15❊買い物へ
ブランカが侍女として屋敷に来てから早い物で数ヶ月が経った。
「レヴィン様、ひざ掛けを」
「ありがとう、ブランカの分は?」
「はい、私のはこちらにあります」
笑みを浮かべる彼女にレヴィンは、こくりと顎を縦に揺らした。
近頃は午後のティータイムを、彼女と一緒にとるのが日課になりつつある。思いの外ブランカと一緒に過ごすのは楽しく、侍女というよりは身近な友人のような存在になっていた。
ただ、その分、セルジュとの距離は離れてしまったように感じる。それこそ、結婚したばかりの時のように、必要最低限の会話しかしなくなった。
レヴィンとしても、彼の手を煩わせないように立ち回っているから当然と言えば当然だ。
それに、ブランカがセルジュの身の周りの世話をしていることも大きいのだろう。
「ところでブランカ、社交界に顔を出したことは?」
「レヴィン様は、おかしなことを申しますね。我が家は爵位などない庶民です。一度もそのような場に顔を出したことはありません」
そう言って彼女は微笑んだ。
けれど、今後は社交の活動も増えるだろうし、過去の人生でセルジュの妻として見かけた時は、貴婦人とまではいかないにしても、男爵夫人らしい装いだったことを思い出す。
それでも、質素な身なりだったことを考えると、散財などしない奥ゆかしい性格なのだろう。
「良かったら買い物に付き合ってくれないか?」
「もちろんです」
「じゃあ、出掛けよう」
「今から行くのですか⁉」
驚いた顔をするブランカを誘い、早速とばかりにレヴィンは王都で一番有名なドレス店へ向かった。
目を丸くする彼女を余所に、ブランカに合うドレスを数点用意させた。
「レヴィン様……、ほ、本当に宜しいのですか?」
「私の侍女なら当然だ」
一緒に付いて来たカールが大きな溜息を吐きながら、「どういうつもりですか」と言う。
「何が?」
「本気で彼女を第二夫人に仕立て上げるつもりですか? 旦那様からお叱りを受けたでしょう」
「あー、その件か……、もう、そんなことは考えてないが――」
レヴィンが話をしていると、不意に店に入って来た男女が目に留まり、驚きで心臓が大きく跳ねた。
二度目の人生で結婚したフランツが女性を連れているのを見て、「見た顔だ」と独り言を漏らすと――、
「ああ、ティシオ伯爵家のフランツ様と、バーネット男爵家のカルメン様ですね、去年ご成婚されたと聞いております」
「そうか、バーネット家の……、確か紙の加工に関する商会を生業としていたな」
「よくご存じですね」
――私が彼と結婚していた時の浮気相手だからな……。
彼との結婚生活は浮気を知るまでは順風満帆だったが、あの女のせいで散々な目に遭ったのだ。
頼んでもいない宝飾品がレヴィン宛に家に届くと、夫だったフランツは声を荒げた。『いつまで王子様気取りなんだ。こんなに宝石を買うなんて!』と、それに対して自分は何も知らないと弁解をしたが、信じてはもらえなかった。
おそらく、カルメンが宝石店でレヴィンを見かけて買い物をしていたと嘘の告げ口でもしたのだろう。
――可愛い浮気相手の言うことは信じても、私のことは信じなかったな……。
可愛気のないレヴィンより、彼女のように男を褒めて持ち上げる女の方が好かれるのだ。
――セルジュもそうだろう……。
ブランカはわざとらしい褒め言葉は使わないが、彼に対して尊敬と愛情を持って接しているのが他人から見ても分かるほどだ。
その好意にセルジュが嫌悪を抱くわけがないし、寧ろ可愛く映っているはず。
時折、複雑な気持ちになるが、セルジュの近くにいる女性が彼女で良かったとも思う。他の女だったら、おそらく許せなくて辛く当たったかもしれない。
そう、あの女のような人間だったなら――、とカルメンへ目を向けた時、彼女と目が合った。
「え……、えぇえ? も、もしかして……」
――面倒臭い。
わざとらしく口元を抑えるカルメンが、レヴィンに近付いて来る。
「レヴィン王子様ではございません? あ、もう王子ではなく男爵夫人でしたね」
分かり易い嫌味を言う彼女を見て、レヴィンは軽く微笑むと、過去では夫だったフランツへ目を向けた。
「レヴィン様、お久しぶりです。こんな所でお会い出来るとは……、相変わらずお美しいですね……」
「フランツ様、お元気そうでなによりです。夫人のドレス選びでしょうか?」
