22❊メビウスの廻廊
爆音に驚いたセルジュが咄嗟に辺りを見回しながら警戒する。
「どうして爆発が……? ここは危険です。レヴィン逃げましょう!」
やはり、この爆発はセルジュの仕業ではない。だとすれば、誰が仕掛けたものなのか疑問が残るが、今はそれを解決するよりも逃げた方がいいだろう。
――今回は助かるのか……。
彼が逃げようと言って手を差し出してくる。その言葉に安堵して手を取った瞬間、セルジュの様子が変わる。
驚愕の目でレヴィンを見下ろし、頭を押さえながら呼吸を乱し始める。その呼吸が整いはじめると、今までの優しい顔つきから厳しい表情に変わった。
「王子!」
「な……、なぜ、急に私を王子と……呼ぶ……?」
その瞬間、胸に激痛が走り、レヴィンは後方へ吹き飛ばされた。
――あ……、ああ……、やはり、私は……。
肉の焦げる臭い。胸元から飛び散る血と散弾による煙、それだけでなく散弾はそれ以外の部分も負傷させた。
体のそこらじゅうが痛い。いつもならとっくに意識を手放しているが、そうならなかったのはセルジュの悲壮な顔を見たからだ。
必死の形相でレヴィンの方へ駆け寄ろうとしていたセルジュの足が止まり、「何故だ……?」と声を出した。
「こうするしか無かった……」
彼の背後に誰かがいるのが分かった。
セルジュは、その人物と会話しているのだろう。けれど、銃で撃たれた時に爆音で耳がやられてしまい、レヴィンは会話がよく聞き取れない。
「君は――……だろう!」
「あの方は――……限り――……誤る――」
話している内容は途切れ途切れだが、ひとつだけ分かったことはセルジュに殺されたのではないということだった。
いつも目の前にセルジュがいたから、勝手にそう思っていただけで、彼の後にいる人物に毎回殺されていたのだ。
トク、トク、と弱まる脈、白くなって行く景色、自分の呼吸が止まって行くのを感じる。次第に痛みも消えていき、確実に〝死〟が迫っていることを実感する。
ぐるぐると回る思考回路、立っているのか座っているのかも分からない状態が続くと、ふと、感じたことのある眩い光を浴びて、またか……、と思った。
――結局、終わらないのだな……。
レヴィンは周りに悟られないように、「かはっ」と咳き込んだ後、大きく息を吸った。
これはいつものことだった。心臓が止まった認識があるせいで、回帰する時はいつも息苦しくなる。
やっと呼吸が落ち着き、レヴィンは確認のために目線を上げた。
目の前に広がる誓の間と、メビウス像が視界に入り、絶望感で思わず涙が溢れそうになったが、何かが違うことに気が付いた。
大勢の貴族が両端にいるのは変わらないが、本来いるはずの令嬢と令息の姿が何処にも見当たらない。いや、そんなことより、セルジュは――、と背後へ視線を向けると、そこにはハリー・ベルマンが立っていた。
――ど、どうして……?
