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メビウスの廻廊  作者: 南方
。.。:+* ゜ 第二章 ゜ *+:。.。
23/33

23❊再会の日


 無事にレヴィンと再会を果たし、二人きりで話しが出来たのは、夕刻近くになってからだった。

 サバトルド王国の貴賓室に案内されたセルジュは、彼に過去をどのくらい覚えているか聞いた。

 レヴィンの話によれば、時計塔で命を落とした瞬間、十歳の婚約者を選ぶために設けられた〝誓いの間〟へと引き戻されるのだという。

 つまり毎回、彼の記憶は十歳から始まっているということになる。


「ならば、俺の話も信じていただけると思うのですが、毎回、過去の記憶が蘇るのが、あの時計塔でした。ですが、今回は幼少期から記憶がありました」

「そうか、お前はいつも時計塔なのか」


 そう言いながら彼は後悔を滲ませた表情を見せると、続けて小さな唇を動かした。


「私は、いつも時計塔でセルジュに殺されていたと思っていた」


 それを聞いて、先ほどの後悔の表情に納得がいった。そればかりか、過去の夫婦生活で見せていた彼の余所余所しい態度も腑に落ちた。


「だから俺と生活していた時、あんなにも緊張していたのですか」

「べ、別に緊張などしてないが……」 


 ふいっと不貞腐れて彼は横を向いてしまった。

 風貌は十歳に見合った可愛らしい姿をしているのに、口調も、仕草も、すっかり成人したレヴィンそのものに変わっていた。

 先ほど半泣きしていた時の可愛らしい口調が聞けなくなったのは残念だ、とセルジュが笑みをこぼしていると、険しい表情になったレヴィンが口を尖らせて言う。


「どうして笑う?」

「お気になさらず」


 訝しげにこちらを見たレヴィンは、腕を組みかえる仕草を見せると本題に入った。


「ところで私は誰に殺されていた?」

「ライナー卿です」


 パトリック第一王子の側近であるライナー・ミロイ・ガイアスに殺されていたと知り、驚愕する彼を見て、どこまで話せば良いのかセルジュは迷う。前回の死の間際、ライナーは確かに言った。


『レヴィン様がいる限り、あの方は判断を誤る』


 ライナーが〝あの方〟というなら、パトリックのことだと考えて間違いない。

 それに、レヴィンと結婚していた過去、領地に向かう時も、帰って来る時も、何度も森に刺客が現れていたが、今思えばあれはパトリックの指示だったと考えるのが妥当だ。

 けれど、第一王子がレヴィンに対して、家族を越えた愛情を抱いている事実を今の彼に伝えるのは得策ではない気がした。


「ライナーが私を殺す理由はなんだ?」

「その理由は分かりません。聞く前に私も死んでしまいますので……」


 セルジュにはそれしか言えなかった。

 実際は、パトリック王子が絡んでいるということは分かっているが、ただ、どうしてライナーがレヴィンを殺すのかが分からない。だから、余計なことは言わない方が賢明だとセルジュは判断した。

 

「どちらにせよ、時計塔に行っても行かなくても、ライナー卿はあなたを狙うはずです。戴冠式が引き金なのは間違いありません」

「そうだな……、時計塔は関係ないのだろう」


 レヴィンの表情が曇ったのを見て、「大丈夫です、今度こそ守り抜きます」と、セルジュは机の上に放り出された彼の手を握りしめた。

 ポッと火が灯ったかのように頬を染めたレヴィンが、「お前は……」と、言いかけて口を噤み、今度は違う言葉で話を続けた。


「ところで、他にも回帰者がいるのだろうか?」

「それは分かりません」


 他にも回帰している人間がいるかもしれないと、セルジュも思ったが、こればかりは調べようがないことだった。

 仮に、同じように回帰を果たしている人間がいたとしても、それは重要ではない。セルジュにはレヴィンを死なせてはいけないことが重要であり、他は意味がないからだ。

 一通りの会話を終えたレヴィンが柔らかな口調で、「セルジュ、ありがとう」と言った。

 何について御礼を言われたのか分からず、小首を傾げていると、婚姻の申し込みをしてくれたことや、今の地位を手に入れたことがレヴィンのためだったことを彼なりに察したようで、「私のために、苦労しただろう……」と言う。

 その言葉は、セルジュの胸の奥深く、決して他人には触れさせないよう厳重に鍵をかけていた場所に、真っ直ぐに届いた。

 回帰してからの自分の行動は、この胸に抱くことが出来なかった人への執着なのかもしれないと何度も思った。

 ここまで血の滲むような思いをしてきたが、これはレヴィンが望んでないことなのかもしれないと心が折れかかった時もある。

 けれど、彼の申し訳ないと瞳を伏せる様子を見て、この行動が無駄ではなかったと言われた気がして、抑え込んでいた情愛があふれそうになった。

 

「俺は、ただ自分の望むままに動いているに過ぎません。今度こそ、貴方の運命を、すべて変えてみせます」

「ありがとう」


 素直な彼の態度を見るのは物珍しくて、またもやセルジュは笑みがこぼれそうになる。

 それにしても、こうして幼い姿のレヴィンを眺めていると、否が応でも思い出してしまう。自分自身の『回帰』が始まった、あの日のことを。


 今から十八年前――――。


「……はっ、ぁ……はぁ……はぁ……」


 身に覚えのあるこの奇妙な感覚に、頭を抱えながらセルジュは思い切り息を吸い込んだ。

 次第に荒い呼吸が落ち着き、周囲を見回したセルジュは愕然とする。そこにいるはずの人物はおらず、視界に飛び込んできたのは、かつて幼少期に過ごしていた懐かしい自室の景色だった。

