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水野司の世界の声  作者: すずはるな
水野司と世界の声
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第15話 洗濯場

 居住区に近づくにつれ、前を歩く異人たちの姿が増えていく。


 皆、黙ったまま同じ方向へと歩いていた。


 居住区に到着すると、ほかの異人たちが食堂のほうへ流れるように向かっていることに司は気が付いた。


「え? 食堂に行くの? 食べてからお風呂に入るの?」


 司が首をかしげながらノームにたずねる。


「いや、洗濯場は食堂の近くにある。みんなそこに向かって歩いてるんだ」


 ノームは落ち着いた声で答え、顎で前方を示した。


 視線の先には、長方形の大きな建物がある。


 食堂よりも少し低く、横に長い造りで、壁はくすんだ灰色。


 入口付近には、すでにいくつもの組が列を作っていた。


 異人たちの流れは、その建物へと吸い込まれていく。


 建物の入り口には、いつも通り看守と異人兵が立っている。


 組長たちが順番に前へ出て、短く番号を告げる。


「76組だ」


 ノームは無駄のない声で言った。


 看守は手元のバインダーを開き、番号を確認してから記入する。


 紙をめくる音がやけに静かに響いた。


 小さくうなずくと、顎で「入れ」と合図した。


 ノームが入口へ向かって歩き出したので、

タカギと司もその背中を追うように足を進めた。


 建物の中からは、すでに水音とざわめきが聞こえてきていた。


 入口を抜けると、そこは脱衣所だった。


 異人たちは泥や油、汗で汚れた茶色い布の服を脱ぎ捨て、次々と裸になっていく。


 脱いだ服を投げる音、笑い声、どこかで水が落ちる音。


 その全部が一度に耳に入ってきて、

司は思わず固まった。


「うわ……」


 司は顔が熱くなるのを感じて、目のやり場に困って立ち尽くす。


「なに固まってるんだよ。もしかして、人前で裸になるのが恥ずかしいのか?」


 タカギはニヤリと笑い、

司の背中を軽く叩く。


 司が小さく頷くと、


「男同士だろ。そんなに構えるな。ほら、さっさと脱げ」


 そう言って、タカギは司の両腕をつかみ、ぐいっと持ち上げた。


「えっ、ちょ――!」


「よし、ノーム。今だ!」


「よしきた」


 タカギの声に反応し、

ノームが素早く司の上着を脱がしてしまう。


「あっ……!」


 その瞬間、司の顔は一気に真っ赤になった。


 冷たい空気が肌に触れて、ぞわっと鳥肌が立つ。


「ちょ……、なにするのさ」


 司が真っ赤な顔で取り上げられた服をつかもうとするが、

ノームはそれをひょいっと避けて近くに放り投げた。


「どうする司? ズボンも脱がしてやろうか?」


 ノームとタカギが二人揃ってニヤリと意地悪な顔をした。


「じ、自分で脱げるよ!」


 司は顔を真っ赤にして、大声を上げながらズボンに手を掛け、一気に下ろした。


「よしよし、それでいいんだ」


 下半身を両手で隠しながら恥ずかしそうにしている司を、

タカギは満足げに見て頷いた。


 司は履いていた革靴を脱ぎ、泣きそうになる気持ちをこらえていると、

ふと、タカギの背中に視線が止まった。


 小刀を咥えた白銀の狼の刺青。


 鍛え上げられた背中に浮かぶそれが、

やけに目立って見える。


「すごい……初めて見た……」


 司は見惚れたようにタカギの背中に近づいた。


「カッコいいだろう。俺の誇りだ」


 タカギが後ろを振り向き、自分の背中に親指を向けて自慢げに言う。


「触ってもいい?」


 司は少し震える声で聞きながら、そっと右手を前に出した。


「優しくしてね」


 タカギが体をくねらせ、わざとらしく声色を作って答えた。


 その裸の二人のやり取りを、

ノームは訝しげに横目で見ながら、やれやれと首を横に振る。


