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メビウスの廻廊  作者: 南方
。.。:+* ゜ 第二章 ゜ *+:。.。
24/38

24❊幼いパトリック王子

 

 剣技の演舞が終わり、まだ、幼くあどけない顔をした第一王子のパトリックが剣士達に声をかけてくる。

 過去の流れのままなら、自分にも声がかかるはずだ……、と彼の目がこちらに向くのを静かに待った。

 豪奢な衣装が徐々にセルジュに近付いてくると、パァっと子供らしい笑みを浮かべたパトリックが、「セルジュ、やっぱり君は凄いな」と褒める。


「恐れ入ります」

「どうすれば、君のようになれるんだ?」


 幼いながらにも王族らしい態度を示すパトリックを見て、成人した頃の彼の面影が脳裏をかすめる。そのせいで、セルジュの敵意が芽を出しかけた。

 まだ警戒すべきではないと頭では分かっているのに、愛しい者を奪われた心はどこか安定していなかった。

 ふと、何かを思いついたような表情を見せたパトリックは、「あ、そうだ! 君から剣技を習いたい!」と過去の流れと寸分違わぬことを言った。

 セルジュは過去では断りを入れたため、ハリーが彼の指南役になったが、今世はその申し出を引き受けた。


「わたくしで良ければ」

「ああ、では早速、明日から頼む」

 

 深く頭を下げた。

以前のように王子の指南役を断ってしまうと、陛下ではなく王妃の側近へと出世してしまうため、これだけはどうしても回避したかった。

 自分の思惑通りに物事が進み、取りあえず安堵したが、そんなことよりも、今年生まれるレヴィンのことが気掛かりだった。

 あと数ヶ月でレヴィンが生まれる。彼が十歳になるまでにセルジュが圧倒的な地位を手に入れるには、今回の戦争で功績を残し、過去では断った褒美を受け取る必要がある。どちらにせよ、ここまで来てしまえば、あとは陛下に誠心誠意仕えるだけだ。


「セルジュ、良かったな、王子の剣技の指南役なんて出世したような物じゃないか」

「あー、そうかもな」


 過去ではハリーが指南役になり、国王陛下の近衛兵になった。

 だが、今回はどうしても国王陛下に自分を印象付けておく必要があったため引き受けることにした。

 どちらにせよ、大陸戦争が始まったら、ハリーに近衛兵の座を譲るつもりなので、その辺りのことは問題ないだろう。

 王子の指南役について、自分のことのように喜ぶハリーの肩に手を置き、「俺に何かあったら頼んだ」と伝える。


「ん? 何かって?」

「何かは何かだ」


 何を言ってるんだ、と小首を傾げるハリーに、「気にするな」と伝えた――――。


 

 数日が経ち、第一級兵士の宿舎内の待合にいたセルジュは、兵士達の様子をぼんやり眺めた。

 戦争が始まれば、この中から何十人と死人が出ることをセルジュは知っている。全員を助けることは出来なくとも、僅かでも助けたいと思うが、恐らく、それは良くない行動なのだろう。

 そんなことを考えていると、背後からポンと肩を叩かれ、「セルジュ、そろそろ時間じゃないのか?」と、同僚がパトリック王子の指南の時間が迫っていることを教えてくれた。


「そうだったな、そろそろ行って来る」

「ああ、怪我させるなよ」


 分かってる、と返事する代わりに手を軽く上げた。

 宿舎を出たセルジュは、王国騎士兵団が使う修練施設へ歩みを進める。

 騎士団の施設は綺麗に整えられた地面に、剣を打ち込む木人や、的打ちなども置いてあり、馬が駆け抜けるためのラウンドの設備まで万全だった。

 まだパトリックが来ていないことを確認したセルジュは、身体を解すために軽く素振りをすることにした。

 目の前に相手がいる心象(しんしょう)を持ちつつ剣を振っていると、パトリック王子の胴体を真っ二つに切り裂く映像が浮かび上がる。

 

 ――いっそ、事故に見せかけて殺すか……?