 どういうことだ、と自分の身体を見つめる。

 まだ剣の重みすら満足に知らない、白く、柔らかな子供の手と、鏡に映る自分を凝視すれば、その姿はせいぜい五、六歳といったところだった。


 ――なぜ……? なぜ、この時代に……。


 ハッと理解した瞬間、全身の震えが止まらなくなった。

 守るべき大切な人を失った悲しみが押し寄せてくると同時に、彼を守れなかった後悔の念が魂を揺さぶる。

 絶望に胸を掻きむしられそうになりながらも、セルジュは狂いそうな思考を必死で繋ぎ止めた。

 救えなかったレヴィンの死が何度も何度も脳内で再生される。一度目、二度目、三度目、数えきれないほど彼の死を見届けてきた。

 セルジュは気が付くと、いつも時計塔で目の前には第二王子であるレヴィン・バルトベナーク・サバトルドがいた。

 王子を認識した途端、息つく暇もなく彼は銃で撃たれて死ぬ。

 一度目は、銃を持っている人物に驚愕して声も出ず動けないまま、その人物に銃で撃たれてセルジュも死んだ。

 二度目は、その場面の直前で過去の記憶が走馬灯のように蘇り、レヴィンを助けるために背後にいる人物を止めようとした。


『待て!』


 呼び止めても無駄で、結局は同じだった。

 三度目、四度目、五度目、どれだけ繰り返してきたか分からないほど、レヴィンの死を見てきたし、自分も死んできた。

 そもそも、どうして、あの場面で急に過去の記憶が戻るのだろう。まるで神が与えた試練とでも言うかの様に、彼が銃で撃たれる直前に記憶が蘇り、自分は何も出来ず結局は死ぬのだ――。

 けれど、今回は違う。何が起こるのか、全てを知っているセルジュは小さな手をぐっと握りしめる。

 どうして、この記憶があるまま、子供時代に戻ったのかは分からないが、セルジュなりに考えて、ひとつの結論を出した。


 ――レヴィンを救えるのは俺だけ……、ならば、今世でやることはひとつだけだ。


 そう、あの時計塔に連れて行かないこと、それから、兄であるパトリック第一王子の目の届かない場所へ連れ去ることだ。

〝誓の間〟で行われる婚約者選びは、レヴィンが十歳の時で、セルジュが二十六歳になった時に行われる。それをまずは阻止しなくてはいけない。

 それと、恐らく、レヴィンにも過去の記憶があるはずだと思った。なぜなら、過去の伴侶が毎回違うからだ。

 もし、彼が運命に逆らいながら生きているなら、今世でセルジュを選ぶ可能性は低いと感じた。


 ――取りあえずは、彼を守れるだけの基盤がいる。


 セルジュは固い決意を抱くと、思い出せる過去の記憶をすべて羊皮紙に書き留めた――――。



 それから月日が流れ、十六歳になったセルジュはサバトルド王国の第一級兵士に入隊した。

 これは前世と同じで、三階級ある中の一番優秀な兵士が集まっている階級であり、近衛兵になるには避けては通れない道だった。

 実は剣士を目指すか、どうすべきか悩んだ。

 この国を出やすいように、男爵家の事業を大きく展開させ、爵位の引き上げをすることも考えた。

 それでもレヴィンとの年齢差を考えると、自分があの〝誓の間〟に出席するのは少々問題がある。それに、レヴィンが違う相手を選べばそれまでだ。

 実際にセルジュのことを覚えていたとしても、彼は違う相手を選び、運命に逆らおうとするはずだ。


 ――残る手段は、国王や王妃に求婚を申し出ても否定されないだけの地位……。


 自分にどこまで出来るのかは分からない。けれど、この第一級兵士の中に優秀な男がいたことを思い出した。


 ――ニクラウス・ベネロペ、確か没落貴族だったな……。

 

 幼い頃に父親を不慮の事故で亡くし、母親は流行り病で亡くなったと、過去ではそんな話を聞いた。

 過去のセルジュも似たような人生で、両親を早くに亡くし、失われたブラハーン領を取り戻すことに躍起になっていた。

 だから、似た境遇の彼を気にかけていたが、最終戦線が行われた日、彼は帰らぬ人となった。

 元々、彼は情報を集めるのに長けており、戦争中も違和感なく敵の兵士になりすまし、諜報活動や工作活動をこなしていたが、今思えば死に場所を探していたような気がした。

 どちらにせよ、彼の持つ視野の広さや、先見の明は武器だ。何より自分に到底真似できない話術がある。


 ――今世では、簡単に死んでもらっては困る……。

 

 目線の先に見えるニクラウスに、どうやって声をかけるか考えていると、「セルジュ」と友人のハリー・ベルマンに声をかけられ立ち止まった。


「今日は第一王子が演武を見に来るらしいぞ」

「そうか……(今日だったか)」

「それから、父上が立ち合いにくる」

 

 ハリーの父親は足を負傷してからは現役を退いてはいるが、王国で行われる剣技大会は毎回、彼が優勝していたというのだから腕前は確かだった。

 だから演武の立ち合い人としては最適な人物だと言える。それと、爵位など気にしない豪快な人で、セルジュにも息子(ハリー)に接するのと同等の対応をする人だった。

 だから、過去ではセルジュの両親が亡くなったあと、彼の父親から養子の話をされた。

 今世では両親の死は回避できたため、二人とも生きているが、これはあまり良くないことだったかもしれないと最近は思う。

 

 ――領地が思ったより繁栄している。


 そうなると、跡継ぎ問題や、結婚の問題も出てきてしまうだろう。

 どちらにせよ、レヴィンのためにセルジュが出来ることは限られている。とにかく、やれるだけのことはやらなくては……、と拳を握った――。


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