18❊ブランカの意外な報告
それから数十日が経ち、セルジュの身体は無事に回復した。
傷痕はまだ痛々しい物だったが、日常生活には支障はないようで、以前のように領地へ向かう姿を見たレヴィンは呆れたように、「信じられない」と言葉を吐いた。
けれど、それを聞いていたカールが、「流石ですねぇ」と称賛するのを聞き、レヴィンは皮肉を口にした。
「お前があの傷を負ったなら、未だに病人ぶって寝台の上で寝ているだろうな」
こちらの言葉に、大きく顎を縦に揺らしたカールは、「否定できませんね、ところで……」と戴冠式の話をし始めた。
「本当にパトリック王子の提案をお断りするのですか?」
「ああ、時計塔がある広場から見る」
「せっかくパトリック王子の晴れ姿だというのにいいのですか? きっと、レヴィン様に近くで見て頂きたいと思ってらっしゃいますよ」
「そうかも知れないな」
だとしても、レヴィンはセルジュに殺される姿を兄に見せたくはなかった。
彼を夫として選んだ時から、自分はあの時計塔で殺される理由だけを知りたいと思っていたし、今さら場所を変えた所で意味が無い。
それに、本当に今世で何もかも終わりにしたいと思っていた。
これでまた巻き戻されるのであれば、あとは国を出る選択しか残っていない。誰も自分のことを知らない国へと逃げ出す方法しかないのだ。
――そうなれば、セルジュに会えなくな……る……?
どうして彼に会えないことに後ろ髪を引かれるのか、と自問自答のような問いかけが頭を駆け巡る。
殺され過ぎて逆に依存性が高まっているのかも知れないな……、とレヴィンは失笑しながら執務室へ向かった――。
来週には兄の戴冠式、あの悪夢の日がやってくるのだと、自分で自分を叱りつけながら仕事をこなしていると、ブランカがお茶を持って来てくれた。
「レヴィン様、あまり根を詰めないようにして下さい」
「ありがとう」
机の端の邪魔にならない箇所へブランカがカップを置くと、もじもじとし始める。レヴィンが、「どうかしたか?」と聞けば、がばっと頭を下げる。
「実は結婚をしようと思っております」
「え……」
結婚? セルジュと? そんな話は彼から聞いてないし、そもそもレヴィンとセルジュは離縁の話すらしたことがない。
我が国は重婚は認められてないはず……、と、ぐわんっと揺れる視界を何とか立て直し、どういうことなのか聞こうとした時、執事のトビアスが入って来た。
「ブランカ?」
険しい顔を見せる彼だったが、彼女が、「トビアス様、たった今、レヴィン様にお話をしました」とブランカが言う。
「はぁ……、私からお伝えしようと思っていたのですが、仕方ありませんね。レヴィン様、私達の結婚をお許し下さいませんか?」
彼の言葉をどう飲み込めばいいのか分からなかった。
二人の顔を交互に見つめながら、何度も、何度も、繰り返し彼の言った言葉を確認する。
――どういうことだ? ブランカはセルジュと……、ダメだ、何だか頭がおかしくなりそうだ。
予期せぬ出来事のせいで、レヴィンの脳内が混乱を起こしている。
どうしよう……、と落ち着かない気分になってしまうが、何とか表面上は冷静を保ちながら――、
「いつから、そういう関係なんだ? あ、こんな聞き方は下世話だな……」
執事のトビアスが困ったように、こちらの顔を見ながら、「気が付かないうちにとしか申し上げられません」と質問に答えた。
それは、そうなのだろう。けれど、レヴィンとしてはトビアスのことよりもブランカの心変わりの方に驚いており、取りあえずは彼女と話をしたいと思った。
「少しブランカと話しをしたい」
「畏まりました」
いざ二人きりになると言葉に詰まってしまうが、レヴィンとしては正直な気持ちを聞いておきたかった。
「私の勘違いでなければ、君はセルジュを好きだったのでは?」
「え……?」
「違うのか?」
ぽかんとした顔でこちらを見つめるブランカが滅多に見せることのない噴き出し笑いをした。
「彼とは幼馴染で兄のような存在です。一度だって異性として見た事はありません」
「そうなのか? だが……」
流石に二人が過去では夫婦だった話をするわけにもいかず、とりあえずレヴィンは押し黙った。
「レヴィン様、仮に私がセルジュ様をお慕いしていたのなら、諦めるためにも早く誰かに嫁いでおりますし、このお屋敷に来ることさえ、お断りしていたと思います」
「……」
「まさか……、ずっと私がセルジュ様をお慕いしていると思ってらしたのですか?」
ブランカの問いにレヴィンの頬が熱くなる。勝手に色々なことを想像したことも含めて、妙に恥ずかしい気分にさせられた。
「実は、ブランカとセルジュは……その……密通を行う関係なのだと……」
「えぇえ? 密通だなんて! そんな誤解をされていたのですか? どうしてそんなこと……、あ、いえ、誤解させていた私がいけなかったのですね。何とお詫びを申し上げれば」
「詫びなどいらない、私が勝手に誤解していただけで……」
そう、過去で夫婦だったことを知っていたから、だから、お互い好意を持っていると勝手にレヴィンが勘違いをしたのだ。
二人の邪魔にならないようにと遠慮して過ごして来た日々が、急に滑稽で馬鹿らしく思えて笑いが零れた。
こちらの様子を見ていたブランカが、くすっと笑みを浮かべ、「どうりで妙だなと思ったのです」と言う。
「妙?」
「お二人は好き合っているのに何処かよそよそしいので、どうしてなのかと思っておりました」
ニコニコと笑顔を浮かべながらブランカがそんなことを言う。
「別に……好き合っているわけでは……」
「少なくともセルジュ様はレヴィン様のことをとても大切にされております」
それは十分に感じているが、元々レヴィンは王族だ。セルジュの性格からして敬意を払うことが当然だと思っているのだろう。
どちらにせよ、自分の勘違いのせいで、悩まなくてもいい悩みをずっと抱えていたことが解消されて何だか気が抜けてしまった。
ブランカは一息つくと改まった態度を取り、レヴィンに向かって口を開いた。
「業務に支障が出ないようにこれからも勤めますので、どうか結婚することをお許しください」
「許すも何も、めでたいことだ。二人を祝福するよ」
「ありがとうございます」
ふんわりと優しい笑みを浮かべるブランカを見て、気配りも優しさも含めて魅力的な女性なのは言うまでもない。誰だって彼女の人となりを知れば好感を持つはずだ。だからトビアスが彼女に惹かれたのも当然だとレヴィンは思った。
「それでは、御用が無ければ私はこれで」
「……ああ、呼び止めて悪かった」
ブランカの姿が部屋から消えると同時にレヴィンは、大きく息を吐き出しながら椅子の背凭れに身を預けた。
確かにレヴィンのせいでセルジュと結婚が出来なくなったのだから、ブランカが他の男と結ばれてもおかしくない。
――申し訳ないな……。
本来なら結ばれるはずの二人が結ばれなかったのだから、その罪悪感は大きい。
だから彼達の結婚に関して、手放しで祝福していいものだとは思えなかったけれど、心が軽くなったのも事実だった――――。