「どうしたレヴィン? 席に座りなさい」
「……え」
その声に驚いたレヴィンは目を疑った。なぜなら王妃ではなく父である国王陛下が席に座っていたからだ。
なぜ、父王がここに? それに、どうして席に座らなくてはいけないのか分からない。そもそも、今日は婚約者を選ぶ日ではないのか? とレヴィンは困惑する。
もしかすると、いつもとは違う日から始まったのかもしれない。その可能性を考えて、とりあえず、陛下に促されるまま移動した。
誓の間にある椅子は、本来ひとつだけだが、特別に用意されたのだろう。陛下の横に、もうひとつ装飾が豪華な椅子が置かれており、そこへレヴィンは腰を落とした――。
出来れば、この場所に二度と戻りたくなかった。
いや、贅沢を言うなら、セルジュと家に帰り、一緒の人生を歩みたかった。
最後の最後に見た彼の悲壮な表情を思い出し、レヴィンの胸は痛みで粉々に砕けそうになる。
頭の中の整理が追い付かないまま、あの穏やかな日々を失った喪失感と戦っていると、不意に正面の大扉が開いた。
開いた扉から見知らぬ紋章を掲げた騎士が入ってくるのが見えるが、一体、何が行われるのかレヴィンは見当もつかなかった。
一瞬だけ、誓の間がザワついたが、白銀の鎧に金色の文様の入った青い外套をなびかせた男が入ってくると途端に静寂が訪れた。
その男の風貌を見てレヴィンは息を飲んだ。
男は優艶な微笑みを浮かべると、「ご無沙汰しております。国王陛下」と言って片膝を落とした。
「久しいなセルジュ。いや、今ではベンディーク王国の王か」
「はい、とはいえまだ弱小国です。これからも陛下のお力添えを賜りたく存じます」
「うむ」
一体、何がどうなっているのか、二人の会話が理解出来ないまま、呆然とやり取りだけを見ていた。
父である陛下がレヴィンへと顔を向け、「セルジュ王は、お前との婚姻を望んでいる」と言う。
「え……」
「歳の差もある故、お前の意志を聞きたいそうだ」
「私……、あ、僕……」
気が動転してレヴィンは十歳の皮をかぶり切れず、あたふたした。
こちらの様子を見て、くすっと笑ったセルジュが、「レヴィン王子――」と呼ぶ。
聞き慣れた声のはずなのに、彼も若返っているせいか声に張りがあり、何だか違う男から名を呼ばれているようだった。
「王子が困惑するのも仕方ありませんが、返事を頂けませんか? 出来ればすぐにでも貴方を私の国へ迎え入れたいのです」
「そ、そうですか……、では……」
――これは求婚を受けても良いのか?
ただでさえ分からない状況だというのに、もう少し時間が欲しいと思った。
けれど、また彼と結婚出来るのに、悩むなど馬鹿馬鹿しいことだと思い直す。そう、レヴィンの心はとっくに彼の物なのだから、拒む理由などなかった。
ごくりと唾を呑み込み、椅子から立ち上がると、ゆっくりセルジュへ歩み寄った。
「セルジュ、王」
呼び慣れない〝王〟という敬称に戸惑いながら、レヴィンは片手を出した。
「あなたの求婚をお受けいたします」
その言葉を聞いたセルジュは、今まで見せたことのない鮮やかな笑みを浮かべ、「ありがとうございます」とレヴィンの手を取り、そっと甲に唇を落とした――――。
◇
無事に求婚し終えたセルジュは、レヴィンと対話をするための場を作ってもらうことにした。
準備が整うまで待つ間、暇だったセルジュは城内を散策する許可をもらい、王城の見慣れた庭園へと歩みを進めながら、懐かしい風景に頬を緩める。
前世、王妃の側近となり、はじめてレヴィンを見かけたのはこの場所だった。
幼いながらに品位を保ち、美しく、気高く、独特の雰囲気を身に纏っており、子供とはいえ不用意に近付いてはいけない存在だと常に敬意を持って接していた。
懐かしい思い出に浸っていると、背後から若い男の声色で、「セルジュ王」と声をかけられて振り返った。
セルジュもよく知るその男は、豪奢な衣装と気品のある顔をぶら下げて、こちらへ向かって来る。
「パトリック第一王子、お久しぶりです。大きくなられましたね」
今世では、レヴィンが産まれる年まで陛下の近衛兵を務め、その後に大陸戦争へ出向いた。
過去では命令により終盤頃に出向いたが、今回はこの地位を手に入れるために序盤から部隊兵に志願した。
だから、パトリックと交流があったのは十年ほど前で、幼かった子が青年に変貌したことに対して、本来ならセルジュも多少は驚いたフリをしなくてはいけないが、自分の性格のせいなのか、とても難しく感じた。
