16❊複雑な気持ち
帰りの馬車の中でレヴィンはブランカに説明をした。
従妹と言ったのは、カルメンの嫌味を聞きたくなかったからだと告げたが、その説明を聞き、彼女は不思議そうな顔をして口を開いた。
「別に嫌味くらい平気です」
「私が耐えられない。我が家の者に嫌味を言うなどセルジュを侮辱されるのと一緒だ」
それを聞いたブランカは、「旦那様を愛していらっしゃるのですね」と見当違いなことを言った。
「な、何を言ってる?」
「レヴィン様が侮辱されると聞かされたなら、そうは思いませんでしたが……」
ほぅと熱を帯びた小さな溜息を吐くブランカに、それは誤解だと説明をした。
にっこりと微笑む彼女を見て、誤解が解けたのかは怪しいが、どちらにせよ、カルメンの嫌味を許せなかったのは、過去の自分も影響しているのだろう。
ふと、彼女のドレスの裾を見れば、黒く汚れていることに気が付く。
今まで着ていた衣類はくるぶし丈のデイドレスだったこともあり、今回のような丈の長いドレスは着慣れないのだろう。
「綺麗な物を身に着けると楽しいだろう?」
そう言って、レヴィンは彼女の裾に付いている土の汚れを払った。
「あ、すみません。ありがとうございます」
「その姿を観たら、セルジュも吃驚するだろうな」
「そうでしょうか?」
愛する女が美しくなって喜ばない男はいない。
過去の夫達も外へ連れて歩く時だけは、レヴィンを着飾るのに惜しみない物を与えてくれたことを思い出し、セルジュだって例外ではないはずだと思う。
――セルジュに女心が伝わるかは別だがな……。
レヴィンは彼の無表情な顔を思い出し、こっそり微笑した。
屋敷に戻ると新しく雇った執事のトビアスが、「お帰りなさいませ」と腰を折った。
使用人を紹介してくれる商会で雇った人物だが、元々は国家会計士をしていたらしく、実に頭の切れる男だった。
クレメッティ男爵家の次男坊であり、結婚どころか婚約したことすらないと聞いている。
だからだろうか、今年で三十七歳になるらしいが、年齢を感じさせない若々しい風貌をしていた。
「ブランカ、確認したいことがあります」
トビアスは彼女を呼びつけると、業務に関しての話を始めた。
意外と気が合うのか、二人で談笑している所を何度か見かけたことがある。そもそも、ブランカを嫌う男などいないだろう。
常に慎ましい態度を見せる彼女は、おっとりした口調ながらも、自分の思っていることはしっかりと相手に伝える女性だ。
――彼女のような人は恨まれて殺されることもないだろうな……。
そこまで考えて、自分は? と思った。
確かに素直では無いし、可愛気もない、けれど他人から恨まれるほど何かをしたことも無い。
だからこそ、セルジュに聞きたい。もし、今回の人生でも彼に殺されるのであれば、その時は理由を聞きたいと思った――。
しばらくして、セルジュが帰って来ると、案の定ブランカを見て目を丸くさせていた。
こっそりと覗き見ながら、彼の顔が綻んで行く姿にレヴィンの胸がぎゅうと締め付けられた。
分かっていたことなのに、と二人の姿を見届けると自室へ戻った。
「羨ましい……」
つい出た独り言に、はっと口に手をあてたレヴィンは、自分は何を羨ましいと思ったのだろうか? と不可解な思いに答えが見つけられずにいると、規則正しい足音が聞こえてくる。
扉の前で小さく叩く音、以前とは違い、遠慮を感じてしまうのは、気のせいではないはず。
「入ります」
「どうぞ」
夫婦だと言うのに部屋に入るのに、どうして了承がいるのだろうか、気にせず扉を開ければいいのに、とレヴィンは不満を持った。
室内に入って来ると、セルジュは軽く頭を下げてから男らしい唇を動かした。
「ブランカから聞きました。ドレスを買って頂いたと……」
「ああ、よく似合っていただろう?」
「はい」
久しぶりに柔らかい表情を見せるセルジュを見て、買ってあげて良かったと思うのに、少しだけ複雑な気持ちが沸く。
自分がどれだけ着飾っても、おそらく彼は表情ひとつ変えないだろう。それこそ王子だった頃に、どれだけ煌びやかな衣装で彼の前に立っても微動だにしなかったのだから。
そんなことより、ドレス店でのやり取りを報告しておくべきだと思ったレヴィンは、セルジュに全てを伝えることにした。
フランツとその妻にブランカの素姓を聞かれ、咄嗟にセルジュの従妹だと答えたことなどを説明した。
「ブランカをセルジュの従妹だと伝えた。変なことに巻き込まれないためにも、そうした方がいいと思ったんだ」
「そうですか、分かりました」
「それで、セルジュの用件はそれだけか?」
本当に可愛げのない言い方だと、自分で自分を嘲っていると、彼が一歩自分へと近付いた。
「フランツ様とお会いした時、あなたの態度が変だったと、カールより聞いております」
「え……、そうだったか……」
「面識があることは存じておりますが、何かあったのでしょうか?」
「いいや、何も」
何を疑われているのか分からないけれど、もしかしてフランツがきっかけで自分は殺されることになるのだろうか……、と過去を思い出す。
フランツとは表面上は何も無かったと記憶している。そもそも、過去ではあの浮気相手がいたし、だから発情期の時以外はレヴィンに、さほど興味を抱いてなかった。なので、彼が原因で殺されたとは考え難い。
セルジュは大きな溜息を吐くと、「何も無いならいいのです」と言って、レヴィンの手を持ち上げると甲に唇を押しつけた。
「……セ、セルジュ」
これは慣れ親しんだ行為だ。
騎士が上位爵位の夫人へ挨拶をする時に行う敬意であり、今までだって何度も受けているし、分かっているのに何故か頬が熱くなった。
離れた唇の熱がいつまでも手の甲に絡みついているようで、今度は胸までもが熱くなる。
「レヴィン……」
「な、何だ」
まともに彼の顔を見ていられず、思わず顔を伏せた。
「あまり俺を焚きつけないで下さい」
それだけ言い残すとセルジュは部屋を出て行った。
――な、何だったんだ……?
よく分からないセルジュの言動に困惑したが、取りあえずは機嫌を損ねたのではないことだけは分かり、ほっとため息を吐いた――――。




