーが侯爵家を継ぐ形になる。
多少の隙があれば、と思っていたが、両家ともに格式高い名家とあって新しい使用人を雇う時は徹底的に身分を調べるため、ニクラウスの密偵を忍ばせるのは難しかった。
「それにしても、カトリーヌ嬢は今年で二十六歳、どうして結婚しないんだろうな」
「それは双方の折り合いじゃないですか?」
そうは言っても侯爵令嬢が二十六歳になっても結婚しないのは肩身も狭いし、好奇の目にさらされているだろう。
遊学に出ていた四年の月日を考えても、ライナーと結婚したくないという意志の表れでもあるのかもしれないが、基本的に女の考えていることは複雑すぎて推し量れないからなぁ……、と自分の伴侶を思い浮かべた。
「そんなに警戒が必要ですか?」
部下の疑問の言葉を聞き、それに関してはニクラウスも思うところはあるが、セルジュが妙に気にしている。
どうして気にしているのかは壁を感じて聞き出せないでいるが、変な詮索をして機嫌を損ねるのだけは避けたかった。
戦争当時のセルジュを知っている者なら、誰だって彼の機嫌を損ねたくはないと思うだろう。
こちらの返答を待つ部下を見上げ、「他国の王族に関わることだから把握しておきたいだけだ」と伝える。こくりと頷いた彼は、「分かりました」と言って、速やかに部屋から出て行った。
――部下相手とは言え、セルジュやレヴィンの話となると必要以上に気を遣うな……。
強張った肩を押さえながら、ニクラウスは窓から見える修練所と厩舎を交互に見つめた。
セルジュの命令で、そのままルイスを騎士へと昇格させたが、本当に大丈夫なのかと目を細める。
彼がレグメント侯爵の息がかかった人物だとして、狙いはセルジュなのかと思っていたが、もしかするとレヴィンなのか? と最近は疑っていた。
この国を混乱に落とすなら、間違いなくセルジュではなく伴侶のレヴィンを狙った方が効率がいい。
――けどなぁ、レグメント侯爵閣下はセルジュを可愛がってたしなぁ……。
ふと、ニクラウスの中であの話が浮上する。
未だにパトリック王子がレヴィンに〝恋愛感情〟を抱いていることに関して、信じられない気持ちだが、セルジュが適当な話をするはずがない。
――なんでこうも問題ばかりなんだ。
ぐっと眉間に皺を寄せると、レグメント侯爵家に関する書類を自分の鞄にしまう。
どちらにせよ、あの日、自分はセルジュと約束をしたのだ。彼の右腕となり国を育てると、その決断は自分の中では何よりも固く重い誓いだ。
「まったく……、男の口説き文句に絆されるなんて、女以上にろくなことにならないな……」
軽く毒づくと政務室をあとにした――。




