28❊嫉妬
自国に戻って数日後の昼下がり――。
農地から運ばれてくる荷物に興味津々な一人の少年が、一生懸命に説明を聞いている。
「こちらがスター・ベリーです」
「ふぅん、セルジュ、今日はこれを食べてみたい」
「分かりました」
肩にかかるプラチナブロンドの髪が風に靡き、陶器のような白い肌が陽の光を浴びてつやつやと光る。
平凡な女や男しか目にしたことがない我が国の人間は、レヴィンが動く度に皆そわそわしていた。
――皆の気持ちは分かるが……。
レヴィンの容姿は王族だとか、オメガだとか、そういった俗称を越える美がある。
それこそ過去、王城にいた頃から見てきたセルジュからすれば、皆の反応は珍しい物ではなかった。
サバトルド王国に他国から来賓が来る度に、この国の者達もレヴィンを見にきたのだろうな、と分かるほど露骨な視線を何度も見てきたのだから。
そんなことより、一週間も経たずレヴィンがベンディーク王国へ訪問に来たことにセルジュは驚いていた。
普段から誤算に慣れているが、これは流石に考えもしてなかったことだ。
国としてはまだまだ発展途上であり、それこそ彼が興味を示すものなど、この国は何もないと思っていたから意外だった。
一ヶ月滞在する予定を立ててきたと言っていたが、セルジュは少々心配になり、「学園はお休みしていいのですか?」と聞いた。
「私が何度、学園生活を送ったと思ってる」
そう言ってレヴィンが得意げな顔をして見せる。確かに何度も過去を繰り返している彼にしてみれば、流石に授業内容は全て頭に入っていそうだなと思う。
――それにしても、楽しそうだ。
嬉しそうに野菜を手に取るレヴィンの姿を見て、違和感を覚えたセルジュは首を傾げる。
自分と結婚していた当時、彼は領地にまったく興味が無さそうだったが、実はそうでもないのだろうか。そんなことを考えて彼が持つ野菜をじっと眺める。
「どうかしたのか?」
「あ、いえ、土で汚れるのが嫌なのでは……?」
掴んでいる野菜の泥を見つめながらレヴィンが、「別に嫌ではないが、何故だ?」と不思議な顔をする。
「ブラハーン領土の時は農地に一度来たきりで、二度と訪ねてくることはありませんでしたよね」
「あれは、まあ……、邪魔したくなかっただけだ」
そう言ってレヴィンは頬を染めた。邪魔をしたくないという言葉と、彼の表情が合っておらず、ちぐはぐな印象を受けた。
思わず考え込んでしまったセルジュに言い訳でもするかのように、「色々と勘違いしてたから」と彼は付け加えた。
そういえば、過去の生活でブランカが、『大変ですセルジュ様、レヴィン様が私達の関係を誤解されていたようです』と報告に来たことがあった。
あの時は、どうしてそんな誤解を? と思っていたが、レヴィンは知っていたのだと気が付いた。
――そういうことか、俺がブランカと結婚していた過去をレヴィンは知って……、だからあんな誤解を……。
それが分かった途端、セルジュは平常心が欠けて行くのを感じた。
カっと身体が熱くなり、今の自分がどれだけ情けない顔をしているか見られたくなくて、急いでその場を離れた。
「ん、どうした? もしかして熱でもあるんじゃ――……」
ニクラウスの前を素通りし、城の一角にある噴水の前へと移動したセルジュは、すーっと、大きく息を吸い込むと、過去の自分の態度を悔んだ。
あの時、セルジュは知らなかったとはいえ、彼に嫌な思いをさせたことを申し訳なく思う。
不可解だったレヴィンの態度や、色々なことがようやく繋ぎ合わさり、知らない間に傷つけていた可能性を考えて胸が痛んだ。
けれど、それと同時に、レヴィンの過去もセルジュに襲いかかった。
一度目、二度目、三度目――……、彼が何人もの伴侶の元へ嫁いだのを知っている。
もし、今ここにレヴィンの過去の伴侶たちがいたなら、その首を刎ねていたかもしれない。セルジュは制御の効かないほど激しい妬心に揺さぶられた。
「――セルジュ? 急にどうし……っ⁉」
セルジュを追って来たレヴィンが顔を覗き込んでくる。
どうしてこの人はこんな時に――、自制が音を立てて崩れていくのが自分でも分かる。咄嗟にレヴィンを抱き抱えると、自室へ急いで向かう。
嫉妬に狂う男の前に現れるなど、襲ってくれと言っているようなものだった。移動の途中で彼が何か言っている気がしたが、セルジュには聞こえなかった。厳密に言えば聞えないふりをした。
乱暴に自室の扉を開けると、中へと入りレヴィンを床に降ろした。
「どういうつもりだ? 手だって泥だらけっ……んぅ」
彼の唇を奪うのは二度目だった。
柔らかく、割れた溝に舌をもぐりこませると、レヴィンのしっとり濡れた舌の感触が脳に伝達した。
互いの口の粘膜が絡み、とろりと溶け合う。頭ではこれ以上は駄目だと分かっていても、セルジュに止める術はなかった。
じゅっと唇を吸い上げ、そのままレヴィンを自分の胸元まで持ち上げた瞬間、彼の手が自分の髪を引っ張った。
ハッとして唇を離せば、虚ろな目でレヴィンが懸命に呼吸を吸い込む。
「はぁ……、はぁっ……、お、お前は、どうして、いつも急なんだ!」
「すみません、今度からは前もって了承を頂きます。もう一度触れても?」
戸惑いの顔をみせながら彼が頬を紅潮させる。
レヴィンの唇が動きかけて止まる。一瞬の躊躇いは、どっちなのだろうか? 触れてもいいのか、だめなのか。
――そろそろだろうか?
