第64話 脳内デート
行軍二日目
朝日が昇り始め、タカギの顔にじんわりと日差しが当たる。
タカギは大きな欠伸をすると、両手をぐっと伸ばして全身の凝りをほぐした。
「いてて……やっぱ地面で寝ると体がバキバキだな」
目尻に浮かんだ涙をぬぐいながら、隣で寝ている司のほうを見る。
すると――。
司は目をギンギンに見開き、真っ赤に充血した目のままこちらを見ていた。
「うぉっ!」
タカギは思わず大声を上げた。
その声に周囲で寝ていた異人たちもびくりと体を震わせ、一斉に目を覚ます。
「なんだよ、もう朝か?」
「腰が痛ぇ……」
「まだ眠いぞ……」
あちこちから不満げな声が聞こえてきた。
「二人とも起きるのが速いな……」
ノームが眠そうに目をこすりながら司を見る。
だが次の瞬間、ノームの顔が引きつった。
司は口元をにやぁと歪め、不気味な笑みを浮かべながらノームを見つめていたのだ。
しかも瞬きすらほとんどしていない。
まるでこの世のものではない何かを見たような気分になり、ノームは怯えた顔でタカギの体にしがみつく。
「こ、こいつどうしたんだ?」
「さあな……。俺が目を覚ました時には、もうこの顔で笑ってたぞ」
二人の怯えた様子を見て、司が呂律の回らない口調で話しかけてきた。
「ふたりとも……どうしらのさ。きょうはいいてんきだよ……たのしいいちにちの、はじまりだ……」
司はゆっくりと立ち上がる。
その動きには妙に生気がなく、まるでゾンビのようだった。
周囲にいた他の組の異人たちも、じりじりと司から距離を取る。
「やべぇぞ……」
「完全に頭やられてるんじゃねぇか?」
「昨日から歩き通しだったしな……」
不安そうな声が小さく飛び交う。
中には司から身を守るように、互いに抱き合っている者までいた。
しかし当の司だけは、幸せそうににやにやと笑い続けていた。
朝食のパンを食べ終わると、新たに支給されたコッペパンと水を背負いかばんに入れ、全員が移動を開始した。
空はよく晴れていたが、朝から歩き続けるには少し肌寒い。
異人たちは重い足取りで列を作り、騎士たちの監視の中を黙々と進んでいく。
今日の夕方には、巨大湖バルトの湖畔付近に到着予定だ。
そのことを聞いた司は、今晩もナーと会えるのではないかと、にやにやした顔で歩き続けていた。
司の脳内では、すでに完璧と思われるデートプランが完成している。
月と星々の光を反射して、きらびやかに光る湖。
その湖畔を、司とナーは並んで歩いている。
もちろん、脳内の司は実際よりも高身長で、かなりのイケメンだった。
その司が華麗な動作で、薔薇の花束をナーに手渡す。
「君のような美しい女性の前には、この月も星も薔薇もかすんで見えるよ」
「まぁ、とてもうれしいわ。司、あなたもとっても素敵よ。私の王子様」
純白のドレスをまとうナーは、うっとりと微笑み返した。
脳内の理想の姿を想像し、司はニタニタと笑いながら歩いていた。
「ふふ……王子様……ふふふ……」
ぶつぶつと独り言を言いながら歩く姿は、かなり不気味だった。
司の周りを歩いている異人たちは、恐怖と不安で顔を引きつらせ、少しずつ距離を取っている。
「おい、あいつ大丈夫か?」
「目がやばいぞ……」
「近づかないほうがいいんじゃねぇか?」
そんな声も聞こえていたが、司の耳にはまったく届いていなかった。
司の脳内の完璧デートプランは、まだまだ続いていた。
ナーの手を取り、湖畔を歩く。
周りにはウサギや小鹿などが一緒に歩き、まるでメルヘンの世界のようであった。
「本当に素敵な夜だ。この世界は君のためにあるのかもしれないね」
彼女の両手を優しくつかみ、無駄に美化された司が彼女に語りかける。
顔を上げ、少女漫画のようにキラキラした瞳を彼女に向けた。
そこには、純白のドレスを着たタカギがいた。




