第20話 王城
城下町を進むと、さらに大きな城壁が見えてきた。
先ほどの異人区と城下町を分けていたものより一回りも二回りも高く、
まるで空を遮る壁のように立ちはだかっている。
城壁の上には一定間隔で見張り台が突き出ており、
槍を持った騎士たちが風にたなびく王家の旗の下で周囲を見回している。
旗には向かい合う『番の馬』が金糸で大きく縫い取られ、月の光を受けてきらりと光っている。
暗がりの中でもはっきりとわかるその紋章は、
この先が王の領域であることを強く主張していた。
王城へ続く関所を、馬車は速度を落とすことなく走り抜ける。
本来なら厳しい検問が行われる場所だが、
馬車の紋章を確認した門番たちはすぐに道を開けた。
厚い鉄の門はすでに大きく開かれており、その両脇にはハルバードを地面につけ、
直立不動で敬礼をする騎士たちがずらりと並んでいる。
その姿はまるで壁の延長のように整然としていて、わずかな乱れもない。
城壁を抜けた瞬間、景色はさらに一変した。
石畳は磨き上げられ、道の両脇には街路樹が等間隔に植えられている。
王城の周りには豪華な屋敷が立ち並び、
そこに住むのはこの国を支える貴族たちだ。
白や淡いクリーム色に塗られた外壁、赤や深緑の屋根瓦。
どの屋敷も同じ高さに揃えられ、まるで絵に描いたように整っている。
手入れの行き届いた庭には季節の花が咲き、
噴水からは絶えずやわらかな水音が響いていた。
塀越しに見える中庭では、メイドや執事が忙しなく動き回り、
その足元を小型犬が楽しそうに駆け回っている。
先ほどまでの雑多な城下町の喧騒とは違い、
この一帯は、音さえも抑えられているかのような静けさに包まれている。
王城の入口近く――白い石を積み上げた広い階段の手前には、
半円を描くように優雅なアーチがそびえている。
人の背丈をはるかに超えるその大きさは、
ここが王の住まう場所であることを嫌でも意識させた。
その上には、『番の馬』をあしらった王家の旗がいくつも掲げられ、
風を受けてぱたぱたと誇らしげにはためいている。
黒地に金糸の紋章は遠目にもはっきりとわかり、
訪れる者を威圧するかのようだった。
馬車が近づくにつれて、王城前に集まった人だかりが視界に広がっていく。
大勢の役人と騎士たちが、青年を迎えるために一列に並び、まるで花道をつくるように整然と立っている。
鎧は磨き上げられ、衣服には一つの乱れもない。
その場の空気はぴんと張りつめ、物音ひとつしなかった。
(相変わらず、仰々しい出迎えだな。出迎えは必要ないと何度言えばわかるのか)
青年は、大慌てで整列している貴族たちの様子を想像し、わずかに口元をゆるめた。
その表情を見て、前に座る二人の騎士も口元を緩めた。
だが青年は気づかないふりをして、すぐに顔を引き締めた。
馬車が止まると、待ち構えていた一人の役人が小走りに近づき、恭しく扉を開けた。
年の頃は四十を過ぎたあたりだろうか。
丸々とした体つきで、額にはうっすらと汗がにじんでいる。
走るたびに大きなお腹が上下に揺れ、息もわずかに荒い。
それでも背筋だけはぴんと伸ばし、胸を張ったまま青年を迎えた。
緊張と興奮で少し上ずった甲高い声が、やけに城前の静けさに響く。
「お帰りをお待ちしておりました、将軍。長きにわたり王国をお守りくださり、誠に感謝いたします。」
決まり文句の挨拶。
だが声には力が入りすぎている。
相当、緊張しているのだろう。
馬車から降りながら、青年は表情ひとつ変えずに口を開いた。
「出迎え、ご苦労。……陛下は、変わりなく御健勝か?」
青年は王城を見上げたまま問いかける。
視線は石造りの外壁に向けられ、役人のほうは見ない。
「はい、陛下は本日もお健やかに。御体もお心も、何ひとつ案ずるところはございません」
役人は間を置かずに即答した。
これは、いつもの流れだ。
青年が帰還するたびに交わされる、同じ問いと同じ答え。
言葉の順番まで、ほとんど変わらない。
青年は一度役人の顔に視線を落とし、小さく頷くと、もう一度王城を見上げた。
(いつ見ても壮大な城だ。これが千年も経っているとは……)
王城は真っ白な石を積み上げた外壁が、空を切り取るように高くそびえ立っている。
いくつもの塔が天へ向かって伸び、その先端には王家の旗がはためいていた。
風に揺れる旗の中央には、向かい合う『番の馬』の紋章。
それが、城のあちこち――門の上やバルコニーの手すり、窓枠の飾りにまで刻み込まれている。
千年前に建国され、いまだに姿を変えずにいるこの世界の中心だ。
石材で造られた堅牢な城は、とても千年前の建築物とは思えないほど劣化が見られない。
磨き上げられた石の壁は、月の光を受けてほのかに光り、
大きな窓ガラスには月と星がくっきりと映り込んでいる。
青年が歩き出すと、それに続き馬車に乗っていた貴族たちも降りて後に続く。
白い石で組まれた階段を上るたび、黒い乗馬ブーツの音がコツ、コツと王城の外壁に反響した。
出迎えの列に青年が近づくと、並んでいた者たちが一斉に臣下の礼をとる。
騎士は右手を額まで上げて敬礼をし、役人は右手をお腹に当てて、深々と頭を下げた。
鎧がわずかにきしむ音と、衣擦れの音が重なり、空気が一瞬だけ張りつめる。
彼らの忠義に応えるように軽く敬礼すると、青年は無駄のない動きで踵を返し、城の中へと歩き出す。
目的地は国王がいる謁見の間である。