 そしてため息まじりに服を脱ぎ始めた。


「あ、ノームの胸毛がタカギの頭みたい」


 司がノームの立派な胸毛を指差して、くすっと笑う。


「おいおい、俺様のいかした髪型と小汚い胸毛を一緒にするな」


 タカギが胸毛を見てニヤリと笑うと、


「誰の胸毛が小汚いだ」


 ノームが顔を真っ赤にして怒ってきた。


「うるさいぞ、お前ら。静かにしろ!」


 近くにいた看守が近寄ってきて、組長であるノームに怒鳴り散らした。


 すると三人は息ぴったりに頭を下げて謝った。


 看守がぶつくさと文句を言いながら離れていくと、

ノームが小さく息を吐く。


 ノームは二人を睨むように見たが、

すぐに口元が緩んだ。


 それを見た二人も、つられて笑顔になった。


「さて、そろそろ行くか。司、脱いだ服は持っていくんだ」


 ノームに言われ、

司は慌てて近くに放り捨てられた自分の服を拾いに向かった。


 拾った服で前を隠しながら二人の元へ戻ると、


「さあ、シャワーを浴びるか」


 ノームは迷いなくシャワー室へ続く扉を指さし、歩き出した。


 脱衣所の長い壁に沿って、金属の縁取りがされた扉が十枚。


 天井の灯りを鈍く反射し、無機質に並んでいる。


 各扉の前には裸の男たちが一列ずつ整列していた。


 司たちは空いている列に並んだ。


 司は少しでも脱いだ服で肌を隠そうと必死だった。


 肩をすぼめ、視線を下げ、なるべく周囲と目を合わせないようにする。


 そのとき、背後からタカギが話しかけてきた。


「まだ恥ずかしいのかよ。言っておくが、服はそこの箱の中に入れるんだぞ」


 指差した先には、扉の前に人が座って入れそうなほどの大きな黒い木箱が置かれていた。


 分厚い木板で組まれ、縁には鉄の補強が打ち付けられている。


 だが蓋はなく、ただぽっかりと口を開けているだけだった。


 扉近くにいる異人たちは、脱いだ服や靴を迷いなくその中へ放り込んでいる。


 その光景を見た司は、口をわずかに開いたまま、自分の手に握った服へ視線を落とした。


 自分を守る盾を失う。


 これを失えば、まさに丸裸だ。


 まるで断頭台へ向かう死刑囚のような気分になった。


 列が進む。


 黒い箱が、ゆっくりと近づいてくる。


 前にいるノームがためらいなく服を放り込んだ。


 布は音もなく闇へ吸い込まれた。


 それまでに多くの異人の服が投げ込まれているはずなのに、

箱の縁からは一枚もはみ出していない。


 司は思わず身を乗り出し、中を覗き込んだ。


 箱の中には――何もなかった。


 布の山も、底板も、影すらない。


 ただ、黒い闇が静かに広がっているだけだった。


「え? なにこれ?」


 思わず声が漏れる。


「おい、後ろつっかえてるぞ」


 次の瞬間、

後にいたタカギが、司の手から服をひょいと奪い取った。


「あ――」


 言い終わる前に、服は闇へと投げ込まれる。


 布は飲み込まれ、跡形もなく消えた。


 司は唖然と立ち尽くす。


 今、自分の最後の盾が消えた。


「悪かったって」


 タカギは苦笑いしながら、勢いよく司の背中を叩いた。


 ドンッ。


 体勢を崩した司は、そのまま前のめりに倒れ込む。


 ビタンッ。


 乾いた音が脱衣所に響いた。


 周囲の異人たちが一斉に振り向く。


 冷たい視線が突き刺さる。


 タカギは「しまった」という顔で慌てて座り込み、

司を起こそうとする。


 それを振り返りながら見ていたノームは、大きくため息をつき、


「……先に行くぞ」


 とだけ言い残し、扉の向こうへと消えていった。


 司は床に手をついたまま、しばらく動かなかった。


 頬が熱いのか、冷たいのかも分からない。


(もうどうでもいいや)


 そう思いながら立ち上がり、覚悟を決めるように息を吐く。


 そしてノームの背中を追い、司は扉を通り抜けた。

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