第13話 異人兵と看守
「ところで、あの人初めからいたっけ? 最初の四人に眼鏡をした人はいなかったと思ったけど……」
司は首をかしげながら、ふと浮かんだ疑問を二人に投げかけた。
「ああ、その通りだ。彼は朝はいなかった。司、周りをよく見てみろ」
ノームに言われ、
司は言われるままに視線を巡らせた。
今朝、異人たちの前に立っていた看守は四人だったはずだ。
だが、そのうちの二人の姿が、いつの間にか消えている。
代わりに、先ほどの眼鏡看守と同じようにショルダーバッグを肩にかけた看守たちや、数人の異人兵が増え、歩きながら竹筒とおにぎりを配っていた。
「あれ? 人が増えている。なんで?」
司はおにぎりを持ったまま、きょろきょろと周囲を見回し、首をかしげながら二人に聞いた。
「人手が足りないからな。最初にいた看守のうち二人は、別の畑に回されたんだ」
ノームは落ち着いた声で答える。
「今ここにいるのは、昼飯を運ぶ役目の連中だな」
「そもそも看守って、異人街にどれくらいいるんだ?」
タカギはおにぎりを頬張りながら、気軽な調子でノームに聞いた。
「さあな……ざっと百人前後ってところじゃないか」
ノームは少し考えてから続ける。
「異人兵は、それより少し多いらしいがな」
「へぇ……」
司は感心したように相づちを打ち、
「じゃあさ、看守とか異人兵って、どうやったらなれるの?」
と、司は最後の一口を口に放り込みながら聞いた。
「ああ、看守はな」
ノームは説明するように言った。
「五十代になると、看守に推薦されてなれる。ただ、普段の素行が悪いやつは無理だがな」
その瞬間、タカギがニヤリと笑った。
「ってことはさ、ノームは素行が悪かったから看守になれなかったんだな」
「……うるさいぞ、タカギ」
ノームは眉をひそめ、少しだけ不機嫌そうに言った。
「まあ若い頃はそれなりにやんちゃしていたからな」
ノームは遠い目をしながら、どこか懐かしむように言った。
「出た、おやじ特有の若いころ自慢」
タカギは即座に食いつき、わざとらしく肩をすくめて、さらに意地悪そうに言った。
「おい、誰がおやじだ。まだ若いぞ」
ノームはむっとした顔で言い返し、
「それにタカギだって年齢的にはもうおじさんだろう」と付け足した。
タカギは鼻で笑い、
「残念だな。俺は見た目が若いからな。なあ司?」
と、急に話を振ってきた。
同意を求められ、司は一瞬言葉に詰まり、
「う、うん……」
様子をうかがうように歯切れ悪く答えた。
「なんだよそれ。もっとハッキリ言えって」
タカギは不満そうに言いながら司を抱き寄せ、拳を作った右手で、ぐりぐりと頭を押し付ける。
「ちょ、ちょっと、やめてよ」
司は笑いながらも抵抗するが、力ではまるで敵わなかった。
「じゃあさ、異人兵ってどうやったらなれるの?」
司が言った。
「異人兵は志願者が試験に合格したらなれる」
ノームはそう言って、あごひげをゆっくりとなぞった。
「試験の内容までは知られていないが……かなり過酷らしい。途中で脱落する者も多いそうだ」
「へぇ……」
司は想像しただけで肩をすくめた。
「物好きな連中だな」
タカギは司から離れながら鼻で笑う。
「異人兵になると、なんかいいことでもあるのか?」
「食事が我々より少し豪華だと聞いたことはある」
ノームは淡々と答えた。
「それに、新入りの異人の捕縛や、狩猟も任されるそうだ」
「狩猟?」
タカギは目を丸くした。
「なにを捕まえるんだよ」
「さあな」
ノームは小さく首を振る。
「基本的には治安維持が目的らしいが、詳しいことはわからん」
「治安維持ねぇ」
タカギは竹筒の水を一口飲み、
少し考えるように言った。
「あれか? 昔、反乱があったからか?」
「そうだな。その名残だろう。だが、それ以前からもあったそうだ」
ノームも水を飲みながら答える。
「なんか、よくわからないことばっかだな」
タカギのぼやきに、
ノームは静かに言った。
「我々異人は何も知らされない。今さらだろう、タカギ」
二人の会話を司は黙って聞いていたが、胸の奥に小さな引っかかりが残っていた。
急に話に出てきた言葉が、
どうしても気になって仕方がない。
「……ねえ」
司は二人の顔を交互に見てから、口を開いた。
「反乱って、なに?」
その一言に、
ノームとタカギは一瞬だけ動きを止めた。
二人は視線を交わし、
どちらからともなく小さく息を吐く。
「……」
ノームは少しだけ顎に手をやり、遠くを見るような目をしてから、静かに言った。
「それについては、また今度だ」
言い切る声は穏やかだったが、
これ以上は聞くな、という意思がはっきりと滲んでいた。
「……そっか」
司はそれ以上突っ込むことができず、小さく頷いた。
理由はわからないが、今は聞かない方がいい。
そんな空気だけは、はっきりと伝わってきた。
(まあ、いいか……)
司は首をかしげながらも、それ以上は何も言わず、黙って二人の顔を見つめていた。
「ところでよ、昼からは俺らと一緒なのか?」
タカギが腰についた土を払うようにしながら立ち上がり、気軽な調子で聞いた。
「ううん、昼からも指導するんだってさ……」
司は力なくそう答え、助けを求めるように立ち上がった二人を見上げた。
「さて、仕事の準備するか」
タカギはわざとらしく空を仰ぎ、知らないふりをするように言い、
「そうだな。遅れたら看守に怒られるからな」
ノームも司と目を合わせないまま、ゆっくりと立ち上がった。
「二人とも助けてよ……」
司が甘えるように声をかけるが、
「無理言うなよ。新人はみんな指導が入るんだ」
タカギは目を閉じ、肩をすくめが、目を開いたと同時に硬直していた。
ノームも同じ方向を見たまま、驚いた様子でぴたりと動きを止めている。
「……?」
嫌な予感がして、司はゆっくりと振り返った。
いつの間にか、すぐ真後ろに、あの老人看守が満面の笑みで立っていた。
「さて、続きをしようか」
逃げ道を塞ぐように、老人看守は司の肩をがっちりと掴み、そのまま強引に引き起こす。
「痛い、痛い!」
あまりの握力に、司は思わず声を上げた。
「これぐらいで痛がっていてどうする。行くぞ」
老人看守は構わず司の腕を引っ張り、そのまま畑の方へ歩き出す。
引きずられながら、
司は必死にノームとタカギを振り返った。
助けて、という視線を向けると、
ノームはまたもや視線を逸らし、
タカギは――
にやりと笑って、親指を立てていた。




