34❊華燭の典
澄んだ空気と雲ひとつない空、神聖な契約を行うには、これ以上ないほど天候に恵まれたこの日、サバトルド王国の紋章が入った馬車がベンディーク王国に入国した。
盛装に身を包んだセルジュは、忙しそうに動き回る侍女や従僕が行き交うのを横目に、聖堂にある控室の窓から空を眺める。
結婚式というものは神聖であるべきだと子供の頃から思っていたが、自分がいざその場に立つ時がきたら驚くことばかりだ。
――契約書に署名して、さっさとレヴィンを部屋に閉じ込めたい……。
これほどの欲求が湧くこと自体、セルジュにとっては不思議で驚くことだった。
神聖とは真逆の思考に囚われている己に失笑しながら式場へと向かう。
場内の至る所に飾られた色とりどりの花、特注で誂えた絨毯、どれもこれもレヴィンのためだったが、おそらくこんな物はすべて霞んでしまうだろう。
先に壇上にあがり、レヴィンが入って来るのを待ち望んでいると、入り口の扉がゆっくりと開かれる。一瞬、参列者の声で会場がざわつくが、それはすぐに静粛な空気へと変わった。
会場内に差し込む光は全てレヴィンに注がれ、絹糸のような髪が光をはらんで淡く発光している。その姿は、誰もが息を飲むほどに美しく、セルジュは久々の感覚を体感した――。
レヴィンの一番最初の婚姻相手はブライト伯爵家のネイサンで、セルジュは近辺の護衛として入口に配属されていた。
今日の装いと違わぬ盛装を身に纏い、静かに歩みを進めてくるレヴィンを見て、立場を忘れてただ見惚れた。
相手のネイサンは言うまでもなく、高揚した様子を見せ、遠目にでも彼の喉元が嚥下するのが分かったほどだ。
あの時、何故か自分が誇らしい気持ちになった。仕えている主の息子であるレヴィンが、誰の目にも美しいと認識されることに、晴れがましい気分だった。
――それにしても、二度も彼と結婚するとは信じられない気分だな……。
隣に辿り着いたレヴィンを見つめる。あの頃の年齢に達したレヴィンが目の前にいるだけで感慨深く、胸が一杯だった。
神父が誓約書を前に、「互いに聖なる婚姻の契約を結び、命ある限り、お互いを愛し、敬い、生涯添い遂げることを誓いますか?」と問いかけてくる。
レヴィンと顔を見合わせ、笑みを交差させた後、二人同時に誓うと宣言した。
「それでは、誓いの口づけを」
神父に促されるまま、セルジュはレヴィンへ唇を重ねると、ほぅと切ない溜息が参列者から聞こえた。
一度目とは違い、今回は国同士が友好関係を築くことを前提としているため、予想以上に盛大な式となった――――。
無事に結婚式が終わり、城に静けさが戻ろうとしていた時、「やっと終わった……」と、レヴィンが本音を漏らし、長椅子でぐったり項垂れた。
「結婚式なんて面倒なだけだと、ずっと思っていた……」
そう言ってレヴィンが一旦口を閉ざした。一向に話の続きが聞こえてこないことを不審に思い、セルジュは彼の方へ顔を向けた。
瞳を潤ませた彼が言葉を躊躇っているような様子を見せたあと、「……こんなに心待ちにした結婚式は初めてだった」と言う。
「俺も、あなたの成長した姿を見るのが待ち遠しかったです」
「待たせて悪かったな」
「いいえ、どんな姿でも好きですが、子供の姿だと罪悪感が湧いてしまいますから」
不意に彼の手が、セルジュの頬に触れる。
「この年齢なら罪悪感は湧かないのか?」
「はい……」
ほっとした顔をしたレヴィンの唇が自分の唇に重なる。
きっと今は発情期ではないのだろう。それは分かっているのに、こんなにも甘い香りがするのは、セルジュの錯覚だ。
彼が向き合う形で自分の膝に腰を落とし、「湯浴み……」と言う。セルジュがすかさず、「一緒に?」と聞き返すと、小さくうなずいた――。
彼を抱えて隣の浴室へ向かう。既に使用人の手によって準備は整っており、ため湯の前でレヴィンを床に降ろすと、すかさず彼の衣類へと手を伸ばした。
シャツのボタンをひとつ外した途端、「じ、自分で脱げる。子供じゃないんだ」と抗議の声があがり、彼の手がセルジュの手を止めようとする。
そうではなく、単純に自分がやりたいからだと伝えると、レヴィンは制止していた手を離してくれた。
「気を楽にしてて下さい。使用人にされているのと同じだと思えばいいのです」
「お前が使用人なんて似合わないな」
