25❊大陸戦争
指南役を一年ほど務めたセルジュは、国王陛下の目に留まり、近衛兵へと昇格した。
丁度、大陸戦争が始まる目前だったこともあり、隣国との外交などが頻繁に行われ、セルジュも幾度か議会に出席していた。
戦争の勝敗は知っているが、この大陸戦争は五年という月日を費やす。その長い戦争により、いくつもの小さな町が犠牲になることが分かっている。後々のことを考えれば、戦争避難のための集落を今の内から用意しておく必要があった。
そのためには軍の指揮を任されている軍政府長レグメント侯爵閣下に進言をしなくてはいけない。今世で国王陛下の側近になったのは、彼に話がしやすい立場になるためだ。
――だが、レグメント侯爵が俺の話を聞いてくれるだろうか……。
一抹の不安が過ぎるが、策がまったくないわけでもなかった。いくつかの町は優秀な武器や金細工の加工職人などがいる。それとなく、近衛兵同士で噂を流したりすれば、多少は効果があるかもしれないと思う。
とにかく、セルジュの目論見を達成するには、町人も必要不可欠だ。一人だって犠牲には出来ないし、させたくはなかった――。
何十日間に渡って軍事議会が開かれ、軍の方針が決まったある日、レグメント侯爵に呼び止められた。
「セルジュ、少し話せるか?」
「はい、何か御用でしょうか」
「選抜兵に選ばれたと聞いたが、本当は自分から志願したのだろう?」
セルジュは小さく頷いた。レグメント侯爵は敵の兵力が減ってから参入した方が良いのではないかと言うが、「少しでも国に役立つなら時期は選んでいられません」と意思表示をした。
深いため息を吐くレグメント侯爵は、「君には生き残って欲しいと思っている。無理はしないでくれ、ああ、それから――」と話を続ける。
「町人の避難の集落だが、隣国ルイーズ王国の整地してない土地を貸してくれることになった」
「そうですか、それは良かったです」
ただ、治安が悪くならないように、我々の国から治安部隊を組むことになったと教えてもらう。それは当然のことだと思うが、兵士の人員が削られることが少し気がかりだった――――。
それからは、地獄のような日々だった。
過去では中盤から終盤にかけて出向いた戦地だったため、苦労なく戦いに終止符を打てたのだと改めて知った。
序盤のこの荒々しい戦いを見ていたのなら、生き残った兵士達に、「生きてて良かったな」などという軽い言葉は言っていなかっただろう。
負傷した兵士の治療も間に合わず、絶えず戦える者は戦いに参加し、負傷して戻って来る。
こんなに過酷な状況だったとは……、と負傷兵が眠る天幕を覗きながらセルジュは眉根を寄せた。
「セルジュ様」
衛生兵が冷静な声の割には、切羽詰まったような顔をしている。言葉を躊躇う彼に、「どうした?」と聞けば、支援物資が届いてないと言う。
「物資の運搬日はいつだった?」
「二日ほど前でしたが、一日くらい遅れることもあるので……」
「分かった」
敵襲にあった可能性もあるな……、とセルジュは物資の追跡に向うことにした。
支援物資の供給経路に使われている通路は平坦な道であり、逃げ隠れ出来るような森もない道だ。襲われたというなら、交戦の跡が残っているだろう。
セルジュが急いで馬に跨ると、「まて、まて、一人で行くな俺も行く」とニクラウスが追いかけて来る。
「お前は休んでいろ」
「十分休ませてもらったって」
先日、攪乱攻撃を成功させたが、ニクラウスが敵の兵として紛れ込み、情報提供をしてくれたおかげだった。
こんな序盤から、危ない橋を渡っていたのだと知り、セルジュが過去で彼と言葉を交わせたのは奇跡だったのかもしれないと思う。
「敵を見かけたら戦うことになる」
「分かってる」
そう言ってニクラウスは、ベルトに挿してある剣を軽くポンと叩いた。
それなりの剣の腕前を持つ彼のことだ、よほど腕の立つ相手ではない限り大丈夫だろう。何事もなければいいが、とセルジュは多少の不安を抱きながら運搬部隊を探しに出た――。
