30❊カフリンクス
それからの月日は、ほとんどの時間をレヴィンと過ごした。
近隣の国に比べれば、まだまだ発展途上国であり、内政などを整える必要があるため、セルジュも色々やることがあったが、それ以外の時間はレヴィンと過ごすことに時間を使った。
自分達の仲睦まじい様子を見た城内の者は、友好国の王子だからという理由で一緒に過ごしているわけではないと理解したようで、より一層レヴィンに気を遣うようになった。
セルジュは人生で一番といっていいほどに充実し、幸せな日々を過ごしたが、それも今日で終わりを迎える。
「寂しいですねぇ、陛下?」
言いながらニクラウスは、ニマニマ笑みを浮かべる。
その様子を見ていたレヴィンが、ニクラウスは婚約者はいないのかと聞いた。
「私ですか? あー、まあー、今は忙しいですから」
「ふぅん。てっきり城下の女達と遊べなくなるから嫌がってるのかと思った」
レヴィンの率直な言い方に、ニクラウスはぎょっとした顔を見せた。
「なんてことを仰るのです」
「ニクラウスくらいの年頃なら、一人の女に縛られる前に遊んでおきたいだろう?」
ニクラウスが、がくがくと顎を揺らし、「セ、セルジュー……」と、こちらに助けを求めるが、レヴィンの言うことの方が正しいため、無視することにした。
意外と部下の行動も見ているようで、夜な夜な城下へ向かうニクラウスの行動を知っているかのように、「とにかく、娼館の女だけに留めておくんだな」とレヴィンが釘を刺した。
「っ、レヴィン王子、あなた本当に十歳ですかっ!」
「年齢は関係ない。君はセルジュの部下なのだから、ある程度の品位がないと困る!」
ピシャリと言い放つ姿を見て、セルジュは思わず笑みを浮かべた。自分よりニクラウスの扱いが上手いなと感心する。
「忘れ物の最終確認はしなくていいのですか」
こちらの問いに、彼は少し名残惜しそうな表情を見せると、馬車に積まれる荷物に目をやった。
「まあ、別に置いて行ってもいいのだが……」
「ですが、次に来られる頃にはサイズが合わなくなってますね」
こくりとレヴィンがうなずく。嘘のように幸せだった日々が終わり、これから、しばらく会えないのだと思うと、セルジュは快く送り出せない気分だった。
「婚姻するまで、この国に来るのは我慢すれば良かったな……」
ポツリと言ったレヴィンの言葉に賛同し、「俺も同じことを思いました」と返事をすれば、彼は柔らかい笑みを浮かべる。
レヴィンの滞在期間中に、随分と距離が縮まった気がするのは、こんな風に何気なく思いが重なる時だった。
荷物が全て荷台に積まれるのを見届けていた彼が、ひとつの荷物に手を伸ばした。
「これを持っててくれ」
レヴィンが普段からよく使う金のカフリンクスで、特に気に入っている物なのだろう。何度か着けているのを見かけたことがあった。
失くしてしまうのが怖くて、実際は使用できそうにないが、「ありがとうございます」と御礼を伝える。
「では、元気でな」
「道中お気をつけてお帰り下さい」
セルジュは手を差し出し、レヴィンを馬車の中へとエスコートした。その刹那、彼の唇が自分の頬を掠めた。小さな唾液音が聞こえ腹の奥がざわりと蠢く。
「……そんな事をされてしまうと手放せなくなります」
「なら、我が国にそう伝えたらいい」
「ハァ……、出来ないことを分かってて仰るんですね」
くすっと悪戯な笑みを浮かべたレヴィンは、「また」と短い言葉だけを残して国を後にした。
馬車が小さくなるのを見つめながらセルジュは低い声を出した。
「ニクラウス」
「ああ、分かってる。任せてくれ」
こちらが指示する前に、彼は数人の部下を連れて王城を出て行く。それを見届けたセルジュは、背を向けると執務室へ向かった――。
サバトルド王国まで三日以上かかる。何事もなく到着すればいいが、到着したからといって安心出来ないのが悩みの種だった。
まず、レヴィンを狙う者が多すぎることだ。過去ではサバトルド王国内にいたおかげで、聖皇教会からの執拗な申し出を突っぱねることが出来たのだろう。
机の上に届いている書状に目をやりながら、「呆れてものも言えない」と、ふてくされ気味に独り言を呟いた。
教会が露骨に我が国と繋がろうとしてくるのを見る限り、レヴィン目当てなのは言うまでもないことだった。
