第18話 王国
この世界の街の作りは、全て丸い層で構成されている。
上から見れば、まるで水面に石を落としたときに広がる波紋のように、同心円がいくつも重なっている形だ。
異人たちが住む異人街も、その作りだ。
中心に居住区。
そこから外側へ向かって工業地帯、さらにその外に農業地帯と続いている。
仕事をする場所と、暮らす場所がきれいに輪で分けられているのだ。
王都も同様で、王城、城下町、異人区という順番に作られている。
一番内側に王城があり、その周囲を取り囲むように貴族の屋敷が並び、その外側に国民たちが暮らす城下町が広がる。
そして一番外側。
城壁の外縁をなぞるように、帯のように広がっているのが異人区である。
まるで王都そのものをぐるりと囲む、外側の輪のような存在だった。
異人区は大通りが一本しかない。
縦断するその一本道が、区のすべてをつないでいる。
だが王都や人間の街では事情が違う。
東西南北に大通りが一本ずつ通っており、円を横切るように十字に伸びている。
そのため、区画と区画を自由に行き来できるようになっているのだ。
月夜の中、異人区の大通りを走り抜ける一台の豪華な馬車があった。
石畳を叩く蹄の音が、静まり返った夜の通りに乾いた音を響かせる。
道の端を歩く異人たちは、その姿に気づくと、反射的に足を止めて道を開けた。
馬車は漆喰で塗られた黒一色で統一されており、月明かりを受けてもほとんど光を返さない。
まるで夜そのものが形を持って走っているかのようだった。
その漆黒の車体の側面には、金で装飾された王家の証である『番の馬』が、中央の扉を挟んで向かい合って前足を上げている様子が描かれている。
二頭の馬は今にも駆け出しそうな姿で、見る者に強い威圧感を与えていた。
この豪華な馬車を引く六頭の馬も普通の馬ではない。
専用の牧場の中でも選ばれた特別な馬で、『神馬』と呼ばれている。
体は一回り大きく、筋肉はしなやかで無駄がない。
走るたびに鬣が揺れ、その動きは美しく整っていた。
息を荒げることもなく、一定の速度を保ったまま石畳を駆け抜けていく。
馬車内部は内装も黒一色で統一されている。
壁も天井も、光を吸い込むような深い黒で塗られている。
車内の四隅には光を放つ、水晶玉が入ったランタンが吊るされている。
揺れるたびに透き通った白い光がゆらゆらと室内をなでていく。
床には厚い絨毯が敷かれ、足を乗せるとふわりと沈み込む。
歩いても音はほとんど立たない。
雄牛の革で作られた三人掛けの対面ソファーが両側に置かれている。
よく磨かれた革は、ランタンの光を受けてつやりと鈍く光っていた。
全員が深く腰を下ろしても余裕があるほどの幅がある。
馬車が石畳を走るたびに、わずかな振動が座面越しに伝わる。
しかし、衝撃はほとんど吸収されている。
そのソファーに三人の人間が座っている。
馬車後方の席に一人の青年が座っている。
自然とその中央を陣取る形になっており、残る二人は向かい側に腰を下ろしていた。
黒髪ではあるが、光の反射で濃い紫色にも見える。
ランタンの白い光が当たるたび、髪先がわずかに色を変える。
前髪は目にかかるか、かからないかのぎりぎりで揺れ、少しだけ無造作に流れている。
瞳は透き通った綺麗な紫色である。
静かに前を見据えているだけで、どこか鋭さを感じさせる目だった。
豪華な装飾が施された軍服を着ており、黒色の生地の中央には金の大きなボタンが三つ縦に並び、前を止めている。
生地は厚く、無駄な皺ひとつない。
仕立ての良さが一目でわかる。
両肩や腕には細かい金の刺繍が施されていて、ランタンの光を受けて糸の一本一本が薄く光って見える。
左胸には、金色の『番の馬』が刺繍されている。
青年はソファーに背を預け、窓の外を眺めていた。
肘掛けに腕を置いたまま、視線だけをゆっくりと外へ向ける。
窓の外の異人区の大通りには街灯が等間隔に立っている。
だが灯りは弱く、足元を照らすだけで精一杯だ。
光と光のあいだには濃い影が落ち、通り全体がどこか沈んで見える。
行き交う人影が、その陰鬱さをいっそう際立たせていた。
歩いているのは女性だけだ。
彼女たちの服装はとても貧相で、薄布を一枚まとっているだけだ。
夜風にあおられ、布が頼りなく揺れる。
年齢はさまざまで、老婆の姿もあれば、まだ十代にも満たない少女の姿もある。
彼女たちは三人で行動しており、一定の間隔を保ちながら歩いていた。
先頭を歩く女性は全員赤い首輪をしている。
青年は、その中の一人、ある少女に目を留めた。
少女の見た目は十代前後。
痩せた体に対して、腹部だけが不自然なほどに膨れている。
青年は額に右手を当てて、考え込むように前かがみになった。
ゆっくりと指先がこめかみに触れる。
「将軍、いかがなさりましたか?」
青年の正面に座る二人のうち一人が、様子をうかがうように声をかけた。
「いや、なんでもない。気にするな」
将軍と呼ばれた青年は、正面に座る二人の男性に目を向けながら答えた。
声色に乱れはない。
二人の男性は、青年と同じ軍服を着ている。
胸元には、貴族の証である翼を大きく広げた一羽の鷲――『両翼の鷲』が刺繍されていた。
年齢は三十代前後。
鍛え抜かれた体つきで、背筋を伸ばして座っている。
二人の顔を見た後、青年はもう一度窓の外を見た。
揺れるランタンの光が、横顔に淡く影を落とす。
外の暗さとは対照的に、青年の心の奥底では、抑えきれない憎悪が静かに渦巻いていた。




