第24話 敵
真夜中の山中を、松明を片手に一人の男性が足ばやに歩いていた。
空には雲が広がり、月明かりはほとんど届かない。
頼れる光は、手にした松明の火だけだった。
湿った土の匂いと、夜露に濡れた草木が足元でざわつくたび、心臓が嫌な音を立てて跳ねた。
踏みしめるたび、ぬかるんだ地面がぐちゃりと音を立てる。
その小さな音でさえ、やけに大きく響いて聞こえた。
松明の火は風にあおられて揺れ、オレンジ色の影が木々の間でちかちかと踊る。
そのたびに、暗闇の奥で何かが動いたような気がして、思わず視線を向けてしまう。
だがそこには、黒い木々が立っているだけだ。
額には汗がにじみ、冷たい空気に触れてすぐさまひやりとした感触を残す。
首筋を伝った汗が、背中へ流れていく。
ぞくりとした冷たさに、思わず肩が震えた。
その汗が緊張によるものなのか、ただの暑さなのか、本人にもわからない。
男の名はゼペット。
彼は今から、ことの顛末を上官に報告しに行く途中だ。
──処刑されるかもしれない。
報告の内容は、決して胸を張れるものではない。
任された軍勢を率いて出撃したが、結果は撤退だった。
その可能性が脳裏をかすめるたび、胸の奥から恐怖があふれてくる。
もし上官の機嫌が悪ければ、言い訳をする間もなく首を刎ねられるかもしれない。
ゼペットは松明を握る手に力を込め、震える指先を誤魔化すように歩みを進めた。
ここは王国から奪い取った山城である。
周囲を深い森に囲まれた、山の頂上にある小さな砦だ。
十年前まで王国の倉庫だった場所を奪い、そのまま自分たちのアジトにしているのだ。
切り倒された木々の切り株が、今でもあちこちに残っていた。
昼間でも薄暗い森の中を抜けなければたどり着けず、細い山道は人通りがない。
砦は見張り台と、土を盛り上げて固めた城壁がその周りをぐるりと囲っている。
ゼペットが砦の入り口まで近づく。
入り口には松明が取り付けられており、
左右に並ぶように、槍を持った見張りが四人立っていた。
炎の揺らぎに照らされた見張りたちの影が地面に長く伸び、
夜の闇に溶けるように揺れていた。
見張りの一人がゼペットに気づき、無言で入り口の扉を押し開けた。
ギィ、と軋む音とともに、黒い口のような隙間が広がる。
その瞬間、ゼペットの背筋がひやりと粟立った。
まるで巨大な怪物が自分を飲み込むために口を開けて待っている──そんな錯覚すら覚える。
足が小刻みに震え、歩みが半歩だけ遅れる。
「……大丈夫か?」
見張りの男が、不安げな声で小さく問いかけてくる。
ゼペットは慌てて片手を上げ、
「平気だ」
と、顔を下に向いたまま短く返す。
(平気なわけがない)
そう心の中で呟くと、震える膝を力づくで前へ押し出し、開いた入り口を通り抜けた。
背後で扉が閉まる音がしたとき、心臓がさらに跳ね上がった。
重い木の音が背中にのしかかるようで、
退路を断たれたような気がして、顔から血の気が引く感じがした。
砦の中には、この周辺で切り倒された樹木を使って作られた屋敷が三棟建っている。
大きさはそれぞれ違うが、どれも急ごしらえのような粗い作りだった。
踏みしめる地面は土がむき出しで、あちこちに靴跡と車輪の跡が入り乱れていた。
敷地内を、松明を持つ見張りが、巡回していた。
ときおり槍の先が火を反射し、それが妙に冷たく光って見えた。
ゼペットは、その様子を横目でちらりと見ただけで視線を外し、
中央の大きな屋敷へと歩き出した。
屋敷の壁には雑に削られた木の板が重ねられ、隙間からは、中の灯りがうっすら漏れていた。




