第49話 タカギの過去
タカギは少し黙ったあと、ぽつりと口を開いた。
「俺がいた世界は……」
低い声だった。
いつもの軽い調子とは少し違っていた。
「俺は学がないからよ。詳しくは知らないが、大昔によぉ」
タカギは額に人差し指を当て、記憶を探るように目を閉じる。
「どこぞの大国が攻めてきて、俺たちの国は植民地にされたのさ」
「小さな島に、いくつもの国があってよ」
「そこを『ダイミョウ』っていう偉いさんたちが、毎日のように国盗りして争ってたんだとよ」
司は静かに耳を傾けていた。
「だけどよ。ある日、海のはるか向こうから、見たこともねぇでっけぇ船の艦隊が来たらしい」
「そのダイミョウとかいうのも戦ったらしいが……」
タカギは鼻で笑うように言った。
「結局、そのまま植民地だ。奴隷みてぇに扱われちまった」
ノームと違い、タカギは一つ一つ思い出すように、ゆっくり順番に話してくれる。
「俺はいくつもある国の一つ、『イセ』ってところで生まれてな。つっても、親の顔は知らねぇ。物心つく前に、俺を置いてどっか行っちまった」
そこで司は小さく眉をひそめた。
イセ。
どこか聞き覚えのある響きだったからだ。
「司、どうした?」
タカギが不思議そうに聞く。
司は慌てて首を振った。
「な、なんでもないよ」
自分でも変な反応をしたと思ったのか、少し早口になってしまう。
タカギは司の様子を少し見たあと、「そうか」とだけ言って続きを話し始めた。
「それからは、似たようなガキどもが集まって、細々と暮らしてた」
「本当に食うもんがなくてな。腹が減りすぎて、枝とか草とか齧ってたんだ」
タカギは苦笑する。
「でも、そんなもんで腹が膨れるわけねぇ」
「俺は我慢できなくなって、あいつらを――」
そこまで言って、タカギがはっとしたように司を見る。
口を止めたまま、少しだけ考え込んだ。
司はきょとんとしている。
やがてタカギは頭をかきながら、言い直すように続けた。
「まあ、あれだ。食うもんがねぇから、あいつらと一緒に盗みとかしてたってことさ」
どこかごまかしたような言い方だった。
司は少し首をかしげたが、深くは聞かなかった。
ノームは何も言わず、静かにタカギの話を聞いていた。
「だがよ、俺はついていたぜ。普通なら空腹で野垂れ死んでいたはずのガキを、ある人が救ってくれたんだ」
そこからタカギは、先ほどまでとは違う顔になった。
口元には自然と笑みが浮かび、どこか誇らしげだった。
「その人は、ある極道組織の組長でな。組員は二百人もいたんだ」
「そんな人が、死にかけの俺を拾って世話してくれて、飯を食わせてくれたんだよ」
タカギは懐かしそうに目を細める。
「本当に漢の中の漢でよ。一人で敵対組織に乗り込んで壊滅させたり、支配者階級の馬鹿どもに戦いを挑んで、食いもんすら食えねぇ奴らに配ってたんだ」
「俺の命の恩人で、俺の父親だ」
先ほどまでの重たい空気とは違い、タカギは饒舌だった。
自慢話をする子供みたいに、次々と言葉が出てくる。
「俺が読み書きできないからって、文字を教えてくれてな」
「それから俺は、馬鹿なりに必死でこの人の役に立ちたいって、文字を覚えてよ」
「そして、あの人の仕事を手伝うようになったんだ」
司はそこで、ふと思い出した。
「そういえば、初めて会ったとき、タカギは子供専門の詐欺師だってノームが言ってたよね」
「よく覚えていたな、そのこと」
タカギは少し驚いたように目を見開く。
「そんなこと言ったか? 覚えていないな」
ノームが首をかしげながらぼそりと言った。
「年だから忘れたんだろ」
タカギがにやにやしながら言うと、ノームが露骨に嫌そうな顔をした。
司は思わず苦笑する。
だが、タカギは気にした様子もなく続きを話した。
「俺はガキ――いや、俺たちを支配して私腹を肥やしてる連中の子供から金品をだまし取って、それを食いもんに変えて、近所の食えねぇガキどもに配ってたんだ」
「まあ、罪のないガキ相手に詐欺してたんだから、ほめられたもんじゃねぇがな」
タカギは鼻の下を指でこすりながら、どこか得意げに笑う。
だが、その笑みは長く続かなかった。
ふっと表情が消える。
「だけど、そんな生活は長くは続かなかった」
部屋の空気が少し重くなる。
「俺が十六の時、組長からある命令を受けた」
「それは、ある人間を殺してこいってな」
