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水野司の世界の声  作者: すずはるな
水野司と世界の声
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第55話 訓練五日目 弓隊合同訓練

 訓練五日目。


 本日から後列長槍隊のさらに後方に弓隊が配備されての共同訓練である。

 前から前列大盾隊、前列長槍隊、後列長槍隊、後列大盾隊。

 そして最後尾に弓隊だ。


 昨日の件もあり、253番街は前列長槍隊から後列長槍隊へ下げられている。

 そのため、今日は前に出て突撃することはない。


 76組も朝から参加し、昨日の挽回を目指して訓練に集中していた。


 午前は昨日とは違い、前列長槍隊が大盾の左右や上から槍を滑り込ませるようにして突き出す訓練をしていた。

 盾の縁すれすれを槍先がかすめるたび、空気を裂く鋭い音が響く。


 司たち後列は、槍衾の形を崩さないように並びを整えながら、突く動作を繰り返す。

 もし前列が破られたとき、最後に敵を止めるのは自分たちだ。

 そんな説明を、看守長キムから朝のうちに何度も聞かされていた。


 後方では弓隊が、矢をつがえず弓を引く訓練をしている。

 弦が張りつめる音が、一定のリズムで繰り返されていた。


 午後からは、実際に矢を飛ばすらしい。


 その話を聞いたときから、司の胸は落ち着かなかった。

 頭の上を矢が飛ぶ――そう想像するだけで、思わず肩に力が入る。


(本当に……当たらないよね……?)


 内心びくびくしながらも、顔には出さないように必死でこらえる。


 昼食はおにぎりだ。


 塩と魚の切り身を包んだ、シンプルな味付けだ。

 手に取ると、ほんのり温かく、指先に米のやわらかさが伝わってくる。


 一口かじると、塩気と魚の旨みがじんわり広がった。

 噛むほどに味が出て、疲れた体にすっと染み込んでいく気がする。

 

 午後からも司たちは槍衾を維持しながら長槍を突く訓練を続けていた。

 日差しは少し傾いていたが、地面からの熱はまだ残っている。

 槍を握る手のひらには汗がにじみ、柄が少し滑りやすくなっていた。


 後列長槍隊の小隊長の号令に従い、司たちは一心不乱に槍を突き続けた。


「1、2、1、2、1、2」


 号令に合わせて、槍の穂先が前へ伸びる。

 引いて、また突く。


 初めの頃は、長槍の重さに体ごと引っ張られていた。

 踏ん張るだけで精一杯で、思うように動かせなかった。


 だが、今では違う。

 腕でしっかりと制御できている感覚があった。


 ノームとタカギの動きも、自然とそろう。

 それだけでなく、息も合ってきているのだろう。


 司は、そう納得していた。


 そのとき、後方から空気を裂くような音がした。


 司たちの頭上を、矢が飛び越えていく。

 思わず首をすくめそうになったが、どうにかこらえた。


 矢は前列大盾隊の前方数メートルに、次々と突き刺さっていく。

 地面に当たるたび、乾いた音が響いた。


 弓隊は司たちのように急遽徴兵された異人ではない。

 長期間兵役で訓練を積んでおり、その練度は高い。


 矢は狙いからそれることなく、まっすぐに飛んでいく。

 まるで雨のように、同じ場所へ降り注いでいた。


 司はちらりと後ろを見たくなった。


(……頼むから、こっちには来ないでくれよ)


 心の中でそう願いながら、司は必死に長槍を突き続けた。


 何事もなく五日目の訓練が終了した。


 終わりの号令がかかった瞬間、司の体から力が抜けた。


 司が食堂に入ると、懐かしい匂いに驚いた。


 湯気に混じって、だしの香りがふわりと漂ってくる。

 その匂いを嗅いだだけで、司の腹は小さく鳴った。


 もう司は、どんな食べ物が出てきても驚かなくなってきた。

 今まで、サンドイッチ、ハンバーガー、味噌カツサンド、アイスクリームと、馴染みのある食べ物がたくさんあった。


 今さら何が出てきても驚きはしない。

 そう思っていた。


 だが、まさか白米と素うどんが出てくるとは思っていなかった。


「……うどんだ」


 司は思わず小さくつぶやいた。


 白い湯気の上がる器。

 その中には、見覚えのある細長い麺が入っている。

 具材はない。

 本当に、ただの素うどんだ。


 けれど、今の司にはそれだけで十分だった。


 魚介の出汁が効いていて、とてもおいしかった。

 口に入れると、温かい汁が喉を通っていく。

 それだけで、固まっていた体が少しずつほどけていく気がした。


 相変わらず具材はないシンプルなものだ。

 しかし、連日の訓練で疲れ切った体を癒してくれる。


 白米も、いつもよりずっと甘く感じた。


 夜、部屋に戻った三人は話をする。


「明日は模擬戦だ。下手をすれば死ぬこともある。気を引き締めろ」


 ノームが真剣な目つきで話し出した。


 いつもの穏やかな声だった。

 けれど、その奥に重いものがあるのを、司にも感じ取れた。


「明日は模擬戦と言っても危険はつきものだ。模擬戦は一日実施される」


「当然、実戦では戦闘中に食事をとることが難しい。だから昼食はない」



「そしてもう一度言う。死ぬかもしれない。だから必死で訓練に励むんだ」


 真剣な顔つきのノームに、司は「うん」と答えた。


 すると、ノームはいつもの優しい顔つきに戻った。

 そして司の頭を軽くポンポンと叩く。


「大丈夫だ。俺たちがついている」


 その手の重さに、司の胸の奥が少しだけ軽くなった。

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