 

 殺意がハッキリと芽生えたことに、ハッとして我に返ったセルジュは苦笑した。

 どうもレヴィンが絡むと野蛮な思考に傾いてしまう。自分はこんなにも残酷な人間だったのだろうかと驚くが、どこか冷静な自分もいるのも確かだ。

 パトリックを殺してしまうと、レヴィンはこの国の王として将来国を繁栄させなくてはいけなくなる。

 けれど、そうなると、別の問題が出てくる。聖皇(せいおう)教会がオメガの王を許すとは思えないし、何かにつけてレヴィンを呼び出すだろう。なんと言っても教皇(きょうこう)閣下は、オメガ嫌いで有名だ。


 ――ただのオメガ嫌いならまだ良い……。


 教皇(きょうこう)は聖人とはかけ離れた残虐な一面がある。発情に狂うオメガをつるし上げ肢体を斬り落とし、命が消えるその時まで、じっと眺めるような人間だという。

 この情報も過去ニクラウスの諜報活動から得たものだが、この話を聞いた時、戦争で人の命を奪い合う自分達の行為が可愛く思えたほどだった。


「すまない、待たせてしまった」


 そう言ってパトリックが息を切らせながらセルジュの前に来た。

 普通に年相応な彼を見ていると、どこでどう間違ってレヴィンに執着してしまうのか疑問しか浮かばない。そもそも兄弟で恋愛感情を抱くことが不思議だ。

 

「セルジュ?」

「あ、申し訳ありません。もし文学の授業があるのであれば、私はここでお待ちしておりますが?」 


 そう言ってセルジュがチラリと彼の背後にいる男性へ目を向けた。


「あー、教授が見学したいと言うから仕方なく連れて来た」

「なるほど、つまり、逃げ出さないか監視されているわけですね」

「あながち間違いではないな」


 肩を軽く竦めて微笑むパトリックは、修練所に置いてある木剣を手に取り、「さあ、稽古を始めよう」とセルジュに挑んで来る。

 子供の割には好戦的な彼を見て、取りあえずは太刀筋などを見定めることにした。

 間合いの詰めは甘いが、基礎がしっかり出来ていることも含め、極めれば相当手強い剣士になりそうだと思う。


「なかなかの腕前ですね、どなたに習ったのですか?」

「父上に教えてもらったんだ」


 どうりで太刀筋がハリーに似ていると思った。国王陛下とハリーの父は若かれし頃、共に稽古をしていたと聞いている。だから、つい、「私の指導など必要なかったのでは?」と本音を口にした。

 ピクっと肩を揺らしたパトリックは、笑みを浮かべると、小さく溜息を吐いた。


「まあ、実を言うと指南を申し込んだ時、セルジュは断るだろうと思っていた」 

「なぜです……?」

「だって、君は欲のない人間だ。出世など望んではないと思ったんだ」


 目を眇めるパトリックを見て、これが八歳やそこらの少年が持っている了見だろうかと疑った。

 

 ――まさか……。


 セルジュが押し黙っていると、「剣大会で優勝した時だって、陛下に褒美はいらないと言ったじゃないか」と話を続けるのを聞き、ほっと胸を撫でおろした。

 彼も同じように回帰を果たしているのなら、セルジュに対して殺気を放っていても良さそうだが、現状を見る限りではそんな様子はない。


「けど、大会の時、どうして陛下の褒美を受け取らなかったのだ?」

「欲しい物がなかったからです」

「宝石、高位貴族の令嬢、何だって望めるのに勿体ない」


 ――俺が欲しい物はひとつだけです。


 思わず口に出してしまいそうになるが、その強い願望を何とか飲み込んだセルジュは、「剣を振るうしか脳のない男ですから」と無難な返事を返し、パトリックの指南稽古を続けた――――。



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