第16話 人間洗車機
脱衣所の扉をくぐった瞬間、司は思わず足を止め、大きく目を見開いた。
その先に広がっていたのは――
全裸の男たちが、きっちりと列を作って歩いている光景だった。
天井から勢いよく水が噴き出し、
男たちは前へ進みながら、その水を浴びて体を洗っている。
頭をゴシゴシこする者。
腕や足を丁寧に洗う者。
中には、ただ無表情でシャワーの中を通り過ぎるだけの者もいた。
列の最初は、どうやら水だけらしい。
途中からは泡が立っているところを見ると、シャンプーか何かが混ざっているのだろう。
最後には再び水だけになり、泡をきれいに洗い流す仕組みのようだった。
「……なにこれ」
思わず小さくつぶやく。
シャワー室はかなり広い。
男たちが前後の間隔をあけて並んでいても、まだ余裕があるほどだ。
天井にはスプリンクラーのようなシャワーヘッドが、等間隔にずらりと並んでいる。
ざっと見ただけでも十列はある。
そこから一斉に水が噴き出しているのだ。
噴射口の周りにはうっすら湯気が立っている。
どうやら温水らしい。
床は金属製で、鉄板のようだった。
水が溜まらないよう、網目状に小さな穴が無数に開いている。
その光景を見た司は、ふと小学時代を思い出した。
(ああ、プール前のシャワーみたいだ)
少しだけ口元がゆるんだ。
ノームの背中が前へ進んだので、
司も慌ててその後ろに並び、列に加わった。
頭上から降り注ぐ温水に、そっと手を伸ばす。
「あったか……」
やや高めの温度だが、不思議と心地いい。
一日の疲れが、じわっと溶けていくようだった。
もう、羞恥心はなかった。
(そうだよ。ここは銭湯と同じだ。人前で裸なんて、別に普通だ)
自分に言い聞かせるようにそう思いながら、
司は体を洗っていく。
泡が全身に広がっていく感覚が、どこか新鮮だった。
やがて、最後の湯で泡がきれいに流される。
視線の先に、次の部屋へ続く扉が見えた。
列の流れに乗るまま、司は扉を開ける。
そして――
再び、目を見開いた。
また列だ。
先ほどと同じように男たちが歩いている。
だが、今度は水ではない。
天井から吹き下ろしているのは――風だった。
ゴォッ、と低い音を立てながら、
かなり強い風が頭上から叩きつけるように吹いている。
濡れた髪が大きくなびき、体についた水滴が次々と吹き飛ばされていく。
肌に当たる風は暖かい。
まるで巨大なドライヤーだ。
司は二つの部屋を思い返した。
最初は、プール前のシャワーだと思った。
でも違う。
(これ……洗車機みたい)
車がゆっくり進みながら、水と泡と風で洗われる、あの機械。
(人間用洗車機だ……)
その表現が、いちばんしっくりきた。
(なるほど。だから『洗濯場』なのか)
司は妙に納得しながら、暖かい風に全身をさらす。
やがて体がすっかり乾き、出口が見えてくる。
扉を抜けると、先に出ていたノームが静かに待っていた。
「司、これを着るんだ」
ノームがそう言って差し出したのは、
さっき脱いだのと同じ茶色の布の服だった。
「ノーム、これ……どうしたの?」
司は受け取りながら、首をかしげる。
(え、僕の服って、あの黒い箱に入れたよね?)
