第27話 組長会議
ノームが食堂に入ると、入口付近に立つ看守が、
「一から三百までの、番号の小さい順に左手前から座れ」
と、短く告げた。
ノームは軽くうなずいて返事をした。
食堂の中には、すでに多くの組長たちが集まっている。
長机の上には、番号の書かれた紙が等間隔に置かれていた。
ノームは自分の組の番号を探しながら、ゆっくりと歩く。
視線を落とし、紙の数字を一つずつ確認していく。
やがて目的の番号を見つけると、足を止め、指定された席へ向かった。
ノームが指定された席に腰を下ろすと、
周囲には顔なじみの組長たちが並んでいた。
長く組長を務めてきた貫禄ある者もいれば、
つい最近その座についたばかりの若い顔もある。
そのどれもが、今は口を閉ざし、前だけを見ている。
全員が首に赤い革製の首輪をつけており、そこには大きく黒い字で組番号が書かれている。
ノームは無意識に、首輪へ視線を落とした。
組長たちは一言も発せずに座っている。
部屋の壁沿いには、無表情の看守や異人兵がずらりと並び、
逃げ場のない圧迫感を作り出していた。
会話をしてはいけないと誰かに言われたわけではない。
ただ、この雰囲気がそうさせてくれないのだ。
誰かが口を開けば、それだけで場が崩れてしまいそうな、張りつめた空気。
椅子のきしむ音や、誰かの咳払いがやけに大きく響く。
そのわずかな気配でさえ、全員の意識を引き寄せてしまうほどに、この場は静まり返っていた。
ノームは顔を下げて考えていた。
(緊急の組長会議など、聞いたことがない。いったい、どんな無理難題を押しつけられるのだろう。――きっと、ろくな話じゃない)
考えを巡らせていると、さっきまでわずかに残っていたざわめきが、すっと消えた。
まるで合図でもあったかのように、空気が一段階静まる。
ノームが顔をあげると、一人の看守がゆっくりと前に出ていくのが見えた。
その動きに合わせるように、椅子のきしむ音さえ止む。
食堂の空気が、さらに重くなった気がした。
動き出した男の顔を見て、ノームは眉をひそめた。
頭のてっぺんまで髪が薄くなりつつある、小柄な男だ。
年齢は五十代前半。
背丈は低く、猫背で体も細い。
無理に威圧感を出そうとしているのがわかるが、正直、迫力には欠ける。
黒い布の服を着ており、黒髪に白髪が混じっている。
とくに頭頂から前髪にかけては、隠しきれない薄さが目立っていた。
無精気味の髭。
そして目の下には、くっきりとした濃い隈。
その顔は、まともに休めていないように見えた。
――疲れているのか、それとも、追い詰められているのか。
ノームは無言のまま、その男を観察した。
看守が全員の前に立ち、一度、食堂をぐるりと見渡す。
ゆっくりと流れるその視線に合わせるように、あちこちで組長たちの肩がわずかにこわばった。
視線を向けられただけで、背筋が伸びる。
そんな空気が、この場にはあった。
「私は看守長のキムというものです」
静まり返った食堂に、よく通る声が響く。
キムは「よろしく」と短く言うと、軽く頭を下げた。
「現在この国は反乱分子といざこざが絶えない。先日も前線都市に敵が少数で攻めてきた」
その言葉に、組長たちの間で小さなざわめきが起きる。
だがそれもすぐに押し殺され、残ったのは唾を飲み込む音だけだった。
ノームは思わずあご髭をなぞりながら、一言も聞き逃すまいと意識を集中させる。
「これは将軍閣下が見事撃退し、王国の圧勝で終わったのだが――多少の犠牲が王国側にも出てしまった」
キムは「圧勝」という言葉に、わずかに力を込めた。
まるでその一言で、すべてを安心させようとするかのように。
あえて明るく言い放つその口調に、ノームはわずかな違和感を覚える。
――勝利を強調して、不安を押さえ込もうとしているように見えた。
「そこでだ、我らはこの『異人街総出』で援軍に駆けつけることになった」
誰も声を出さない。
だが全員が、その意味を理解していた。
「組長の君らには、早速部屋に戻り、組員に明日の朝に移動する旨を伝えてもらいたい」
キムが必要な内容を言い終えると、軽く周囲を見回し、
「何か質問は?」
と問いかけた。
その瞬間、抑え込まれていたものが弾けたかのように、いくつもの手が上がった。
キムがそのうちの一人に指を差し、質問を促した。
「十八組の組長だ」
手を上げた男が、ゆっくりと口を開いた。
「さっきの『異人街総出』というのは……異人だけでなく、看守や異人兵も含めて、全員という意味でよろしいか?」
一度、言葉を区切る。
「今までそんなことは一度もなかった。今回は、なぜそこまでの総動員なのだ?」
静かな口調だったが、その問いにははっきりとした緊張がにじんでいた。
彼の疑問はもっともだった。
通常であれば、兵役は順番に回ってくるものだ。
それでも動員されるのは、多くて十組程度。
異人街の機能を保つため、それ以上が呼ばれることはない。
さらに言えば――
看守や異人兵は、兵役そのものを免除されている。
管理する側まで前線に出してしまえば、異人街そのものが立ち行かなくなるからだ。
――だが、今回は違う。
全員。
例外もなく、だ。
これは異常だ。
「他に、同じ質問を持つ者はいるか?」
キムの問いかけに、一瞬だけ空気が揺れる。
何人かが視線を交わしかけたが、
やがて上がっていた手はすべて下ろされた。
――聞きたいことは同じだ。
そんな無言の空気だけが残る。
「……なるほど。確かに十八組の言う通りだ」
キムは一度咳払いをし、わずかに目を伏せる。
「総出とは言ったが、一部の看守と異人兵はここに残る。それ以外は――全員だ」
ざわ、と小さなざわめきが広がる。
だがそれはすぐに押し殺され、再び重い静けさが戻った。
「これは前例がない」
そう言い切った瞬間、キムの表情に一瞬だけ迷いの影が差した。
「詳しいことは、我々も聞かされていない。だが――どうやら奪われた土地を奪還するため、増員要請が出たらしい」
言葉をつなぐように、少しだけ間が空く。
そして次の瞬間、無理やり明るさを作るように声を張り上げた。
「我々は幸運だ! このような歴史的場面に立ち会える幸運を、みんなで喜ぼうではないか!」
場に響いたその言葉は、やけに浮いていた。
誰一人として、笑う者はいない。
喜ぶどころか、顔を上げる者すらいなかった。
キムが感極まったように目頭を押さえた。




