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水野司の世界の声  作者: すずはるな
水野司と世界の声
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第43話 長槍

 看守長キムの指示に従い、指定された場所へ向かった。

 足元の土は踏み固められていて、やけに静かだった。


 司たちの前には長槍が一本置かれている。


 いや、槍とは到底言えない代物だ。

 それはまるで丸太のようだと司は思った。


 乾いた木の匂いと、鉄の鈍い匂いが鼻をつく。


 その長槍は三人がかりで、ようやく構えられる。

 視界に収まりきらないほど長く、全長六メートルにも及ぶ巨大な長槍だった。


 少し持ち上げただけで、先端がずしんと遅れてくるような感触が伝わってきた。

 重さが腕に食い込み、思わず顔をしかめる。


 長すぎて、どこを持てばいいのかさえ、見当がつかない。


 太さは五センチもある。

 まるで木柱のようなその柄の先には、四十五センチに及ぶ鋭利な穂先が据えられている。


 穂先は鉄の光を鈍く返し、刃の縁がきらっとした。

 光が一瞬だけ反射して、目に刺さる。


 穂先の付け根には金具がいくつも巻かれていて、簡単には折れないように補強されている。


 腕に食い込む重さに、息が詰まりそうになる。

 総重量は三十五キロある。


 本来は陣地防衛や騎兵迎撃のために作られた対集団戦用の兵器だ。

 持ち運びすら困難なその長槍は、三人の連携がなければ真っ直ぐ構えることさえできない。


 一人が頑張っても意味がない。

 三人の息が合わないと、長槍を持ち上げることはできない。


 逆に言えば――三人をバラバラに動けなくするには、これほど都合のいい武器もない。


 それぞれの持ち手間隔は約二メートルずつある。

 握りやすい箇所には縄のグリップが取り付けられている。

 手に食い込むように固定される。

 滑り止めとして機能する。


 周りには同じ長槍がずらっと並んでいる。


 見渡す限り、長槍が並んでいる。

 数が多すぎて、現実感がない。

 総数は七千本。


 つまり、二万一千人分用意されている。


 地面に横たわる長槍の列は、まるで木の柵が何千本も倒れているみたいで、見ているだけで気が遠くなる。

 圧迫感に、胸が少しだけ苦しくなる。


(どうやって使うんだ? どこを持つんだ? というか、これ、持ち上がるの?)


 司は思わず、自分の細い腕を見た。

 服越しでも分かるくらい頼りない。


(……無理じゃない? いや、無理だよね?)


 ノームとタカギは経験があるらしい。


「久しぶりだな。これ、持った瞬間に腰にくるんだよ」


 タカギが腰をさすりながら言った。

 軽く笑っているが、どこか本気だ。


「下手に力入れると肩にくるぞ。司、気をつけろよ」


 ノームが司に持ち方や使い方の説明を始める。

 声は落ち着いていて、安心する。


 一番身長が高いノームが長槍の先端を、タカギは中央付近を、司は長槍の後方を持つ。


 ノームは長槍の先端近くを持ち、矛先の方向をコントロールする。


 タカギは長槍の中央部をしっかり握り、敵に突き刺す。


 司は長槍の後端を支え、全体のバランスと重量を受け止める。

 突きの際の振動・揺れを抑えるのが役割である。

 地味だが、一番きつそうに思えた。


 どうして王国は、ここまで三人組という形にこだわるのか。


 異人たちは長いあいだ三人一組で生活させられてきた。

 寝るのも、食べるのも、働くのも常に一緒だ。


 今さら別の組み合わせに変えれば、無用な混乱や不満が生まれる。

 それよりも、すでに気心の知れた三人組のまま使ったほうが、命令も通りやすく、動きも揃えやすい。


 それに一人で戦場に立つより、三人で並んだほうが恐怖や不安は薄れる。

 互いの存在が、無意識のうちに心の支えになる。


 だが同時に、この編成は反乱防止としても都合がよかった。


 三人がかりで扱う巨大な長槍は、機動力も持続力も低い。

 隊列を組んで正面からぶつかることしかできず、奇襲や逃走にはまったく向かない。


 もし反乱を起こそうとしても、統率を失えば即座に崩れ、看守や騎士によって簡単に鎮圧される。


 仮に、剣や個人用の槍を与え、武術の才能が開花すればどうなるか。

 それは王国にとって、危険そのものだ。


 完全に服従していれば戦力の増強になる。

 しかし、そんな都合のいい人間が、果たしてどれほどいる?


 奴隷として扱われ、毎日重労働を強いられる。

 恨みを抱かないほうが、むしろ不自然だ。


 もし、その中に才能ある者が現れ、地位や報酬を与えたとしたら。

 他の異人たちも『努力すれば報われる』と希望を抱くかもしれない。


 だが、その希望はやがて野心に変わる。

 王国にとって、それは制御できない火種だ。


 だからこそ、一部の例外を除き、異人の才能は芽吹く前に潰す。

 使い捨てられる程度に働かせ、使えなくなれば切り捨てる。


 王国が最も望んでいるのは、

 異人が最後まで『消耗品』であり続けることなのだから。


 ――そして、

 訓練は始まった。

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