31❊聖皇教会
レヴィンがいない日常にも慣れた頃、諸々の仕事を片付けたセルジュは聖皇教会へ出向いた。
一日置きに届く書状にうんざりしたのもあるが、レヴィンの件について、はっきりと釘を刺しておきたかったのが一番の理由だった。
「しかし、レヴィン王子とセルジュの婚約を一早く嗅ぎつけていたとは、教皇もなかなかやるな」
少々呆れたようにニクラウスが言う。それに関しては我が国と同じように密偵を潜らせている可能性よりも、教会に加担している貴族がそれだけ多いということだと思った。誰から洩れた話なのかは考えたくはないが……、とセルジュはぎゅっと腕組をした手に力を入れる。
馬車の窓から同じ方向へ向かう渡り鳥を眺めながら、「教皇閣下のオメガ嫌いの理由は分かったのか」と、ニクラウスに向かってセルジュは口を開いた。
「教皇は幼少期に虐待を受けたらしい」
話の展開が読めず、セルジュは眉間に皺を寄せた。
「教皇はオメガだよ」
「そうなのか?」
「ああ、表面上は隠しているが、教皇が幼少期に下男として仕えていた男からの情報だから間違いない」
ニクラウスは少々苦い顔をしながら情報を報告する。どうやら、かなり酷い状況に置かれていたらしく、幼い教皇相手に凌辱の限りを尽くし、精神的な崩壊を招くほどだったと言う。
「毎日のように犯され続け、僅か十三歳で子供を産んで、その子は目の前で殺された。次の子も次の子もだ」
「むごい事をする……」
「ああ、だから、前の教皇が死んだ時、今の教皇閣下に殺されたという噂が一時期飛び交っていたが、実際は分からない」
噂とは本当のことを誇張されることが多い。なので多少は関与しているのだろう。押し黙ったセルジュを見ながら、「まあ、何と言うか……」と、ニクラウスは話を続ける。
「教皇閣下のオメガ嫌いは複雑な環境のせいかもな、自分が虐待を受けたからなのかオメガに対して、かなり酷い拷問を行っている報告を受けている」
セルジュは組んでいた腕を解きながら、「それで、実際のところ聖皇教会の人間は無属性なのか?」と一番重要な話を振った。
「いやいや、そんなわけない。半分以上がアルファで、教皇が発情期に入ったら相手をさせられている」
「ハァ……、まったく聖職者が聞いて呆れるな」
「けれど、変だと思わないか?」
ニクラウスの言葉に、「変?」と聞き返しながら、セルジュは首を傾けた。
「オメガが教会の最高位に君臨するなんて余程の力がないと無理だろう? それこそ、幼少期に凌辱され続けた子が、今やアルファを従わせる権力を持っているなんて、誰が考えてもおかしい」
確かに言われてみれば変な話だ。
セルジュは教皇の姿を一度も見たことはないが、オメガというなら体格もかなり小さいはずだ。
そもそも、自分達のように訓練を受けた者でもない普通のアルファがオメガに従うのは変だ。
「つまり、教皇閣下には後ろ盾がいるってことか」
「後ろ盾程度なら良いが」
怪訝そうな顔をしているのを見て、ニクラウスも知っているのだと思った。
あの土地は古の時代、妙な術を使う術師がいたと聞いたことがある。とは言っても、苦痛を和らげる幻覚や催眠と言った治療に関する術で、悪とされるような術ではなかったはずだ。
――もし、何かしらの術があるとするなら……。
人を操れる術を持っている可能性がありそうだと思った。
「ニクラウス、人を操る術師というのは存在しているのか?」
「術師か……、そっち系はあまり詳しくないが、そういう薬はあるな……、副作用もあるみたいだが、知りたいなら調べる」
「ああ、頼む」
聖皇教会に関しては色々と調べれば、それなりの弱みは握れそうだ。良くも悪くも、組織団体というのは、後ろ暗いものを抱えている。
それに、もし、教皇が人を操る術師を後ろ盾としているなら、その人物になんらかの処置をした方が良さそうだと思った。
