21❊戴冠式
翌日、朝が苦手というわけでもないのに、頭が重くて持ち上がらないレヴィンはしばらく寝台の上でぼーっと部屋の壁を見つめる。
発情前の気怠さは仕方ないにしても、考えることが多すぎて眠れなかったことも原因なのだろう。開いたはずの目が、重力に負けて閉じようとするのを必死で堪える。
ふりふりと頭を振ったレヴィンは、寝台から腰を上げると窓辺へ向かった。
――寝ている場合じゃない、いよいよだ……。
今回は違うはずだと思うのに、不安はどんどん広がって行く。
セルジュに嫌われてもいなければ、恨まれてもいない。それなのに、どうしようもない焦燥感に駆られてしまう。
不意に部屋の扉を叩く音が聞こえ、「失礼します」と言ってカールが入って来る。
「おめざめでしたか」
「ああ……」
「ご機嫌悪そうですね」
本当にな、とカールを見た。
どうしてなのか彼も不安そうな顔を見せていることに気が付き、「何かあったのか?」とレヴィンは訊ねた。
「何もありません。ですが、レヴィン様、今日はくれぐれも注意してください」
「え……」
「他国からも大勢の人間が来ています。もちろん中央都市からも……、レヴィン様がどのようなみすぼらしい格好をしていても、目立ちますし、そろそろ発情期が近いのではないですか?」
――ああ……、なるほど、それを心配しているのか。
オメガ特有の気怠い雰囲気を察した彼は、レヴィンの発情のことが気になっているのだ。
「薬は飲まれましたか?」
「あー……、それは……」
歯切れの悪いレヴィンの態度に、何かを感じ取ったカールが両手をパチンと合わせ、「そーですか、そーですか、いよいよですか!」と笑みを浮かべる。
以前、時期が来たら初夜の件も何とかすると、レヴィンが言っていたのを覚えていたようで、今日が解禁日で記念日なんですね、と浮かれたことを言う。
「今日ではないが……」
「へぇー」
浮かれた顔のカールの顔面に枕を投げつけたレヴィンは、「私のことはいい! セルジュはどうしてる?」と聞いた。
「セルジュ様なら、支度を終えて朝食を召し上がっています」
「そうか、変わりないか?」
「……? ええ、特に変わった様子はございません」
それならいい、と心の中で呟く、おそらく今回はセルジュに殺されないはずだ。
過去のセルジュは、いつも王国近衛兵の衣装を身に着けていたし、近辺の警備中だったのは一目瞭然だった。
それに、毎回、レヴィンは銃で撃たれて死んでいたが、そもそも、銃が持てるのは王国の近衛兵だけ、つまり、今のセルジュには銃でレヴィンを殺すことが出来ない。
――けれど……、何か重要なことを見落としている気が……。
レヴィンは大きな溜息を吐くと、今さら色々考えた所で手遅れだと頭を振る。
朝食をとりに食堂へ向かえば、まだ食事中だったセルジュと目が合う。途端に、昨晩の濃厚なくちづけが脳内で再生された。
気恥ずかしい思いを隠しながら、何とか食事を終えると、レヴィンが食べ終わるのを待っていたセルジュが、「少し早いですが広場に行きますか」と聞いてくる。
「あ、ああ、そうだな……」
「分かりました。では上着を持ってこさせます」
彼が立ち上がるのを見てレヴィンも立ち上がった。
そのまま玄関先まで行くと、カールが神妙な面持ちでやってきて、「念の為に、お持ちください」と即効性の制御剤を手渡してくれた。
「わざわざ、すまない」
「いえ、セルジュ様と一緒ですので大丈夫だとは思いますが、気を付けて行って来てください」
いつもと変わらない生意気な従者カールの眼差しを見つめ、もし、今日、自分が死んだら次にカールに会えるのは――、とそこまで考えてから、「土産は何がいい?」と聞いた。
彼は悩む素振りも見せず、「無事に帰って来てくれるだけで十分です」と笑みを浮かべた。
「分かった」
出掛ける準備が整ったセルジュが、「では、行きましょう」と言ってレヴィンをエスコートする。無事に今日が終わることだけを願いながら、レヴィンは屋敷を出た――――。
今回で五度目の体験となる戴冠式。過去の景色と同じように城から続く大通りは民衆で溢れ返っている。
戴冠式は城の大広間で行われた後、新しい国王が馬車に乗り、国民からの祝福を受けながら時計塔のある広場をぐるりと回ってから城へと戻る。当然だが時計塔の周辺が一番人が多いし、警備の数も多い。
過去、毎回観覧する場所は時計塔の二階にある見晴台だったが、場所は関係なく殺される可能性もある。
「レヴィン、あちらに行きましょう」
「ん、ああ……」
セルジュが示す場所を見れば、王国兵士の制服が見える。
――自ら安全な場所へ行くのか……?
もし、セルジュがレヴィンを殺そうと目論んでいるなら、警備の薄い場所を選ぶはずだ。
「セルジュ……、時計塔に登ってみないか?」
「時計塔ですか? もう既に人が大勢いると思いますが……」
「ああ、分かってる」
それでも、自分の過去とこれからの未来にどうしても必要な行動だと思った。
なぜなら、過去ではレヴィンに選択肢は無かった。
けれど、今世は戴冠式を観覧しないという選択もあったし、それこそ、王城で安全に兄の雄姿を見ることだって可能だった。
その可能性の全てを取り除いてまで知りたかったことは〝ひとつ〟だけ……、どうしてセルジュに殺されるのかだ。
「では、時計塔へ行きましょう」
セルジュが差し出す手を取り、レヴィンは時計塔内へ歩みを進める。
混雑する人の波を掻き分け、階段を上っていくが、当然、見晴台は既に人が溢れている。
「レヴィン、あの辺りへ行けば見られそうですね」
「……」
「レヴィン?」
呼ばれていたことに気が付かず、「なんだ?」とレヴィンはセルジュを見上げた。
「もしかして具合でも悪いのでは?」
不安そうにセルジュが顔を覗き込んできた瞬間、ドン! と地響きが鳴る。
「……ああ、始まったか……」
「レヴィン?」
新しい王の誕生に歓迎の花火が打ち上げられたが、それが合図だというかのように、時計塔がグラリと揺れる。
上の階に仕掛けられていた火薬が爆発を起こし、石積があちこちからパラパラと崩れはじめた。
仕掛けられたこの爆薬は、レヴィンの死とは直接関係ないと思う。なぜなら、セルジュの性格上このような仕掛けをするとは到底思えなかったからだ――。




