第6話 異人棟
部屋のドアを開けると、ひんやりとした空気とともに、まっすぐ伸びる廊下が目の前に現れた。
廊下は部屋と同じくすべて木造で、使い込まれた床板がギシと音を立てて軋んだ。
どこか懐かしく、司は中学の旧校舎を思い出していた。
人が五人並んで歩いても余裕がありそうな広さの廊下には、
司たちと同じ茶色い布製の服を着た男たちが、同じ方向へ黙々と歩いている。
足音だけが規則正しく響き、誰も口を開こうとしなかった。
その光景に、司が一歩を踏み出せずにいると、
タカギが自然に肩へ手を回し、
「行こうぜ」
と軽く声をかけてくれた。
その一言に胸が少しあたたかくなり、
司は小さく頷くと、ノームとタカギと並んで、人の列へと足を踏み出した。
一度階段を降り、外に出ると、思わず息をのんだ。
秋晴れみたいな、すっと抜ける青空。
空気もひんやりしていて、胸の奥まで洗われるようだった。
どこまでも続く青い空に、遠くにはうっすらと山脈が見える。
あまりの美しさに、司がぼんやり立ち止まっていると、
「ほら、止まってると後ろに迷惑だろ」
タカギが肩を軽く押して促した。
「あっ、ごめんなさい」
司は慌てて頭を下げ、列に合わせて歩き出す。
周りを見れば、異人たちに混じって看守と異人兵が数人、無言で歩いていた。
足元は舗装なんてされていなくて、土の道だ。
しかも少し湿っていて、部屋を出るときにもらった革靴が、ぎゅっと地面をつかみきれない。
うっかりしたら――滑りそう。
「司、気を付けろよ。滑りや――」
タカギが言いかけた、その瞬間。
ずるっ。
見事にタカギが転けた。
「いい歳して、自分が滑ってどうする」
ノームが呆れた声で言う。
周りの異人たちが、ジロジロ見ながら通り過ぎていく。
タカギは土を払って、ゆっくり立ち上がると、
「気を付けろよ、司。痛いし、恥ずかしいぞ」
……と言いながら、なぜか胸を張った。
まるで「わざと転けましたけど?」と言いたげな顔で。
ノームは首を左右に振り、情けないものを見る目をしたが、
司はつい楽しくなってしまって、
「うん、気を付けるよ」
と笑顔で答えた。
少し歩くと、さっき司たちが出てきた建物にそっくりな木造の建物が見えてきた。
その建物の出入り口からも、異人たちがぞろぞろと外へ出てきて、
そのまま司たちと同じ方向へ流れ込んでいく。
司は歩きながら、周りをちらりと見渡した。
気になって仕方なくなり、司は声を落としてノームに聞いた。
「あの、ノーム……さん。周りにある、ああいう似た建物って、何なんですか?」
「ん? ああ、あれは異人棟だ」
ノームは前を見たまま、落ち着いた声で答えた。
「我々異人が寝泊まりする場所だな」
「全部で十棟ある。そこでだいたい百人くらいが生活している」
ノームは軽く顎で周囲を示す。
「食堂を中心にして、丸く囲むように建てられているんだ」
(なるほど。だからみんな同じ方向へ歩いているのか)
司はノームの説明に納得した。
だが、ふと不安がよぎる。
(部屋の中では外の会話は禁止って言ってたよね……? 今しゃべって大丈夫なのかな……)
そう考えた、その瞬間。
「大丈夫だ。多少の雑談は黙認されている」
ノームがさらっと言った。
「え……」
司は思わず目を丸くする。
(なんで分かったの?)
するとノームが、口の端だけ上げて、
「エスパーだからな」
意地悪そうに言った。
「なんだよそれ。気に入ってんのか?」
タカギが横から笑い混じりに突っ込むと、
「まあな」
ノームは、ちょっと嬉しそうに返事した。
司は念のため、周りにいる看守や異人兵を横目で見てみた。
鋭い目つきでこちらを見ているが、注意してくる様子はない。
「……さすがに、大声で騒ぐと怒られるがな」
ノームがぼそりと付け足す。
(ノームは本当にエスパーなのかもしれない)
司はそう思って、すぐに首を振った。
(いやいや、そんなバカな)
しばらく歩くと、前方に屋根がキラキラ光る建物が見えてきた。
太陽の光を反射していて、周りの木造の建物の中でもそこだけ目立っている。
「あれが、食堂だ」
ノームが指をさして教えてくれた。
さらに近づくと、キラキラしていた理由が分かった。
屋根がガラスでできているのだ。
空をそのまま閉じ込めたみたいに、明るく光って見える。
食堂は円柱みたいな形で、上はドーム型。
屋根以外は全部木造で、少し黒っぽくくすんでいた。
入口は一つしかないらしく、そこだけ少し渋滞していた。
列の前には、黒い服の看守が三人。
その横に、緑色の服の異人兵が三人。
列の先頭の異人たちが彼らに何かを話していた。
司たちも列に並んだが、思ったより進みは早く、次々と中へ入っていく。
数分で看守の前まで来ると、ノームが短く言った。
「76組だ」
看守の一人は、手元の木製のバインダーみたいな板に何かを書き込み、
小さく頷いただけで、すぐ後ろの組へ視線を移した。
(え?あれだけでいいの?……)
司が内心あっけに取られていると、
「司、行くぞ」
ノームが小さく言って、そのまま入口へ歩き出した。
他の組も同じように番号を伝えるだけで通っていく。
司も慌てて、ノームとタカギの背中を追った。