服を着つつ、胸のあたりを軽く引っぱって形を整える。
ノームは顎に手を当てて少し考えるそぶりを見せた。
「いいじゃないか。どうせすぐに知ることになるんだからよ。早い方がいい」
背後から、タカギがひょいっと顔を出した。
相変わらず、ニヤついている。
ノームは小さく頷くと、ゆっくり口を開いた。
「いいか、司。これはあまり気持ちのいい話じゃない。先にそれだけわかってくれ」
いつもの落ち着いた声なのに、少しだけ歯切れが悪い。
司はごくりと唾をのんで、
ノームの顔をまっすぐ見た。
「この洗濯場はな、異人と衣服を同時に洗える仕組みなんだ」
「え? どういうこと?」
司が首を傾ける。
「まず、脱衣所で服を脱いで、黒い箱に放り込む。そこまではいいな?」
「うん」
司は小刻みにうなずいた。
「その箱には底がない。服はそのまま下の階層に落ちる。下にいる異人がそれを拾って、隣のシャワー室へ運ぶ」
ノームは鼻から大きく息を吸って、続ける。
「シャワー室で俺たちの汚れを落とした湯は、床の小さな穴から下へ流れる。
そして、湯は七つの大釜に溜められる」
司の頭の中に、
さっき見た金属の床が浮かんだ。
(あの穴……下につながってるんだ)
「大釜はずっと火で熱されていてな。そこに、回収した服を放り込む」
ノームは司の顔色をうかがった。
司は眉間にしわを寄せて、考えこんでいるようだった。
ノームは、司が理解したと判断したのか、話を続けた。
「ある程度煮えたら、大釜をひっくり返して服を取り出す」
「少し冷ましてから絞って、最後は外で天日干しだ」
ノームはそこで一息ついて、問いかけた。
「どうだ司? 理解できたか?」
「うん、わかった」
司は気の抜けた声で返した。
「本当にわかったのか?」
ノームが疑いの目を向ける。
司は口を少し開けたまま、ぼけっとしていた。
「だめだこりゃ、わかってないぞ、ノーム」
タカギが肩をすくめる。
「大丈夫、わかってるよ!」
司が急に大きな声を出した。
「いや、意味を理解していないぞ」
「理解しているなら、もっと……こう……何かしらの反応があるだろ。なあ、タカギ」
ノームは両手をもどかしげに動かしながら説明しようとしたが、
言葉がうまく出てこなかった。
「なあって言われてもな」
タカギも困った顔をしたが、すぐに口角が上がる。
「まあ、いいじゃないかノーム。知らぬが仏ってやつさ」
タカギは満面の笑顔で、爽やかに言った。
司はなぜか、釈然としない気持ち悪さが残った。
胸の奥が、もぞっとする。
「……まぁ、いいか」
司が小さくつぶやくと、
タカギが右腕を司の首に回してきた。
「お、いいこと言うじゃないか。そうそう、人間すぐに気持ちを切り替えるのが大事なんだ」
嬉しそうに、タカギが司の顔を覗き込みながらニヤリと笑う。
「お前は相変わらず楽観的だな」
ノームは呆れ顔だが、どこか楽しげだ。
「そりゃそうさ。人間、楽しまなきゃな。『笑顔がいちばん』って言うだろう?」
「知らない」
二人が声を揃えて答えた。
「なら、よーく覚えとけ。何か嫌なことがあったら笑顔を無理矢理にでも作ると、ちょっと楽しくなるもんさ」
タカギは楽しげに言いながら、左手で司の左頬を引っぱった。
「イテテテテ、なにすんのひゃ……!」
頬をつねられて、司の声が変になる。
タカギの腕を振りほどき、
司は仕返しにタカギの両頬をつねる。
負けずにタカギもつねり返してきた。
「プッハ、なにやってるんだお前らは」
「しかも、タカギ。お前はまだ裸のままだぞ! 服を着ろ! 服を!」
ノームが二人を見て、腹を抱えて笑い出す。
「いやん、見ないでぇ エッチ!」
タカギが慌ててズボンを履き始めた。
それを見ていた周りの異人たちも、つられて笑い出す。
「ほら、みろ。笑顔が皆を幸せにしたぞ」
タカギが腰に手を当てて、仁王立ちで自慢げに笑う。
その顔は、司につねられて両頬が赤く腫れていた。
「そうだな。タカギの言う通りだな」
ノームも楽しい気持ちでいっぱいで――
その瞬間、右肩に誰かの手が置かれた。
ノームは嫌な予感がして、ゆっくり振り返る。
看守が、満面の笑みでそこに立っていた。
ノームは、さっきまでの楽しい気持ちが一気にしぼんでいくのを感じた。