「え、ええ、新しいドレスが欲しいと言われまして」
レヴィンが滅多に見せることのない、媚びた笑みをフランツへ向ければ、ぼーっとした顔で彼が分かり易く見惚れる。
婚約期間中、彼は自分に夢中だったが、結婚してからはカルメンの方に気持ちが傾いた。
――彼女のように、わざとらしいくらいに甘えたふりでも演じていれば、少しは違っていたかもしれないな……。
王族として生まれ王子として扱われた日々、気高く、華麗で、高貴であり続けなさい、と言われ続けて来た王族時代。
矜持を常に持ち、自分が誰かを見下すことはあっても、見下されることは許してはいけないと母の教え通りに生きて来た。
そんな物は何の役にも立たなかったな――、と母のことを思い出す。考えてみれば、王妃は孤独な人だった。
寵姫をはじめ、大勢の女達が父に群がっていた若き時代。正妃としてあり続けること、母にはその矜持だけが己の武器だったのだ。
幸いなことに寵姫が子供を授かることがなかった故、王妃として陛下の横に座り続けているが、もし、寵姫の誰かが子を宿していたらどうなっていたのだろう。
気丈な母でも矜持を持ち続けるのは無理だと思う反面、後宮へ下がる姿など想像も出来ない。レヴィンはカルメンの方へ視線を向け、本当に女とは業の深い生き物だと思う。
――夫が少しでも他の女に関心が向くと、夫ではなく女の方を妬み恨む。
まさに、今、カルメンがレヴィンに対して抱いている感情は〝妬み〟なのだろう。自分以外の人間に興味を持つのは許せないといった顔でじっとこちらを窺っている。
こちらとしては、フランツに一欠片の興味もないのに……、と大きな溜息を吐くと、レヴィンが退屈していると思ったのか、慌てたように彼が近頃起きている事件の話題に触れた。
「そういえば、近頃、物騒な事件が多いと聞いてます。もしかして、護衛は彼だけですか? 彼だけでは心もとないのではありませんか? 良ければ私がお送り致します」
ただでさえ面倒だと思っているのに、余計な提案をしてくるフランツに、レヴィンはにっこり微笑んだ。
「カールは優秀なのです。何と言っても〝氷狼の騎士〟から直々に剣術を習っておりますので」
「それは……、凄いですね」
嘘を言わないでくれ! とカールの目が訴えているが、嘘をついてでもフランツとの交流を絶ちたいレヴィンは、肯定しろ! と目で伝える。
「ははは……、師匠の剣術は素晴らしいですから……」
苦笑しながらカールは話しを合わせた。
「それなら、私の出る幕はありませんね」
フランツが諦めの言葉を吐くのを聞き、ほっとしたのも束の間、今度はカルメンが口を出した。
「レヴィン様は王都に引っ越していらっしゃったのですよね?」
「ええ、ミラー通りにある屋敷を主人が買ってくれました」
「え……、あの辺りは一等地じゃございません?」
ああ、なるほどね、と彼女の思惑が読めた瞬間だった。
どうせ男爵家の屋敷など港町に近い庶民と変わらない家だと思っていたのだろう。
――庶民のような暮らしぶりを見て嘲りたかったのか……。
そうまでしてレヴィンを貶めたい理由は分からないが、どちらにしても、これ以上は付き合っていられないと思った。
ブランカの方へ目を向け、「そろそろ戻ることにしようか。セルジュが心配する」と声を掛ける。
素直にうなずく彼女だったが、とても不安そうな顔をしている。
「どうかしたか?」
「あの、このドレスは……」
「ああ、着て帰ればいい。先ほどまで着ていたドレスは後から届けさせる」
ブランカは躊躇う素振りを見せるが、「はい、分かりました」と明るい声で返事をした。
けれど、一連の流れを見ていたカルメンが口を挟んで来る。
「そちらの方は、レヴィン様のご友人なのでしょうか?」
「そうだ」
「どちらの家門の方です?」
「セルジュの従妹だ。変な勘繰りはしない方が身のためだと思うが?」
「あ……、失礼しました」
咄嗟に彼女をセルジュの従妹にしたが、そう言っておけば、カルメンからの嫌味を聞かずに済むと考えたからだ。
それに、物分かりのいいブランカのことだ、レヴィンがどうして従妹だと言ったのかは気にもしてないだろう。
レヴィンはフランツに向かって軽く微笑み、「それでは、失礼します」と言い残し、店を後にした――――。