二人で支援物資の部隊を探していると、大きな荷台が道横に放置してあるのが見えた。近付いて見れば、全員倒れて死んでおり、腐った果実の臭いが充満している。
「いったい……、どうしたんだ」
「やられたな」
荷物の中にある乾燥させた果物を手に取ったニクラウスが、その干し物の臭いを嗅ぐ。
「ソラ毒だな、おそらく、腹が減って口にしたんだろうな、けど、問題はそこじゃない」
「つまり、これを紛れ込ませた敵国の工作員がいるということか……」
「だな」
まさか、こんなことまで起きていたとは、過去では知り得なかった状況を目の当たりにし、「本当に大変だったんだな……」と小さく呟いた。
こちらの言葉が聞えたのだろう、不思議そうな顔をして小首を傾げるニクラウスだったが、すぐに冷静な判断を下し、「まずはレグメント侯爵に報告しよう」と言う。
「そうだな、だが、先に物資を届けたい」
「んー……、分かった。けど食い物は置いて行った方がいいな」
二人で荷台にある干した果物や肉などを破棄し、負傷兵に使う布や消毒に使う薬草などを選別して持ち帰った。
諸々の確認をし終えたセルジュは、後方部隊へ向かう準備を整え、ニクラウスに勝手な行動を起こさないように言いつける。
「大丈夫だって、大人しくしてるからさ」
「まったく信用出来ないが、その言葉を信じるぞ?」
セルジュの警告の言葉を聞いたニクラウスは、横いっぱいに口を広げて笑みを浮かべ、自身の天幕へと消えて行った。
その姿を見届けながら盛大なため息を吐くと、セルジュは後方部隊へと馬を走らせた――――。
数日かけて後方支援部隊に辿り着いたセルジュは、レグメント侯爵に報告した。
「物資に仕込まれていた毒で運搬者達は全員死んでいました」
「やってくれる……」
ギッと奥歯を噛みしめるレグメント侯爵は、すぐに王国へと使者を出してくれた。
「最前線は過酷だというのに、物資が届かなかったことを申し訳なく思う。そんなに残っていないが、ここにある物資を届けさせよう」
「ありがとうございます」
セルジュはレグメント侯爵の配慮に深々と頭を下げた。
とりあえず、自分に出来る事はもうないと判断し、前線部隊へ戻ろうとしたが、「挨拶もなしか」と懐かしい声に呼び止められた。
「……ハリー、二年振りだな」
「ああ、元気そうで安心した」
セルジュが最前線の部隊へ志願した時、ハリーは必死に説得してくれたが、それを聞き入れなかった。
王城務めになったのは、楽な位置にいるためじゃないと言った時、彼と初めて喧嘩をしたことを思い出し、「あの時は悪かったな」と、セルジュが謝ると、「どの時だ?」とハリーが笑う。
もう既に過去のことで、二人には清算が済んでいることだが、眉尻を下げ心配そうな顔をするハリーを見れば、あの時は本当にセルジュの身だけを心配していたのだと分かる。
「あー、そういえば、用事で王城に戻った時、第二王子を見かけたが、王妃そっくりで驚いたよ」
「そうか」
セルジュは小さくうなずいた。
過去に何度も彼の幼少時代を見ている。どの時代も自分のことを避けていたような気がするが、彼からしてみれば、図体の大きな男が愛想笑いもせず、王妃の傍で突っ立っているのだから当然か……、と自嘲気味に片頬を歪ませた。
――今、レヴィンは三歳か、いや四歳か……。
彼との思い出は薄れつつあるが、ひとつだけ、どうしても忘れられない光景がある。彼が死に際に見せた絶望と安堵が入り混じったかのような灰色の瞳、あの瞳だけは、どうしても忘れられなかった。
ぼんやり過去の残像にセルジュが囚われていると、「それで、もう行くのか」と、ハリーが声をかけて来る。
「ああ、前線を長く留守にしておけないからな」
「そうか……、無理だけはしないでくれ、お前の戦死報告だけは受け取りたくない」
そう言いながらハリーは軽くセルジュの胸元を拳で叩いた。
「分かってる。死ぬつもりは毛頭ない」
軽く口角を上げたセルジュは、同じようにハリーの胸元を叩き返し、馬に跨ると前線地へ向かった。
人間の欲に塗れた大陸戦争に終止符が打たれたのは、それから数年後の冬だった――――。