司は思わず息をのんだ。
だが、タカギは何事もなかったように続ける。
「そいつは敵対組織のボスで、捕まえたガキを売りさばいていたんだ」
「そいつは売ったガキの金で武器を買って、力を蓄えて、俺たちを潰すつもりだったらしい」
タカギは拳を軽く握った。
「俺はうれしかったぜ。俺を救ってくれた命の恩人のために、命を使えることがな」
満足そうに頷いた。
「もちろん、一人じゃない。組総出でカチコミに行ったさ」
そこまでは、どこか誇らしげだった。
だが――。
「だけど、俺たちは負けた。組長は俺をかばって撃たれちまった」
タカギの声が少し震える。
「本当にマヌケだった」
「組長の止める言葉も聞かずによ。罠があるとも知らねぇで、一人で突っ込んで……」
タカギはうつむいた。
「組長は……あの人は、俺の前に飛び出して、たくさんの銃弾に撃たれて――」
ぽたり、と床に涙が落ちる。
タカギは顔を歪めながら、唇を震わせていた。
司は何も言えなかった。
ノームも静かに黙っている。
しばらくして、タカギは一度深く息を吐いた。
かすれた声で続きを話す。
「あの人はよ……俺に、なんの恨み言も言わなかった」
「それどころか、俺の体の心配してさ」
タカギはズボンを両手で強く握りしめる。
「俺が馬鹿なばっかりに、あの人を死なせて……俺は、なにやってるんだ」
司はそっとタカギの肩に手を置いた。
「ごめん、タカギ。もういいよ」
するとタカギは、涙をぬぐいながら少し笑った。
「ありがとうな。だけど大丈夫だ。もう少しだけ聞いてくれるか?」
司は静かに頷く。
ノームも腕を組んだまま、力強く頷いた。
「……すまねぇ」
タカギは鼻をすすり、二人の顔を見てから続ける。
「それから俺は、我を忘れて敵を倒し続けた」
「でも、額を撃たれてよ。俺はその場で倒れて、激痛の中、このまま死ぬんだと思った」
タカギは自分の額を軽く指で叩いた。
「だけど、組長の最後の言葉――『生きろ』ってのを思い出してな」
「目を開けたら、そこは農業地帯だった」
「撃たれた怪我もなくてよ。俺はここが天国なのかと思ったが……まあ、あとは二人とも知ってる展開だ」
話し終えたタカギは、自分の服の裾を引っ張り上げ、そのまま鼻をかんだ。
それを見た司とノームが怪訝そうな顔をする。
「……汚くない?」
司が思わず言う。
「仕方ねぇだろ、布がねぇんだから」
タカギは悪びれもせず鼻をすすった。
ノームは呆れたようにため息をつく。
「まあ、俺はここに来てからいろいろ問題起こして、組を転々としてな」
「そして十年前にノームと出会った」
そう言う頃には、タカギはいつものにやにやした顔に戻っていた。
「そうか。もう十年も前か」
ノームが懐かしそうに目を細める。
「なつかしいな」
タカギが楽しそうに答えた。
ノームとタカギの人生の重さに、司は何も言えなかった。
二人とも、自分とはまるで違う人生を生きてきたのだと改めて思う。
自分は十五年間、ただなんとなく生きてきただけだった。
学校に行って、家に帰って、だらだらゲームをしていた。
そんなふうに時間を――寿命を消費していただけだ。
もちろん、それが悪いことだとは思っていない。
けれど、二人の話を聞いたあとだと、自分の人生が妙に軽く感じてしまった。
そんなことをぼんやり考えていると、また疑問が浮かんでくる。
タカギのいた世界は、司の世界になんとなく似ていた。
『ダイミョウ』という言葉。
植民地という歴史。
まるで、司の知っている世界とどこかつながっているみたいだった。
だが、決定的に違う。
以前、司はタカギに「『タカギ』って苗字じゃないの?」と聞いたことがある。
しかしタカギは、不思議そうな顔で、
「タカギ以外の名前なんかねぇぞ」
とはっきり答えていた。
似ているのに違う。
同じようで、どこかズレている。
そんな無数の世界から、なぜ異人がこの世界へやって来るのか。
来る年齢も、場所も、きっかけもバラバラだ。
だが、三人に共通していたことが一つだけある。
――気が付いたら、この世界にいたこと。
司は布団の上でぼんやり天井を見つめた。
本当に不思議だな、と思った。
だが、昼間の訓練の疲れが一気に押し寄せてきた。
まぶたが重い。
隣を見ると、ノームもタカギもすっかり疲れた顔をしていた。
そのまま話は自然と終わり、三人は静かに眠りについた。




