26❊終焉
荒れた土地、舞う砂埃、無数の死骸、身体の端々の痛みを抑えながら、辺りをぼんやり眺めた。
この戦争で行った業績は、敵国の百を超える部隊の殲滅、つまり半分以上の敵をセルジュの部隊が倒したことになる。
もちろん、後方支援がなければ成しえないことだが、何よりもニクラウスの的確な指示と密偵が大きかった。
途中で彼を失っていたら、こうも上手くは行かなかっただろうと思う。
「ほんと、恐れ入るよ」
隣にいたニクラウスが、そんなことを言いながら荒れた戦地を眺め、更に言葉を続ける。
「化け物か、あんた」
「いや、お前の指示が良かった」
呆れた顔を見せながら肩を竦めるニクラウスに、セルジュは戸惑いながら、「実は、この大陸に新生国を作りたいと思う」と、ようやく自分の目的の話を彼にした。
「あー……、道理でね」
「なんだ?」
「いや、一人で頑張り過ぎだなと思ってた。戦う以外にも、かなり皆に気を遣ってたしな」
それに関しては、何となく過去の罪滅ぼしのような物だった。
王城務めの上位部隊が後からやってきて、手柄を全部持っていった事実を知っているし、その時は何とも思わなかったが、下位の兵士達は悔しく苦い思いをしたはずだ。
「で、その話を俺にしたってことは、何かあるんだろう?」
察しの良いニクラウスが、「せっかくだから聞いてやる」と言う。
「ああ、俺には右腕が必要だ。あ、いや、違うな、お前が必要だ」
「そんな真顔で口説くなよ……」
「俺は外交に向いてない、まあ、見ての通り人を動かす言葉を知らないんだ。だから、ニクラウス、お前が居てくれると助かる」
笑い声を我慢するかのように、「くっ」と喉を鳴らしたニクラウスは、「いいよ、俺も、何かやりがいのある仕事をしたいと思ってたし」と快く引き受けてくれた。
荒れ果てた戦地を踏みしめながら、セルジュは、「ようやく、ここまで来た」と呟き、改めて気を引き締めた――――。
それから数日後、国に戻ったセルジュは、国王陛下からの褒美を受ける際、戦地となった大陸の全ての権限を手にしたいと申し出た。
「荒れ果てた土地だが、よいのか?」
「構いません。数年のうちに友好国となれる王国を必ず築き上げてみせます」
「友好国とは、また大きく出たな」
国王は豪快に笑った。戦争に勝ったのだから機嫌が良いのはもちろんのことだが、友好国を作ると言ったセルジュの言葉と忠誠心を信用しているのだろう。
「だが、我が国からの支援は出来んぞ?」
「理解しております」
戦争のせいで町も随分と荒んでしまったし、聖皇教会からも抗議の書状が届いていると聞いた。
そんな中で新しい国を作る手助けをサバトルド王国が率先してしまえば、多国も含め国民からの批難も強くなるだろう。
「陛下、私は戦争被害に遭った避難民達の居場所を作ってやりたいだけです。民がやる気さえあれば国はどうとでもなります。支援物資は必要ありませんが、数十名の兵士を私に下さい」
そう言って頭を下げた。実際、国が大きくなるには民の頑張り次第だ。外部からの攻撃や、民を守る兵士さえいれば、後はどうとでもなる。
セルジュの申し出に国王は、「分かった」と承諾をした後、数十名の兵士を分け与えてくれた――。
その後はトントン拍子に事が運んだ。自分の領土であるブラハーン領から荒れた土地でも育てることが出来るスター・ベリーという果物の苗を譲ってもらい、広大な土地はスター・ベリーの産地となった。
「こちらは繊維を染めるのに適してます。そちらは食事に適していますね」
テキパキと果実の説明をするのは、ブラハーン領で執事をしているマシューで、視察に来た他国の外交官に使用用途の説明をしていた。