いつからこんな風に、彼の次の言葉を待つようになったのだろう。
自分のことは自分がよく知っているつもりだった。忍耐強い方だが、見切りをつけるのも早い。それなのに、レヴィンに関しては辛抱強く待ち、彼に結果を全て委ねていると言っても過言ではない。
「ふ、……触れても、いい……」
了承を得たセルジュは、先ほどとは違い、ゆっくりと彼の唇に触れた。
小さな口内に舌を潜り込ませ、密度の高い唾液を奪い取る。きゅっと閉じられたレヴィンの目から涙が零れ落ち、荒い呼吸の合間に泣き声に似た嬌声が室内に響いた。
身体は既に熱く、それなりに理性は保っているが、あまり長くは持ちそうにないことを自分で察したセルジュは軽い口づけに変えた。
重なる唇の感触を楽しみながら、レヴィンを抱きすくめると、もぞもぞ動く彼の様子に気が付き、そっと身体を離した。
「セ、セルジュ……」
「なんですか?」
「まだ、身体が子供だから……」
セルジュの身体の熱に気が付いたのだと思った。
「ああ、そんな心配は必要ありません。ちゃんと結婚するまで待ちますから」
ほっとしたような、それでいて申し訳なさそうな顔で、レヴィンが頷くと小さな声で、「きっと優しいのだろうな……」と彼は言った。
過去でも彼から〝優しい〟と何度も言われたことがあったが、セルジュは父親から幼い頃に言われたことを忠実に守っているだけだった。
『強い者ほど周りに気を配り、弱い者に優しくしなくてはいけない』
それが出来ているかは自分では分からないが、大切な人に不快な思いだけはさせたくないと思った。
考え込んでいる自分の頬にレヴィンの手が触れる。その小さく柔らかな手は、自分を欲望の奥底へ引きずり込むことが出来るのに、弱者だということを気付かせる。
――本当に厄介な人だ。
彼の手を取りながら、また唇を奪う。自分の全てを注ぎ込むかのように、セルジュは長く深く甘い行為に酔った――。
その日は、料理も含めレヴィンが食べたい物を用意した。と言っても彼は好き嫌いがない。それこそ、庶民料理を出されても平気で食べる人だった。
「陛下、本当に宜しいのでしょうか?」
あわあわと口を動かす料理長は、これは流石に質素過ぎるのではないかと心配をしていた。
「気にしなくて良い、レヴィン王子が食べたいと言ったのだから」
「ですが……、固焼きの平パンなんて我々でも嫌々食べるような物ですよ?」
料理長の心配をよそに、ナイフとフォークを使いながら、固いパンを切り、もさもさと食べるレヴィンの様子は楽しそうだった。
セルジュの背後で護衛を兼ねたクラウスが、「……面白過ぎる」とボソッと言葉をもらし、続けざまに言いたいことを言う。
「てか、セルジュ、よく笑わずに見ていられるな?」
確かに、初めて見る人間には面白い光景なのだろう。
レヴィンの美しい風貌と硬いパンが似合わない以前に、育ちが良すぎるせいか何でもナイフとフォークを使うので、その光景が可笑しいのだ。
「レヴィン、丸鶏の肉を挟むと美味しいですよ、取り分けましょうか?」
「ああ……、うん、食べる」
――俺からして見れば、子供っぽく演技している姿の方が面白いが……。
口角を上げながらセルジュは、レヴィンのために丸鶏の肉を取り分けた――――。




