表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水野司の世界の声  作者: すずはるな
水野司と世界の声
PR
4/71

第4話 初めての朝

 父親が帰宅して、司は家族三人で夕食を楽しんだ。


 湯気の立つ味噌汁の匂い、茶碗に当たる 

 箸の音、テレビから流れる賑やかな声。


 どれもが、司にとって当たり前で、安心できる時間だった。


 中学三年間の思い出、進学先で何をするのか。

 そんな他愛のない話をしていると、どこからか低く落ち着いた男の声が聞こえてきた。


「おい、そろそろ起きるんだ」


(誰の声だろう?)


 そんなことを思いながら司は家族団欒の邪魔をしないでくれと、心の中で強く願った。


 その直後――

 左頬に、鋭い痛みが走った。


「あいたっ」


 思わず声が漏れ、司は勢いよく上体を起こした。


 そこは見知らぬ部屋であった。


「ずいぶん寝ていたな。起こすのに一苦労したぞ」


 ノームが疲れきった顔で言った。


「本当、お前は寝起きが悪いな」


 タカギが右手を痛そうに振っていた。


 左頬が痛い。


 司は左頬を擦りながら少しずつ昨日のことを思い出してきた。


 中学最後の下校中に見知らぬ田園に迷い込み、

男たちに拐われて、裸にされ、この部屋にほうり込まれたのだ。


 いつの間に寝てしまったのか、司は布団に寝かされていた。


 部屋中に、甲高いアラーム音らしきものが鳴り響いていた。


 頭の奥に響くその音に、司は眉をひそめる。


 司がぼーっとして考えていると、


「大丈夫か?」


 ノームが心配そうに顔を覗いてきた。


「大丈夫です」


 司は返事をした。


 自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。


「しかし、寝起きが悪いな?いつもこうなのか?」


 タカギは少し怪訝そうな顔つきで質問してきた。


「はい、いつもおかあ…あ、母が叩き起こしてくれます」


 司は少し照れくさそうに答えた。


「その叩き起こすってえのは、まじで叩いて起こすのか?」


 タカギが冗談めかした口調で話すと、


「はい、毎日叩かれて起こされます」


司は正直に答えた。


「まじかよ。道理で揺すっても起きないわけだぜ。かあちゃんも大変だな」


 タカギは大げさに肩をすくめ、ノームと顔を見合わせていた。


 司は二人のやり取りを見て、

この場に似つかわしくないとわかっていながら、少しだけ、居心地の悪い恥ずかしさを覚えた。


「これから、毎朝大変になるなタカギ。それから、看守に起床報告をしてくれ」


 ノームは呆れたような顔をしていたが、口調は楽しげであった。


「全くだぜ。仕事の前にいい運動になるな」

 

