35❊新婚
翌朝、目が覚めて横で眠るレヴィンを確認した。
まるで神話に出て来る女神のような姿をした彼の頬をなぞりながら、そのまま身体に視線を移せば、無数の赤い痕がセルジュの目に飛び込んで来た。
理性が焼き切れたせいで、自分の記憶が曖昧になっている。どれだけのことを彼にしてしまったのかと、今になってから自己嫌悪に陥った。
いったい、レヴィンの発情期が来たらどうなるのかと、自分でも恐ろしくなる。
「……ん」
彼が目を覚まし、気怠そうにセルジュを見る。虚ろな目をした彼に、「大丈夫ですか?」と声をかけた瞬間、顔を真っ赤にしたレヴィンが枕をこちらに投げてきた。
「この、化け物……」
その言葉を聞くのは二度目だった。一度目は確かニクラウスに言われたが、おそらく、意味合いは違うのだろうと解釈した。
「しばらくしないからな!」
「そうなのですか……」
そんなこと言われて、セルジュが少し残念に思っていると、レヴィンが寝台へと倒れ込む。
慌てて顔を覗き込めば、「まだ、余韻が……」と口を尖らせて顔を隠した。あまり記憶が定かではないが、よほど長く抱いていたのだろう。
快楽に酔うレヴィンの姿に魅せられ、セルジュの理性が飛び散る中、彼の身体を壊してしまわないように、それだけは心掛けたつもりだった。
けれど、不快な思いをさせてしまったのかもしれないという懸念に思い当たり、取りあえず彼の要望通りにすることにした。
「分かりました。しばらくはお休みしましょう。レヴィンの発情期が来るのを待ちます」
「……べ、別にどうしてもって言うなら……」
「では、今夜?」
セルジュがそう言った途端、「前言撤回する」と言って掛け布に潜り込んでしまった。
やはり、多少は不快なことがあったのだと解釈し、とにかく彼の言う通りにした方が良さそうだと思う。
本当なら、一日中、一緒にいたいが、嫌がられてしまう気がして、さっさと身支度をすることにした。
「今日は一日休んでいてください。カールを呼んできます」
「ああ……、あ、ブランカにしてくれ」
「分かりました」
どうやら、カールだと昨晩の話を聞きたがるので、それが嫌だという理由のようだった。
ブランカとは昨日会っているが、簡単な挨拶だけだったので、初仕事をさせるのに良い機会だった。
主人の体を労わるという役目は、本人の自信にも繋がるだろう。それに、レヴィンの世話をしていくうちに、城における彼女の地位もそれなりに築かれていくはずだ。
後ろ髪を引かれる思いで部屋を後にしたセルジュは、廊下に控えていた使用人を見つけ、ブランカを呼んでくるようにと命じた。
気が進まないまま鍛錬所へ向かうと、数十人の剣士達がすでに稽古しており、セルジュを見て姿勢を正すと、片膝をつき頭を垂れた。
「修練を続けてくれ」
それだけ告げると、奥にある厩舎へ向かった。
「俺の馬を」
「すぐ、ご準備致します」
厩舎にいる世話係が、セルジュの馬の準備をし始める。それが整うまで見張り台へと足を移動させ、遠くに見える街を見つめた。
我が国は数年前から驚くほど人口が増えたこともあり、城務めの者だけでは国の管理はしきれなくなった。そのため、仕方なく階級制度を導入した。
商売上手で町の発展に貢献した者には爵位を与え、剣士もそれなりの階級を持たせた。
問題は、我が国の若者が剣士志願の者ばかりで、事業をやりたい者が極端に少ないのが悩みの種だった。
しばらく物思いに耽っていると、「あれ? 新婚なのにお出かけですか」とニクラウスのニヤけた声が飛んで来る。
「街を少し見て回る」
「お忍びも大概にして下さいよ。陛下が出掛ける度に護衛がどれだけ動員されると思っているんですか」
「ん、動員されてたのか?」
はぁ? と口を開けて呆れた顔をするニクラウスが、「当たり前じゃないですか!」と抗議してくる。
「全然、知らなかったな。俺に気付かれないとは、随分優秀な護衛だな」
「ええ、それはもう、優秀……、ってそこを褒めないで下さい!」
ぶつぶつ文句を言う彼も、ここ数年で随分と変わった。今まではセルジュに対して普通に会話していたが、常に敬語を使うようになった。
伯爵の爵位を与え、結婚し家族も増えたことで、以前のような危うさや、刺々しい印象を与えがちだった風貌もすっかり丸くなっている。
「ところで、あまり良くない話があります」
「なんだ?」
どうやら、パトリック王子が教皇と密談をしたという話で、数人のオメガを土産に持って行ったという。
「ハァ……、教皇と組む気か……」
「どうでしょうか? あまり利点はないと思いますが」
「いや、レヴィンを天秤にかければ、教皇にもパトリック王子にも利益が一致する」
教皇は権力を、パトリックはレヴィンを、両者ともに自分の欲しい物が一致すれば、何をしでかしてくるか分からない。
「いっそ、殺します?」
「そうだな」
「げ、本気かよ……、っじゃなくて、本気ですか……」
別に他人がどうなろうと知ったことではない。セルジュにとって一番はレヴィンであり、それ以外は無価値だ。
「教皇を暗殺すれば、諸国諸々の混乱は避けられませんよ」
確かにニクラウスの言う通りで、強硬手段に出られない理由もそこにある。
パトリックに関して言えば、本人が一番触れられたくないことを教皇に知られて仕方なくオメガを持参した可能性の方が高い。
どちらにせよ、両者ともにレヴィンが絡んでいることは間違いない気がした。
「たまに、陛下のことが怖く感じますよ」
「そうか?」
「あなたは優しいだけの王ではありませんし、何というか……、レヴィン殿下のためなら平気で自分の命を危険に晒すようなこと言うので」
間違いではないだけに返答する言葉が見つからなかった。
「あ、あと、この間の剣士試験に合格した人物の中に妙な者がいます」
それに関してはセルジュも気が付いており、「ルイスのことか」と名を出した。
「ああ、ご存じでしたか」
「おそらく、レグメント侯爵閣下の部下だろう。身分は隠せても剣筋は隠せないからな」
「ですね、……彼は密偵役でしょうか?」
セルジュはその問いに首を横へ振った。ハリーから何の連絡もないということは、ルイスの独断か、違う誰かに命令されたかのどちらかだ。
「しばらく泳がせておく。ただ、俺よりレヴィンの護衛を強化してくれ」
ニクラウスは、「分かりました。早速手配してきます」と言いながら深く頭を下げ、静かにその場を去った。
それにしても、教皇と手を組むとは見下げたものだとパトリックの行動を蔑んだ。
オメガを土産に持って行ったという話も含めて、何もかもが気に食わないし、苛立たしい気持ちにさせる。
こちらが先に行動するより、やはり、あちらが先に動くのを待つ方が賢明だろう。
教皇をけしかけて、中央都市から戦争を仕向けてくる可能性も十分ある。なぜなら、未だに教会建設の件で我が国はもめているからだ。
どちらにせよ、現状は様子を見るのが得策だった――――。




