第14話 帰り道
日が沈み始めた頃に仕事が終わり、
看守の指示で異人たちが片付けをしていた。
あちこちで「急げ!」という看守の声が飛ぶ中、
異人たちは黙々と手を動かしていた。
指導を終えた司は、
ノームとタカギの足元にへたり込み、そのまま倒れた。
手も足も鉛みたいに重くて、
起き上がろうとしても体が言うことを聞かない。
「懐かしいな。俺も初日は、動けなくなるまでしごかれたな」
タカギが、からかうというより思い出話みたいな顔で言った。
「全くだ。誰もが通る道だ。司、よく頑張ったな」
ノームはうんうんと頷きながら、
司を見下ろして目を細める。
「エヘヘ……」
司は息を切らしながら、ぎこちなく笑った。
笑ったつもりでも、顔がうまく動かない。
「さて、司が寝ている間に片付けは終わった。馬車に乗って帰ろう」
ノームがそう言うと、
タカギがしゃがみ込んだ。
「ほれ、帰るぞ司」
タカギは司の肩を持って、ぐいっと立ち上がらせた。
司はふらつきながらも、なんとか足で地面を捉える。
幌馬車は、行きと同じく、床に直座りのぎゅうぎゅう詰めだった。
十五名の異人たちは幌馬車に押し込まれるように乗り込み、工業地区へ向かった。
日が沈みかけて、朝より空気がひんやりしていた。
幌の隙間から冷たい風がすっと入り込み、汗でべたついた肌を撫でていく。
疲れ切った体には、それが逆に気持ちよかった。
車輪が荒れた土の上をガタガタと走り、馬車は小刻みに跳ねる。
乗り心地は最悪のはずなのに、
初めての労働でへとへとの司には、眠りを誘うのに十分だった。
司は隣に座るノームの肩にもたれ、ゆっくりと重いまぶたを閉じた。
目を閉じた瞬間、意識がすっと落ちていった。
ふと、司は見覚えのない女性と並んで歩いていた。
(彼女は誰だろう?)
初めて見るはずなのに、なぜか胸の奥がきゅっとなるほど懐かしい。
名前も思い出せないのに、そばにいるだけで安心する感じがした。
彼女は深い灰色のブレザーを着ていた。
スカートはストライプ柄で、髪は肩まで伸びている。
歩くたびに、髪がさらりと揺れた。
彼女は司に向かって、ふわっと微笑む。
その笑顔があまりに可愛らしくて、司の顔は一気に熱くなった。
胸もどきどきして、息が少し苦しい。
「おい、着いたぞ。司、起きろ」
ゆさゆさと体を揺らされ、司ははっと目を覚ました。
一瞬、夢の続きが見えそうで、手を伸ばしたくなる。
司の前にはノームとタカギが覗き込んでいた。
「やっと起きたか。着いたぞ。残っているのは我々だけだ」
ノームが言った。
周りを見渡すと、そこは幌馬車の中だった。
さっきまでぎゅうぎゅう詰めだった人影はなく、空気だけがやけに広く感じる。
「おい、次があるんだ。早く降りろ」
御者の看守が苛立った声で言った。
まだ寝ぼけたようすの司は、足に力が入らない。
ノームとタカギが左右から肩を貸し、
引きずるようにして司を幌馬車から降ろしていった。
冷たい空気に司は目を覚ました。
頬に当たる風が冷たくて、さっきまでの眠気がすっと引いていく。
「……さむっ」
司が小さくつぶやいて顔を上げると、そこは工業地区だった。
薄暗い空の下に建物が並び、作業場の匂いがまだ残っている。
昼間の騒がしさは消えて、今は妙に静かだ。
幌馬車は司たちが降りると、待ってましたと言わんばかりに走り出した。
車輪が土を蹴り、あっという間に遠ざかっていく。
呆然とその後ろ姿を見送っていると、
ノームがため息まじりに言った。
「よくあんな窮屈な場所で寝られたな」
「全くだぜ。呆れてものも言えねえ」
タカギが肩をすくめて言う。
それからタカギは司の顔をのぞき込み、にやりと笑った。
「しかもよ、ニヤニヤしながら寝てたんだぞ。どんなヤラシイ夢を見てたんだ?」
「えっ……そんな顔してた?」
司は慌てて自分のほっぺを触った。
「覚えていない。なんだか、楽しい夢だったと思うけど……」
司は思い出そうとして目を閉じ、少しだけ顔を上げた。
「本当か? 隠すなよ。おにいさんにだけ教えてみ」
タカギがさらに距離を詰めてくる。
タカギは司の背後から回り込み、
右腕と左腕をきれいに組んで、そのまま首に回して戯れ始めた。
「おい、その辺にしとけ。『洗濯場』に向かうぞ」
呆れ顔のノームが言った。
首が楽になった司は首元をさすりながら、少し苦しそうに言った。
「ねえ、洗濯場って?」
「洗濯場っていうのはな……風呂場だ」
タカギが、わざと意味深な言い方で言った。
「え? 風呂? 体洗えるの?」
司の顔がみるみる明るくなる。
汗を流せると聞いた瞬間、
さっきまでのだるさが嘘みたいに軽くなった気がした。
「お、元気になったな司」
タカギが楽しそうに言う。
「うん、一気に元気が出てきたよ。早くいこうよ」
司が前のめりに急かすと、ノームも嬉しそうに笑った。
「ふふっ、現金な奴だな。よし、行くか」
三人は工業地区から居住区へ向かって歩き出した。
今朝と違い、仕事が終わったあとの道はひどく静かだった。
道の端に並ぶランタン街灯が、ぼんやりと橙色の光を落としている。
その光に照らされた道は昼間よりも冷たく見えて、どこか寂しい雰囲気だった。




