第61話 出陣
バルトラインの正門の前に、大部隊が集結していた。
その数は十万にも及ぶ。
一番前には、赤軍中隊長ハインケルと青軍中隊長マイティの二人が並んでいる。
その後ろには、騎士たちが整然と列を成していた。
全員がフルプレートのヘルムを外し、城壁の上に立つ将軍たちを見上げている。
さらにその背後には、異人たちが異人街ごとに列を作らされている。
異人たちは、それぞれ違う表情を浮かべていた。
戸惑う者。
興奮を抑えきれない者。
悲観したようにうつむく者。
反応は様々だった。
だが共通していたのは、これから待ち受ける運命への不安だった。
城壁の上には、カールとロビン、ジョセフが並んでいた。
三人は眼下に広がる十万の軍勢を見下ろしている。
「十万の大軍とは、これほどまでの威圧感を放つものか……。城壁の上に立つ我らですら、身震いを覚えるな」
カールが小さく呟いた。
人で埋め尽くされた景色は、まるで大地そのものがうごめいているかのようだった。
「頼もしい限りだ。この軍こそが、これからの王国の未来を築き上げるのだからな」
ロビンは満足げに口元を緩める。
その目は、すでに戦いの先を見据えていた。
「反乱軍を鎮圧した後は、さらなる軍備増強を進めねばならん。より盤石なる軍を築き上げるのだ。まだ老いるわけにはいかんな」
昨晩の食事の席にいた優しい叔父の姿は、そこにはなかった。
ここにいるのは、カールの師であり、大隊長ロビンだった。
ロビンは、すでに反乱鎮圧後の未来を考えている。
新たな反乱が起きた時に備え、軍をさらに強化する。
そのための構想が、彼の中で形になりつつあった。
だがカールは、それより先にやるべきことがあるのではないかと考えていた。
今回の反乱は、異人への劣悪な扱いが原因だ。
彼らが人間らしい生活を求めることの何がおかしいのか。
それは至極当然の願いではないのか。
ならば――。
彼らの環境を改めれば、反乱そのものを減らせるのではないか。
カールはそう考えていた。
「カールよ。そろそろ下の者たちへ、将軍としての言葉を聞かせる時ではないか」
ジョセフの言葉に、カールは小さく頷く。
そして手元の水晶玉へ視線を落とした。
すると、水晶玉はカールの意思に呼応するように、淡い黄色の光を放ち始める。
「我が十万の軍勢よ。聞こえているか。私が将軍カールである」
声が響いた瞬間、騎士たちは一斉に敬礼した。
それに続き、後方にいた異人たちも慌てて服従の礼を取る。
地面へ額を擦りつけるように土下座した。
「此度の異例なる徴兵に、戸惑いを覚えている者も多いであろう」
カールは眼下の者たちへ語りかけるように、ゆっくりと言葉を続けた。
「無理もない。本来であれば、多くとも数百組ほどの徴兵で済むはずであった。だが今回は、異人街全体を対象とせざるを得なかった」
「まずは、その件について詫びよう。諸君ら異人には、大きな負担を強いることとなった」
突然の謝罪。
その言葉に、騎士たちの間に動揺が走った。
将軍の演説中にも関わらず、あちこちで小さなざわめきが起きる。
「将軍が異人に謝罪を……?」
「あり得ん……」
騎士たちは顔を見合わせ、小声で囁き合っていた。
一方で異人たちも困惑していた。
だが、不用意に動けばどうなるかわからない。
誰も顔を上げようとはせず、ただ地面を見つめ続けていた。
その中には、わずかに肩を震わせる者もいた。
「今回、諸君らを招集した理由は、王国の未来を勝ち取るためである」
ざわめきを抑え込むように、カールは少し口調を強めた。
右手を握り締め、その拳を顔の高さまで持ち上げる。
「知っての通り、反乱軍は十年もの長きにわたり、我が王国へ戦いを挑み続けている」
「我々は長らく防戦を強いられてきた。だが――今度はこちらから打って出る」
騎士たちの空気が変わる。
先ほどまでのざわめきが、静かに熱へ変わっていった。
「故に、諸君らはここへ集められたのだ」
「諸君ら異人が、望まずして戦場へ立たされていることも理解している」
「だが、諸君らもまた王国の民であることを忘れぬでほしい」
「諸君らは、我が王国の希望である」
「共に反乱軍を打ち倒し、平穏なる未来を勝ち取ろうではないか」
異人たちは地面へ視線を向けたままだった。
だが、その空気には明らかな動揺が混じっていた。
奴隷同然に扱われてきた自分たちを、“希望”と呼ぶ将軍。
その真意が理解できなかったのだ。
ある者は、その言葉を真摯に受け止める。
ある者は、どうせ口先だけだと吐き捨てる。
十万人の胸中には、様々な感情が渦巻いていた。
話を終えたカールは、一度小さく息を吐いた。
そして隣に立つ総司令官――大隊長ロビンへ水晶玉を渡す。
ロビンは静かに水晶玉を受け取ると、眼下の軍勢を見渡した。
「諸君。大隊長ロビンである」
低く響く声に、騎士たちの背筋が自然と伸びる。
ロビンもまた、静かな口調で話し始めた。
「今しがたの将軍の言葉を聞き、諸君らが何を思ったか。我々には察しきれぬ部分もあるだろう」
「だが、これだけは理解してもらいたい」
ロビンはいったん言葉を切った。
城壁の上を吹き抜けた風が、彼の白髪を揺らす。
「この戦に勝利すれば、王家や貴族の中にも、異人への考えを改める者が必ず現れる」
「私もまた、その一人である」
異人たちの中から、わずかに顔を上げる者が現れ始める。
「諸君らと共に戦場へ立つことで、我々は異人への在り方を見直すべきではないか――そう考えるようになった」
「だが、私一人の力では王国を変えることはできん」
「諸君ら異人の働きこそが、王国の価値観を変える力となるのだ」
ロビンは強く言い切った。
その声には、老将らしい重みがあった。
「つまり、この戦は――諸君ら異人自身の未来を懸けた戦いでもある」
「そのことを胸に刻み、戦場へ赴いてほしい」
ロビンはそこで言葉を止める。
そして、鋭く右手を振り上げた。
「――出陣せよ!!」
号令と同時に、十万の軍勢が一斉に動き出した。
無数の足音と鎧の音が重なり合い、大地を震わせる。
その音はまるで、新たな時代の始まりを告げる地鳴りのようだった。




