第38話 閉ざされた空の街
司たちがバルトラインの正門を抜けると、そこは大都会であった。
門の内側は、空気の温度すら違う気がした。
司は思わず、首をすくめる。
正門を抜けた先には石畳で舗装された大通りが見える。
三、四十人が並んで歩けるほどだ。
石畳は一枚一枚が大きい。
足を踏み出すたび、音が通りに反響してやけに目立つ気がした。
大通りの両端には、城壁と同じ大きさの巨大な木造建物が建ち並んでいる。
その窓には鉄格子がはめられている。
まるで『異人棟』を無理やり引き伸ばして巨大化させたかのようだと、司は感じた。
建物の影が道に長く落ち、日が差し込む場所は少ない。
周囲を囲む城壁のせいか、木造建築のせいか――あるいはその両方か。
見上げた空は、ひどく遠く、狭く感じられた。
司は息苦しさを覚えた。
空は確かに青いのに、四角く切り取られているみたいだった。
高い壁に囲まれて、風の抜け道も少ない。
司たちは、正門を抜けた先にいた案内人に従い、大通りを通り抜ける。
本来なら整列して進むべきなのだろう。
しかし、彼らは奴隷であり、寄せ集めの兵でもある。
看守を先頭にぞろぞろと前に続いて歩くだけだ。
列はまっすぐとは言いがたい。
ところどころで間隔が詰まり、あるいは開いていた。
肩がぶつかり、小さく舌打ちする者もいる。
後ろから押されて、つい一歩前に出てしまう者もいた。
中には初めて見る高層建築に目を白黒させて、感嘆の声を上げる者もいる。
「うわ……」
司が声を漏らした。
高層建築なんて、テレビでしか見たことがない。
(……想像してたより、大きい)
そんな感想が、思わず浮かんでしまう。
先ほどの息苦しさなどつい忘れて、司は目を輝かせていた。
「いつ見てもここはすごいな。なあ、ノーム」
司の隣を歩いていたタカギがノームに小声で話しかけた。
「ああ、そうだな。だが窮屈でかなわない。ここは何もかもが密集しすぎている」
ノームはまるで肩が凝ったように腕を回しながら答えた。
「そうか、二人はここに何度か来ているんだよね」
司が二人に顔を向けながら話した。
「ああ、そうだ。二度と来たくなかったがな。ここで生活するなら異人街で働いていたほうがまだましだ」
ノームが嫌味たっぷりに言った。
すると、周りを歩いていた他の組の異人たちが同意見だと頷いているのに、司は気がついた。
誰もがこの場所を歓迎していないのは、はっきりと伝わってきた。
「気をつけろよ司。ここは野性の鳥が結構住んでるからよ」
タカギがいつものように意地悪そうな声で言葉を続けた。
「ボケーっと口を開けていると、口の中に糞を落とされるぞ」
タカギがそう言ったので司は、無意識に口を開けていたことに気づき、慌てて口を閉じた。
「やめてよタカギ。想像したら気持ち悪くなった」
司が体を少し震わせて言った。
タカギは、カッカッカッカッと笑いながら先を歩いていく。
しばらく歩くと、目的の建物に近づいたのか行列が止まった。
司たちは足を止めたまま、その場でじっと待たされることになった。
どうやら先頭を歩いていたキムが、案内人に感謝を告げるために止まったらしい。
案内人はキムを無視するようにその場を後にした。
キムの号令で全員が建物の中に入っていく。
中はひんやりしていて、木の匂いが濃かった。
司は肩をすぼめ、前の背中を見失わないように、流れに押されるまま足を動かす。
木造建築の内装は昨日までいた異人棟と同じ作りであった。
見慣れた廊下、同じような柱、同じような壁。
違うといえば、今までは百人でひとつの異人棟で生活していたが、今回は千人全員だ。
以前と比べ、廊下は広くなったが、人がぎっしりだ。
まるで一本の長い生き物のように、ゆっくりと廊下を進んでいく。
廊下の壁には等間隔で鉄扉が並んでおり、その扉には組番号が振られていた。
何もかもが異人棟と同じであった。
76組と鉄扉に書かれている部屋に司たちは入った。
鉄扉を開けて中に入ると、室内も今までの部屋と同じ内装であった。
中央には丸いちゃぶ台が1つ置かれている。
部屋の隅に箪笥があり、その上には連絡用の水晶玉、その反対側には布団が三人分積まれていた。
いつもと変わらない、見慣れた景色だ。
けれど、外があれだけ大きかったせいか、司はこの部屋が妙に小さく感じていた。
司とタカギがいつものようにちゃぶ台を囲むように座り込むと、ノームが出かけようとしていた。
「え? ノームどこに行くの?」
司が驚いた様子で質問した。
「ああ、今から組長会議があるんだ。なに、すぐに戻る」
ノームは振り返りながら答えると、優しく微笑んで扉から出て行ってしまった。
司は胸の奥が落ち着かないまま、ちゃぶ台の方へ視線を戻した。
「ノームは忙しいんだね。少しは休めればいいのに」
司がタカギに話しかけた。
しかし、タカギはノームが出ていった扉を見つめたまま返事をしなかった。
「ねえ、タカギ!」
司は少し眉を吊り上げて、今度は大きな声で呼びかけてみた。
「あぁん!? なんだ司か……」
タカギが一瞬驚いて大きな声で司のほうを見た。
「どうかしたの?」
司が首をかしげて質問してみた。
「少し考え事をしていてな」
タカギは目を閉じて考えるような表情をした。
「今からノームたちは、これから俺たちがどんな役割なのか聞かされるはずだ」
タカギが珍しくまじめな口調で話し出した。
「役割によっては俺らはしんどい目にあうこともある。司、そこんところ覚悟しとけよ」
タカギは、司の顔をちらりと見た。
今の言葉でもしかしたら怯えるのではないかと思っていた。
しかし、司は落ち着きなく周りをキョロキョロしている。
――まるで、興奮しているみたいだ。
「なあ、司。今の聞いていたか? これからどんな目に遭うのか不安じゃないのか?」
タカギは少し苛立ちながら質問した。
すると、司は不思議そうな顔をしながら言った。
「うん、二人が一緒だからね。ここに来るまでは確かに怖かったけど。今はなぜかワクワクしてるんだ」
「ワクワクってお前……」
タカギが呆れたような声で言うと、
「ほらタカギ。笑って。『笑顔がいちばん』なんでしょ?」
そう言いながら司はにっこりと笑って見せた。
その言葉に、全身から力が抜けた気がしたタカギは、自分の考えが馬鹿らしくなったらしい。
頭を数回掻きむしってから笑顔で答えた。
「ああ、全くその通りだ。俺様としたことが忘れていたぜ」
「ダメじゃん。タカギの口癖でしょ?」
司が言った。
「だな。ああ、今日の晩飯はなんだろうな司?」
タカギがわざとらしく話題を変える。
「うーん、やっぱりカレーライスかな」
司が答えた。
「お前は本当にカレーが好きだな」
タカギが呆れたように言うと、二人は今晩の献立を予想しあった。




