第60話 王家団欒
将軍カールの屋敷は、司令塔が置かれている貴族区の中心に建てられている。
第一王子であり、王国軍総司令官でもある彼にふさわしい豪華絢爛な屋敷だ。
磨き上げられた大理石の床。
高い天井。
壁には金の装飾が施され、食堂には巨大なシャンデリアが吊るされている。
だが、その主であるカール自身は、この屋敷をあまり気に入ってはいなかった。
どちらかといえば、もっと質素で狭い場所のほうが落ち着く。
しかし、立場上そういうわけにもいかない。
そして今日招かれている客人二人も、実は似たような考えを持っていた。
二人は常日頃から、王家はもう少し倹約したほうがいいのではと思っている。
だが、王家の生まれである以上、ある程度の格式は必要なのだと割り切っていた。
銀髪銀眼のメイドたちが、豪勢な料理を次々と食堂へ運び込んでいく。
焼き立ての肉料理の香ばしい匂い。
湯気を立てるスープ。
色鮮やかな野菜料理に、王都でも高価なワイン。
複数人のメイドが静かに出入りし、長い食卓へ料理を並べていく。
ある程度料理を運び終えると、カールは軽く手を振った。
「もういい。下がってくれ」
その命令に従い、メイドたちは一礼して部屋を退室していく。
彼女たちを退室させた理由は単純だった。
三人だけで、腹を割って話したかったからだ。
普段のような、貴族たちに囲まれた重苦しい食事会ではない。
立場という仮面を外した、家族としての団欒。
この場にいるのは、カール、ロビン、ジョセフの三人だけだった。
二人は、カールが絶対的な信頼を置いている数少ない家族である。
乾杯のあと、三人はワイングラスを持ち上げた。
そして次の瞬間。
三人そろって、ワインを一気に飲み干す。
本来であれば、かなり行儀の悪い飲み方だ。
ワインとは本来、香りや味わいをゆっくり楽しむ酒である。
だが、この場でそんなことを気にする者はいない。
特にジョセフなど、普段から飲み方をまったく気にしていなかった。
「ぷはぁっ!」
三人が同時に息を吐き、思わず笑みをこぼす。
それは貴族たちの前では決して見せない、人間臭い笑顔だった。
「ロビンおじさん、おつかれさま。一週間の訓練は特に問題なく終わったようですね」
カールが肩の力を抜いた口調で言う。
普段、人前では絶対に見せない砕けた態度だった。
親族相手だからこそ見せられる素顔である。
「ああ。問題といえば、長槍隊の異人が少し騒ぎを起こしたらしいが……取り立てて騒ぐほどではなかったようだ」
ロビンはそう言いながら、自分でワインを注ぐ。
そしてまた迷いなく飲み干した。
「ロビンにぃよ。ペースが速いなぁ。年なんだから無理するなって」
ジョセフが豪快に笑いながらからかう。
ロビンも鼻で笑った。
「お前も似たような年だろう」
「ガッハッハ!」
食堂に大きな笑い声が響く。
普段は貴族たちに囲まれて生きるカールにとって、この時間は何よりも心が休まった。
「問題と言えば、まだあの愚弟は女狐のご機嫌取りをしているのか?」
ロビンが呆れたように言う。
愚弟とは現国王のことだ。
そして女狐とは王妃マスカレを指している。
「わしはあの女は好かん。なぜジョナサンにぃはあの女を嫁にしたのだ? あんな得体の知れん辺境貴族の娘ではなく、もっと良い女がいただろうにな」
ジョナサンとは、現国王が即位する前の名前である。
王となってから周囲は誰もその名で呼ばなくなった。
だが、兄弟である二人だけは昔と変わらず呼び続けている。
王になろうと、かけがえのない兄弟であることに変わりはないからだ。
カールがわずかに眉をひそめる。
別に、国王を名前で呼んだことを気にしたわけではない。
ただ、カールにとっては誰が正室であれ受け入れ難い。
だが、そんな空気も長くは続かない。
すぐに三人は次の料理へ手を伸ばし、また笑いながら食事を再開した。
「キラーは、やはり出てくると思うか?」
ロビンが少し真面目な声で尋ねる。
「ええ、ロビンおじさん。必ず出てくるでしょう」
カールは即答した。
「ですが、こちらにはアレックスたちがいます。彼らなら必ず、キラーとフォックスを食い止めてくれるでしょう」
「今回の遠征じゃ、三人とも連れていくんだろ? ロビンにぃ」
ジョセフの問いに、ロビンの食事の手が止まる。
一瞬だけ考える素振りを見せたあと、ロビンは短く答えた。
「連れていくしかないだろう。あの三人でなければ対処できん」
「だけど温存はしとけよ? あいつらは替えがきかねぇんだからな」
ジョセフがいつものように豪快に笑って、肉にかぶりついた。
ロビンもつられて笑い、カールも思わず吹き出した。
三人の笑い声が食堂に広がる。
今日くらいは王家という立場を忘れ、一人の人間として過ごしたい。
カールは、そんな穏やかな時間を静かに噛み締めていた。