――そもそも、過去を思い返せば貴族が教会側に寝返ること自体おかしなことだ。
国への納税よりも聖皇教会へ巨額の寄付を投じる貴族もいた。ひどい者になれば、信仰の証として自らの家族を差し出すことすらあった。
それに、過去ではハリーが屋敷を訪ねて来た時、『色々な国でオメガが行方不明になっている』という報告を受けたこともある。
オメガである教皇がオメガを庇護するのではなく憎むとは、一体、どんな心理状態にあるのか分からないが、セルジュとしても教皇を相手に一筋縄ではいかないと考えていただけに、言いようのない気持ちにさせられた――。
ようやく中央都市へ辿り着いたセルジュは、都市の中でも一番目立つ建物に視線を向けた。
「あの建物が聖皇教会か」
「ああ、まったく、信者にどれだけ貢がせたんだろうな」
象牙で出来ているかのような真っ白で巨大な建物は、違う国に来たというよりも、別の世界に来たかのように思わせる。
ニクラウスが吐き捨てるように、「あんな立派な建物が必要か?」と言う。
彼の愚痴を聞きながらセルジュは取りあえず、聖皇教会へと足を向けた。
祖国であるサバトルド王国もそれなりに大国だが、この国は中央都市の名に相応しい活気に満ち溢れている。
出店などはひとつもなく、全ての店は建物の中に入っているようで、多種多様な店が軒を連ねていた。
「それにしても、活気ある街だな」
「ああ、しかも今月は恒例の、教皇による〝ありがたーい〟掲示がある月だからな」
有難いを誇張するニクラウスに笑いを誘われたセルジュは、「そうか」と小さくうなずく。
行き交う人々を横目に教会へと続く道を進んで行き、辿り着いた正門で警備兵に教皇から直々にもらった謁見状を見せた。
「ベンディーク王国より来ました。教皇と約束をしております」
「ここでしばらく、お待ちください」
門前で立たされたまま、待っていろと言われてニクラウスが、「はぁ?」と今にも文句を言いたそうな顔をする。
それを見たセルジュは、「ニクラウス」と名を呼び、睨みつけて黙らせた。
「えー、ここは文句言ってもいいでしょう」
「国同士の謁見ではない、個人的に話に来ただけだ。俺も大事にしたくない」
セルジュは改めて教会を見上げた。中央の建物の後ろに、違った輝きを放つ柱のようなものが二本立っている。何だか不思議な色だと思っていると、ニクラウスがあの柱は蛋白石だと教えてくれる。
「随分と高価な物を使ってるんだな」
「どうせ信者からの貢ぎ物だ」
確かに、この豪華な建物を見れば、教会に多額の献金が寄せられていることがよく分かる。
それだけ彼の掲示が素晴らしいということなのだろう。それとも信じ込ませる術師がいるのか、それは定かではないが、どちらにせよ、目の前にある建物は只ならぬ物だと思えた。
ふと、見たことのある人物が教会へ向かうのが目に留まり、その人物とセルジュの視線が交差した。
――カトリーヌ嬢……?
目が合った瞬間、動揺していたのを見る限り、彼女で間違いないだろう。
声を掛けるべきか、どうすべきかを考えていると、先ほどの男が戻って来る。
「お待たせしました。閣下のもとへご案内致します」
教皇を待たせるわけにもいかず、仕方なく案内人のあとを付いて行くことにした。
建物内は人が行き交っているにも関わらず森閑としており、慣れない空気感にセルジュは居心地の悪さを感じた。
幾つもの柱を越えた先に、見たこともないほど壮麗な扉が見えて来ると、案内係が歩みを止め、ニクラウスへ視線を向けた。
「申し訳ございません、御付き添いの方はそちらでお待ち頂けますか?」
「付き添いだぁ?」
食ってかかりそうなニクラウスに、「すぐ戻る」と肩に手を置くと、さらに小声でカトリーヌ嬢を見かけたことをこっそり伝える。
「……あー、じゃあ、俺は外にいる」
そう言って彼は役目を分かっているかのように静かに立ち去った――――。