――成人後、定期的な参拝か……。
だいたいの狙いは読めている。オメガが発情した場合、罪人であろうが、聖職者だろうが、凌辱は咎めないという制度がある。
つまり、レヴィンがどれだけ高貴な身分であっても、発情さえしてしまえば、誘惑に駆られたアルファはオメガの身分がどれだけ高かろうが犯しても何の罪にも問われないということだ。
更に言うなら、発情期間中なら死んだとしても罪にもならない。こんな馬鹿な制度があっていいのか、とセルジュは思う。
聖職者たちは、ほぼ無属性だという話だが、それも何処まで本当か分からないし、あてにはならない。この国に教会を建てるなら当然、聖皇教会から派遣される司祭や司教を受け入れなくてはいけない。
――くだらない条件を出してくるなら、教会を建てるのはやめた方がいいかもな……。
いっそのこと教会を建てるのはやめてもいいかと思った。
教会の代わりになる施設として挙式などを行う礼拝堂はあるし、建てるとするなら聖皇教会が権限を持つ教会よりは神殿の方が良いだろう。
どちらにせよ、今は無事にレヴィンが祖国へ辿り着くことを祈るばかりだった――――。
数日後、レヴィンを送り届けたニクラウスが戻って来ると、サバトルド王国に忍ばせた密偵からの情報を報告してくる。
「パトリック王子の婚約者のことなんだが」
その話なら、レヴィンから教えてもらった話と同じなのだろうと思ったが、一応聞いてみることにした。
長女であるカトリーヌから、妹のクレアに婚約者が変わったという所までは一緒だが、本来ならその妹のクレアがライナーの婚約者になる予定だったという話だった。
レヴィンが教えてくれた話と相違ないが、そこにライナーが絡んでいることが引っ掛かる。
「婚約者が変わった理由は?」
「ンー、宰相が取り決めたことらしいから、そこは何とも……。まあ、将来的に王女としての素質の問題じゃないのか?」
――いや、素質と年齢を考えても、姉のカトリーヌの方がパトリックには似合うだろう。
そこまで考えて、ああ……、レヴィンのせいかと思った。
カトリーヌの性格や父親であるレグメント侯爵のことを考えれば、彼女に結婚延期を言い渡せる年齢ではない。
妹のクレアは確かまだ十二歳で成人まで六年あるが、カトリーヌは今年成人する。そのことを考えれば、カトリーヌでは時間稼ぎ出来ないと思ったのだろう。
――結局、パトリック王子はレヴィンを諦めたりはしないってことか……。
それから、これは特に重要な話ではないかもしれないと前置きをしつつ、ニクラウスは、ライナーがカトリーヌの婚約者になる可能性がありそうだと言う。
過去では確かに二人は結婚していたが、それにしては婚姻が遅かった記憶が残っており、ふと、彼女が遊学で国を出たという話が飛び交っていたことをセルジュは思い出す。
あの時は、年頃の貴族令嬢が遊学に出るなど、珍しいことだったため、皆が好き勝手噂をしていたが、単純に家庭内に亀裂が入ったのだろう。
「他にはないのか」
「まあ、あとは教会だな、貴族に上手く取り入ってるみたいだ」
教会の派閥が出来るのはまだ先だが、このくらいの時期からコツコツと貴族を教会側へと誘い込んでいたのだろう。
レヴィンが二十歳になった頃には、表立っては階級制度の見直しを掲げている聖皇教会がオメガを保護する形を取っていた。
それに反発した過激派がオメガ撲滅運動を頻繁に行っていた。今思えば、あれは教会側の仕業なのだろう。よりオメガが教会を頼れるように仕向けるためと考えるのが自然だ。
――教皇はオメガ嫌いだという話から察するに、教会を頼って来たオメガを自らの手で始末するためか、それとも他に何かあるのか……。
そもそも教皇閣下がどうしてそこまでオメガを目の敵にするのかが謎だった。
――そちらも少し探ってみるか……。
どちらにせよ、教会とも一度話をしなくてはいけない。毎回、丁寧な書状を送ってくるところを見ると、事を荒立てるつもりはないのだろう。
セルジュは、一息つくと、引き出しの中に大切にしまってある金色のカフリンクスを取り出した。
次にレヴィンに会えるのは成婚式だと思うと気が滅入るが、少しでも彼が安心できる環境を整えてやりたいと思う。
掌でコロンと転がるカフリンクスを柔らかな布で包むと、セルジュはそれを机の引き出しの奥へと仕舞った――――。