一通りの説明を終えたマシューに、「執事にしておくには勿体ないな」とセルジュが言えば、「お褒めに預かり恐縮ですが、執事は私の天職です」と返事が返ってくる。
確かに、マシューほど執事の仕事が似合う人間もいないだろう、と思ったセルジュは、「そうだな」と、納得の言葉を落とした。
「ああ、そういえば、旦那様から、これをセルジュ様にお渡しするように言われてきました」
にっこり微笑むマシューの手には束になった手紙が握られており、セルジュは何だか嫌な予感がした。
「セルジュ様に縁談のお話が――」
嫌な予感は当たったなと思ったが、セルジュの戦争での活躍を考えれば仕方がないことなのだろう。家には大量の縁談状が届いているとマシューが言う。
「……マシュー、俺には心に決めた人がいる」
「左様でございましたか、それならば、その方との縁談を進められるようご準備を致します」
「今は、まだ、……その時期ではないんだ」
「そうなのですか? どちらの家門のご令嬢なのでしょうか?」
レヴィンはまだ六歳で、政略結婚の相手としても年齢は不十分なこともあり、名前を出すわけにもいかず、「ご令嬢ではないんだ……」と、セルジュは取りあえず言葉を濁した。
「つまり、平民というわけですね?」
「まあ、父上に聞かれたら適当にあしらってくれないか、今はこの土地、いや国を安定させるのに時間が必要だ」
「畏まりました」
微笑みながら腰を折ったマシューは、「旦那様には意中の方がいるとお伝えしておきます」と、言いながら縁談状を懐にしまう。
マシューなら、父親を上手く言いくるめてくれるだろう。そう願いながら、セルジュはレヴィンのことを思い浮かべた。
――十歳まで、あと四年か……。
パトリック王子がレヴィンに執着し始める時期だけは、よく覚えている。王妃の側近をしていた頃の記憶が確かなら、レヴィンが九歳になった時だ。
なぜ急に執着しはじめたのかセルジュには分からないが、どちらにしろ今のところ、まだ警戒すべき時期でもない。
来るべき時、王妃に婚姻の話を持ち掛ければ、恐らく何の問題もなく受理してくれるだろう。
そんなことより、今は――、と土埃の多い土地を見渡し、やることが多すぎて溜息が出そうになる。
「なあ、外壁の外も少し緑化した方がよくないか?」
そう言って声を掛けて来たのは、ニクラウスだった。
彼の提案通り、城壁の中以外にも気を配りたいが、水脈の確保がやっと整った現段階では、外にまで水を配らせる余裕がなかった。
「それをするには、水が足りないな」
「それなんだが、隣国ルイーズ王国に借りてた荒地を整地するなら、あの後ろにある山脈の河川から水を引っ張ってもいいってさ」
「交渉したのか?」
まあね、と軽く目を眇めるニクラウスだったが、これはとんでもない男を手に入れたとセルジュは思った。
一国の王が求める物は大概が利益であり、整地程度で自国にある貴重な資源を分け与えるなど滅多にないことだ。
「お前の方が王に向いてそうだな」
「いや、俺は絶対向いてないだろ」
「全体を見渡せているし、意外といけると思うが」
「自分で言うのもなんだけどさ、威厳がねぇ……」
そう言ってぼやくのを聞き、「黙って王座に座っていれば、それなりに威厳が出るんじゃないか?」と、セルジュは笑みを浮かべたが、ぶんぶんとニクラウスが頭を左右に振る。
「それが一番、無理なんだよなぁ……」
人間、向き不向きがあると言いながらニクラウスは、「本当の王っていうのは強く優しい者がなるべきなんだ」と、セルジュを見つめてくる。
彼がセルジュの本当の目的を知ったのなら残念に思うだろうなと、罪悪感で一杯になる。だが、それでも、自分の決めた道を進むしかない。いつか、懺悔できる日がきた時には、彼に正直に話そうと思った――――。




