第19話 城下町
馬車が異人区の大通りを進むと、
やがて視界の先に、二十メートルを越える巨大な城壁が見えてきた。
人の何倍もある高さだ。
見上げなければ頂上が見えないほどで、
まるで街そのものを切り分ける境界線のように、どっしりと立ちはだかっている。
灰色の石を積み上げて作られたその壁は、分厚さも相当なもので、砲撃でもしなければびくともしなさそうだ。
上部には見張り台と歩哨用の通路がぐるりと走り、等間隔に立つ旗が風を受けてはためいている。
異人区と城下町の間には、
この城壁が城下町を外側から守るように取り囲んでいる。
大通りが通る場所にだけ大きな関所が設けられており、分厚い鉄製の門が重々しく口を開けている。
そこが唯一の出入口だ。
門の両脇には女性の看守が数人並び、中央には検問用の机が置かれている。
通過する異人たちは、組長が組番号を伝え、通り過ぎていく。
門前には、胸の中央に『両翼の鷲』が描かれたプレートアーマーに身を包み、
ハルバードと大盾を持つ騎士が通り過ぎる異人たちを監視している。
どの騎士も背筋を伸ばし、磨き上げられた鎧を身に付けている。
月光を受けて銀色に光るその姿は、威風堂々だった。
馬車は、その関所を素通りしていく。
王家の紋章が描かれた馬車に、検問など必要ない。
もちろん騎士たちも誰が乗車しているのかわかっている。
門前に立っていた騎士たちは一斉に姿勢を正し、大盾を地面に立てて胸を張る。
そして右手を額に当て、最大の敬礼をして見送った。
門を抜けると、先ほどの異人区と違い、明るく賑やかな雰囲気が街を包み込んでいた。
大通りの両脇に二階建ての木造や石造りの店がびっしりと並び、
色とりどりの看板や布が通りにせり出している。
赤や青の布が風に揺れ、店主たちの威勢のいい声が通りいっぱいに響いていた。
パン屋からは焼き立ての香りが漂い、果物屋の前には山盛りの果物が並べられ、
行き交う人々の笑い声や呼び込みの声が絶えない。
籠いっぱいの野菜を抱える主婦、香ばしい肉を串に刺して売る屋台――どこを見ても活気に満ちている。
楽しそうに買い物をする家族、友達と走って通りを抜ける子供たち、犬を連れてのんびり散歩する老人など、
様々な人々が楽しそうに過ごしていた。
ここだけを見れば、この国は何の問題もない、平和な国に思えるだろう。
しかし店の裏口では、異人たちが水桶を運び、皿を洗い、床をこすり、働いている。
通りの華やかさとは別世界のように、薄暗い場所で黙々と。
さらに進むと飲屋街も見えてきた。
木製のテーブルが並ぶテラスでは、酒を飲み楽しそうに語り合う若者たちが大勢いる。
酒を飲み一緒に笑い合うグループや、骨がついた肉を豪快にかじり、肉汁を垂らしながら食べる者もいる。
男女で音楽に合わせてダンスをして楽しんでいる者たちもいる。
陽気な音楽と笑い声が、夜空に響いていた。
中には、女性店員に言い寄り、その場で押し倒す者までいた。
押し倒されているのは、もちろん異人である。
周囲の人間は、止めるでもなく、ただ見ているだけだ。
これが、労働の後の楽しみで羽目を外しすぎたというのであれば目を瞑ろう。
だが、彼らは働いていない。
働くのは全て異人たちで、彼らは一日遊んで暮らしている。
彼らから言わせれば、異人たちはこの世界に住まわさせてもらっている。
その対価として、我々に奉仕する義務があるのだと。
そう本気で考えている。
異人は奉仕する代わりに、最低限の食事と寝床だけが与えられる。
それを「慈悲」だと本気で信じている者も多い。
これは国民だけではない。
貴族も、王家ですらも、そう考えている。
青年は窓の外の景色を黙って見ていたが、
押さえ込んでいた怒りのせいで頭痛がしてきた。
こめかみの奥が、じわりと重くなる。
奥歯を噛みしめていることに、自分でも気づいていなかった。
笑い声と音楽が遠くに聞こえるたび、胸の奥に溜まった感情が波のように揺れる。
だが、それを顔に出すことはしない。
鈍い痛みを和らげようと、青年はこめかみに手を当てた。
深く息を吐き、ゆっくりと吸う。
そのわずかな動きを、前に座る貴族は見逃さなかった。
すかさず身を乗り出してくる。
「将軍、少々お顔色が優れませんな。……どこかお悪いのでは?」
声音は気遣っているようで、その実、どこか探るようでもある。
「……問題ない。ただの頭痛だ。」
青年は視線を外に向けたまま、短くそれだけ告げた。
感情を混ぜない、乾いた声だった。
「いけませんな。御身一人の体ではありません。体調には十分気を付けて頂けなければ」
話しかけた貴族が言う。
大げさに眉を下げ、いかにも心配しているといった顔だ。
「左様です、将軍。あなたさまは我らの希望です。王妃の自由にさせてはなりません」
左隣の貴族が頷きながら言った。
青年の指先が、わずかに強くこめかみを押す。
だがそれだけだ。
返事はしない。
窓の外を眺めたまま、沈黙を選ぶ。
馬車は楽しげな城下町を通り抜け、王城へ向かう。
青年にとって、そこは家であり、戦場でもあった。




