12❊久しぶりの再会
新しい屋敷にも慣れた頃、お忍びという形で我が家に兄が訪ねて来た。
お忍び用の紋章の入ってない馬車が屋敷の前で止まると、中から懐かしい風貌の人物が降りてくる。
「兄上!」
「レヴィン!」
結婚してから一年以上、一度も会っていなかった兄に抱き付いた。
久々に見る兄は、逞しくなっており、過去では一度も会うことが出来なかった兄の姿に涙が滲んでくる。
なぜなら、レヴィンが時計塔で死ぬ日は、兄が王となるための戴冠式が行われる日であり、おそらく今の姿は戴冠式で見る予定だった姿に近いと思ったからだ。
今回は見ることが出来るのだろうか、と潤んだ瞳でレヴィンは兄を見つめた。
――兄上、戴冠式の日、私はセルジュに殺されるんだ……。
ごくりと喉を鳴らし、レヴィンは出かかる言葉を必死で押し込む。
けれど、過去一度だって起きたことがない兄との対面に、もしかして、今回の人生では色々なことが変わっていくのかもしれないと期待してしまう。
無言で久しぶりの再会に喜んでいると、背後からカールが、「お屋敷にご案内致します」と声を掛けてくる。
「カールか、久しぶりだな」
「ええ、お久しぶりでございます。パトリック王子」
礼儀正しく腰を折ったカールの姿を見た兄は、「もしかして、お前が執事を?」と疑問の声をあげた。
「まさか、私には荷が重いです。執事は現在募集中でございます」
「ふむ、ならば私の方で手配しようか」
兄の言葉を聞き、カールが慌てて、「お止め下さい」と言う。
「何故だ?」
「パトリック様の息のかかった執事を雇うなど、監視されている気分になります」
なるほどな? と兄のパトリックはカールの言葉にくすりと微笑んだ。
ふと、辺りを見渡し、セルジュの姿が見えないことを不審に思った兄は、「お前の夫は何処に出稼ぎに?」とおどけた言い方をした。
「男爵家の領土に行ってます。昨日の夜中に出て行きましたから、今日の夕方戻って来ると思います」
「は? 本当に出稼ぎに行ってるのか? しかも今日の夕方って……、とんぼ返りではないか」
兄が驚くのも分かる。あの男爵家の屋敷からこの王都の屋敷まで早馬で一日は掛かるというのに、セルジュは半日で移動してしまうのだ。
「いつも、正道ではなく森を突き抜けて帰って来るそうです。あちらで一泊でも二泊でもすればいいのですが……」
呆れたようにレヴィンが説明すると、兄は何故か複雑な表情を見せた。
「へぇ、思ってた以上に仲が良さそうだ……」
「ど、何処がです?」
「領地も気になるが、お前のことを心配しているのだ。そうでなければ、とんぼ返りなどするわけがない」
セルジュがレヴィンのことを心配していると兄は言うが、おそらく心配ではなく、彼なりの考えがあってのことだ。
だから兄の言葉に、「セルジュは、私が心配なのでなく、カールの仕事ぶりが気になるのです」と憎まれ口を叩くと、二人してくすくす笑い出す。
「何が可笑しいのですか?」
「いや、セルジュもお前を相手するのは大変だろうな、と思っただけだ」
「大変? どうしてですか」
「お前は分からなくてもいいんだよ」
意味不明な言葉を言われたが、自分でも面倒な性格をしている部分があると思っているだけに、それ以上追及するのは止めた。
兄はカールの案内で広間にあるティーサロンへ向かい、用意された席へ座ると、「へぇ、いい屋敷だな」とガラス張りの引き戸から覗き込むように中庭へ視線を向ける。
貴族の屋敷は家の中に飾られる調度品も爵位の優劣を決める秤になるが、中庭の美しさも例外ではなかった。
「セルジュが意外と細かいのです。あの身体で庭の手入れをするのが好きなのですから笑えますよね」
「ふ、いい夫じゃないか、彼を選んだ時は驚いたが、いい選択だったようだな……」
セルジュを褒める兄を見て複雑な気分だったが、レヴィンは顎を縦に振り、「ところで――」と別の話に切り替える。
「兄上は、私を王都に来させたくなかったのですね」
「もう知っていると思うが、教会と王国で少々面倒なことが起きている」
「セルジュから聞きました」
「民は教会側の味方だろうから、お前が王都をうろつくのは危ない。暴漢に襲われる可能性だってある」
それを聞かされ、三度目の過去で夫と買い物に出かけた先では、いつも嫌な視線を向けられることがあったことを思い出した。
下から上まで舐めるように見られ、『あれがレヴィン王子か』と言いたげな視線を向けられていたが、ようやく視線の意味を理解した。
あの時は知らなかったし、気が付かなかったが、時期的に今くらいの時期だったことを思い出した。
――外の情報など彼達は教えてくれなかったからな……。
過去、どの夫も教会と王族の確執など教えてくれることは無かったが、セルジュの真面目な性格のおかげで、ようやく過去の出来事が少しずつ分かるようになった。
「それにしても、セルジュは毎日のように領地へ向かうのか?」
兄は不思議そうな顔で言う。
「毎日ではありませんが……」
「ふむ、だが、領地のことを考えるなら、わざわざ王都に引っ越して来なくても良かっただろうに」
確かにそう思うが、彼には愛する人がいて、領地へ行くのも彼女のためだ。
レヴィンを王都で暮らせるようにしてくれたのは、彼女のことも原因なのではないかと思っていた。
「まあ、どちらにせよ。まだ子も出来てないようだし、離縁したくなったら私に相談するんだ。いいね?」
「兄上は、そんなに離縁をさせたいのですか?」
「そうだ」
まさか、そんな答えが返って来るとは思ってもいなかったレヴィンは固まったが、真顔で兄は話を続ける。
「レヴィンが婚約者を選んだ時から、ずっと思っていた。城で何不自由なく暮らして来たというのに……、まさか男爵家に嫁ぐなんて、せめてブライト伯爵家だったなら私も安心出来たのだが」
子供の頃から過保護に扱われて来たことを考えれば、兄の発言は頷けるものだった。
けれど、最初の人生で選んだブライト伯爵家では家畜のような扱いを受けたのですよ兄上……、と言い出せない思いが胸の奥で燻る。
そんなことを言ったところで、信じてもらえないし、言うだけ無駄なことだからだ。
ぐっと込み上げる想いを沈めると、今まで会えなかった時間を埋めるように、兄と他愛もない会話を続けた――――。