 タカギはカッカッカと笑いながら、昨晩と同じように部屋の壁側に置かれた三段の箪笥に近づいた。


 箪笥の上に置かれた水晶玉に向かって少し大きめに話しかけた。


「76組、全員起床」


 すると、すぐに水晶玉は黄色く光りだし、


「了解」


 すぐに男の声で返事した後に、鳴り続けていた甲高いアラーム音が止み、水晶玉の光が消えた。


 司が不思議そうに水晶玉を見ていると、


「布団を畳んであそこに運んでくれないか」


 ノームが指差しながら司に優しく話しかけた。


「はい、ごめんなさい」


 司は言われた通りに布団を畳もうとしたが、今までベッドで寝ていたので畳み方がわからなかった。


 とりあえず半分に折ってみるが、厚みが変になってぐしゃっと崩れる。


 もう一回やり直そうとして、また変な形になる。


 どうしようかと呆然としていると、

タカギが近づいてきて話しかけてきた。


「なんだ?畳み方がわからないのか?貸してみな。こうやるんだよ」


 タカギは司の布団を馴れた手付きであっという間に畳んでいき、指定の場所まで運んでくれた。


 そこにはすでに二人分の布団が、畳んで置かれていた。


 きっちり揃った二つの塊を見て、司はますます自分の不器用さが恥ずかしくなる。


 タカギはその上に布団をトンと置くと、


「な?簡単だろ」


 両手をパンパンと軽く叩いて笑顔で手本をみせてくれた。


「あ、ありがとうございます」


 司は申し訳なくなり少し消えそうな声で感謝を告げた。


 司は改めて部屋を眺めてみた。


 簡素な作りだった。


 部屋は、天井も壁も床も、すべて木製の板でできていた。


 あまり広くなく、布団を三枚川の字に並べると少し隙間が開くぐらいであった。


 正面には大きなスライド式の窓があり、そこから太陽の日差しが入ってくる。


 しかし、窓の向こう側には鉄格子がはめてあった。


 窓には脚を畳まれたちゃぶ台が一つたてかけられている。


 司は振り返ってみると金属製の扉があり、昨日はそこからこの部屋に放り込まれたのであろうと推測した。


 その右側の壁には箪笥が置かれており、対面の壁には先ほど畳んだ布団が敷かれている。


 今度はノーム、タカギを観察してみた。


 ノームは身長二メートルほどあり、茶色の布製の長袖越しでも分かるほどの筋肉の塊だった。


 その体格は威圧感こそあるものの、動きは落ち着いており、年季の入った職人のような余裕を漂わせている。


 白髪混じりの黒髪を後ろで紐にまとめ、小さなポニーテールが揺れている。


 肌は健康的に焼けており、長年の屋外作業と労働の積み重ねを感じさせた。


 整えられた髭は顎下からもみあげまで繋がっていて、

司は歴史の授業で習ったリンカン大統領を思い出した。


 眉間には皺があるが、表情は穏やかで、微笑むたびに相手の緊張を和らげる不思議な安心感があった。


 首には、わずかに余裕のある赤い革製の首輪が巻かれ、そこには黒い字で『76』と記されていた。


 タカギは身長百七十センチほどで、鳥の巣のようなぼさぼさ頭をしている。


 髭も適当に剃ったのか整っておらず、どこかだらしない印象を受ける。


 ノームには劣るものの、全身はよく鍛えられており、動きに無駄がない。


 長袖を腕まくりし、あらわになった腕には無数の傷跡が見えた。


 ノームが司に顔を向けると微笑みながら優しく話しかけてくれた。


「さて、あらためて自己紹介をしようか。私の名前はノームだ。齢は五十一だ」


「俺はタカギ、三十一だ。よろしくな」


 タカギはブイサインをしながら満面の笑みで自己紹介をした。


「あ、ぼくは……司です。 水野、司 十五歳です」


 司は恥ずかし気に答えた。


 ノームとタカギは意外そうな顔をして、


「なに? 十五歳だって? それにしては随分幼く見えるな。」


「まったくだぜ。おい、もっと食えよ? 歳の割にはガリガリだぜ」


 二人は心配そうに司の全身を眺めていた。


「それにしても二つ名か。珍しいな」


 ノームが考えるように顎の下に手を当てていた。


「あの? 二つ名ってなんですか?」


 司は気になって聞いてみた。


 ノームが答えた。


「ああ、『二つ名』というのは君のように名前以外にもう一つ名前があるものだ。基本、みんな名前は一つだけしかない」


「『みょうじ』って言うんだろ? 確かに珍しいな。稀にいるがよ」


 タカギが言った。


「タカギ、なんだその『みょうじ』というのは? 初めて聞いたぞ」


 ノームがタカギに聞いてみると、


「ああ、昔、俺がいた世界では偉い奴だけ『みょうじ』とかいう家族の名前があってよ。それでどこのだれかわかるらしい」


 タカギは自分の知識を自慢するような態度を取っていた。


(へえ……)


 司は心の中で小さく相づちを打つ。


 たしかに、苗字を言えば家族が分かる。


 でも、それが『偉い奴だけ』と言われると、急に変な感じがした。


「ほう、属している組織がわかるようになっているのか? しかし、それは縛られているみたいで、息苦しいな」


 ノームは自分の首輪を触りながら答えた。


「ちげえねえ。だが、便利らしいぜ?」


「便利か知らないが、まるで個人を否定されている気がするな。家の名を名乗ることで何か問題でも起きそうだ」


「ノーム、考えすぎだろ。そこまでじゃねえさ。なあ坊主」


 タカギが唖然としている司に投げかけた。


「あ、はい。そんな風には考えたことはなかったです」


 急に話を振られて、司はびくっとする。


 ノームが不思議そうな顔をして司に話しかけた。


「そういうものか? ならいいが、ところで君の名前は司でよかったのかな?」


ノームが司の方に振り向いて質問した。


「これからは司と呼んでもかまわないかい?」


「はい、大丈夫です」


 ノームの問いかけに司は短く答えた。


 その言葉にノームは嬉しそうに頷いた。


「ところでよ。敬語なんていらないぜ? これから俺たちはずっと一緒なんだ。なあノーム」


「ああ、タカギの言うとおりだ。ため口でいいさ」


 司は小さく頷いたが、頭の中はすぐには追いつかなかった。


 いきなり年上の二人にため口――と言われても、染みついた癖はそう簡単には抜けない。


 それに、言葉づかいよりもっと大事なことが、胸の奥でずっと引っかかっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