「如何ですか、久方ぶりの祖国は」
「ええ、とても懐かしいです……」
「ところで、お聞きしても宜しいでしょうか?」
おそらく、レヴィンのことなのだろう。この男は昔からそうだった。
「王は、どうしてレヴィンに求婚を……? あなたが望めば手に入らない女はいないと思うのですが……?」
「私の一目惚れです」
「はっ、あの子は十歳の子供ですよ? まさか、そんなご趣味だったとは……」
批難というよりも、悔しさで平常心を保てなくなっているのが丸わかりだった。こんな風に皮肉を言わなくてはいけないほど、彼の心が乱れているのがよく分かる。
「パトリック王子、歳は関係ありません、それに、誰が見てもレヴィン様は美しい……、私は美しい物が好きなのです」
「そうですか、なるほど」
なるほどと言うが、納得が出来てない顔だ。
そもそも、パトリック王子がレヴィンに溺愛し始めたのは、この頃だったな……、とセルジュは過去の記憶と照らし合わせた。
王妃の所に何度も何度も求婚の許しを請いに来ていたが、結局、王妃はそれを許さなかった。
「パトリック様、こちらにいらっしゃったのですか、陛下がお呼びです」
セルジュはその声に目を鋭く光らせた。
パトリックの側仕えをしているライナー・ミロイ・ガイアスが、深々と腰を折っているのが見え、思わず拳に力が入る。
「では、セルジュ王、失礼します。また」
「ええ……」
彼の姿が見えなくるとセルジュは大きく息を吐き出した。それにしても……、と自分の掌を見つめる。
いつも過去の記憶が戻るのは時計塔のあの瞬間だったが、今世では、子供の時から過去の記憶を持っているおかげで、色々と回避できそうだとは思う。
それに、前回はレヴィンと結婚していたことも含めて謎だらけだったが、ひとつだけ分かっていることは、レヴィンにも〝過去の記憶〟があるということだ。
毎回、彼の伴侶が違うことも含め、おそらく運命に逆らいながら生きている。だとするなら、彼を守るにはこの国から出なくてはいけない。
――どちらにせよ、レヴィンに色々と確認をしなくてはいけないな。それと、パトリック王子のことも、どこまで話せばいいのか……。
そこまで考えて、セルジュは深く息を吸い込むと空を仰いだ。
レヴィンにとってはいい兄であることには違いない。それに今世こそレヴィンを自分が守り抜けばいいのだから、余計なことは考える必要はない、とセルジュは気分を落ち着かせた。
ふと、庭園の入り口付近にある大柱に目をやれば、小さな人影がチラチラ見える。
セルジュは、くすくす笑いながら、その影へと近付いた。
王妃の側近時代から知っている小さなその影は、可愛らしく庇護する者として当たり前の存在だった。
けれど――。
「レヴィン」
「あ……、うん……」
「俺を覚えていますか?」
「うん……」
レヴィンがこんな風に照れる様子は、過去一度も見たことがなかった。
「抱きしめてもいいですか」
「え……っと」
もじもじする様子を見つめたセルジュは、「抱きますよ」と言って彼を拾い上げた。
自分の片腕にすっぽり収まってしまうほど小さな身体をきゅっと抱きしめる。
咄嗟にレヴィンが驚いた声を出したものの、その瞳には涙が溢れそうになっており、言葉に詰まっているのがよく分かった。
「もう、二度と過去は繰り返しません。これが最後です」
「本当に……?」
「はい、あなたには伝えなくてはいけないことがたくさんありますが、一先ず、結婚式を早く挙げましょう」
泣きながら小さくうなずくレヴィンの頬を撫でると、セルジュは彼の頬に唇を押し当てた――――。
メビウスの廻廊~第一章~.END
◆◇あとがき◇◆
これで一旦完結とさせて頂きます。
第二章はセルジュ視点で新生国の王となってレヴィンの前に現れるまでの道のりや、再会してからの物語になります。それと同時に一章で明確にならなかった様々な伏線を回収していくことにもなります。
最後に少しだけ書いてある通り、セルジュも呪われた運命を背負って生きてきました。
彼の記憶が戻るのはいつだって時計塔のレヴィンが殺される場面で、レヴィンを守れずに己も死にます。
とはいえ……、あんな場面で回帰させられたら、何も出来ませんよね。ええ、セルジュに同情しますw
投稿再開の時はお知らせをさせて頂きます。それでは、また♪