そう言いながらレヴィンがくすっと笑う。緊張がほぐれた様子を見たセルジュは、脱げかけている衣類へと手を伸ばした。
シャツを脱がせると、薄い胸板となめらかな白い肌が露になった。触れた指先から絹に触れたかのような感触が伝わって来る。
じろじろ見過ぎたせいか、レヴィンの頬がみるみるうちに赤く染まり、その熱が色々な箇所へと飛び火し、全身が淡く熱を宿していた。
「あ、あんまり見るな」
「どうしてです? とても綺麗ですよ」
恥ずかしさに耐え切れなくなったのか、レヴィンは残っている衣類を自分で脱ぎ捨てると、急いでお湯の中に入ってしまった。
もう少しゆっくり観察したかったが、自分の身体がレヴィンに反応して熱を持ち始めている。
せっかく一緒に入ろうと言ってくれたのに、抑えのきかない男だと思われたくなくて、熱が冷めるまで冷たい水をかぶり、セルジュもお湯の中に入った。
「洗いましょうか」
「……っ、いい」
拒絶は慣れているが、今のレヴィンになら、罵倒されても喜んでしまいそうな自分がいる。
――重症だな……。
己の愚かさに失笑しつつ、湯の中で煌めく肌を眺める。元々色素の薄い肌だが、自分の荒んだ肌のせいか、彼のきめ細かい肌がより際立って見えた。
水に濡れた髪は艶やかな糸を見ているようで、触れたら何の引っかかりもなく滑り落ちてしまいそうなほどだ。
正直、彼のどこを見ても〝美〟しかないことに、今さらだが驚く。そっと彼の髪に手を伸ばし、「もう少し近付いても?」と尋ねた。
「いい……けど」
断らないでくれたことに感謝しつつ、少しだけ近くに寄った。
湯につかったせいで全身が薄い薔薇色に染まっているのか、それとも、先ほどセルジュが見つめ過ぎたからなのか、どちらにせよ、一切の濁りを知らない肌が熱によって染まる姿に、セルジュはこの上なく興奮した。
「唇に触れても?」
「わ、わざわざ聞くな」
軽く睨まれたが、現状においては、それすらも可愛かった。
彼の頬を両手で包み、ゆっくりと唇に舌を割り込ませる。小さな舌が逃げ惑うが、それを絡めとると、甘くてなだらかな感触にセルジュは夢中になった。
時折レヴィンから放たれる猫のような鳴き声のせいで、くらくらとめまいに襲われる。
長い間、重ねていた唇を離し、レヴィンの瞼がとろりと落ちている様子が、官能的で深い溜息が出る。
その途端、びくっと震える肩に気が付き、これは怯えさせたのだろうかと気になり、「大丈夫ですか?」と声をかけた。
「もしかして、罪悪感があるのか……」
どうやら、セルジュの溜息が後悔を滲ませたものだと思ったようで、誤解を招いたようだった。
「いいえ、夢のようだと……」
「そうか……私もそう思っていた」
いじらしい姿は、セルジュの身体を限界まで昂らせた。
あまりに性急過ぎてはいけないと思うのに、彼の言動は容赦なくこちらの理性を奪い取る。
このままでは初夜を水浸しで終えることになると思ったセルジュは、「先に出ます。レヴィンはゆっくりしていて下さい」と、伝えて先に出ることにした――。
部屋に戻ったセルジュは寝台に腰掛け、ゆったりと窓辺へ目を向ける。こんな日がくるとは夢にも思っていなかったな……、とレヴィンと結婚していた過去を思い浮かべた。
ほんの一瞬だけ、夫婦の夜について考えたことがある。世継ぎの問題を話せば、彼はすんなり身体を差し出すだろうと思っていた。
けれど、彼が望んでいないことを強行する気にはなれなかった。レヴィンが避けていることを察していたし、強行して怯えられたら最後、どう接して良いか分からなくなりそうで接触は避けていた。
だからだろう、今の状態は自分でも驚くような進展だと思うし、嬉しい気持ちが大きい。
レヴィンが自分を受け入れてくれるのであれば遠慮する必要はないと、正直な身体が勝手に牙を剥いている。
制御不能なほどに高揚していることに気が付き、セルジュは昂る気持ちを落ち着かせようと、サイドチェストにあるワインに手を伸ばした時、隣の扉が開いた。
「待たせて悪かった」
レヴィンがそう言って部屋に入って来ると、渇望が更に渇いていくのを感じた。
開けた隙間から見える胸元に目をやった瞬間、満たされたいと願う身体の欲は限界に達し、思考が獣のように変化していくのを感じる。
その日、セルジュの長年の自制が、ついに粉々に砕けた。荒くなる呼吸は言うまでもなく、愛しくてたまらない人を胸に抱きながら長い夜を過ごした――――。




