第11話 老人看守と鬼訓練
「まずは正しい鍬の使い方を説明する。俺と同じ動きをしろ」
老人看守の口調は穏やかだったが、目だけはまったく笑っていなかった。
その視線に射抜かれ、司はごくりと喉を鳴らす。
「は……はい、わかりました」
少し裏返った声で返事をすると、
老人看守は小さく頷いた。
「まず立ち方だ。足は肩幅くらいに開け。そうそう……で、利き足を半歩だけ前に出す」
司は言われるまま、自分の足元を確認しながら慎重に動いた。
左右のバランスを取ろうとして、思わずふらりと体が揺れた。
「腰は少し落とせ。力を入れすぎるな」
「お、重い……」
小さく呟いた司に構わず、
老人看守は鍬を持ち上げて見せた。
「鍬はな、利き手を後ろ、反対の手は前に軽く添えるだけだ」
そう言って、前の手をひらりと添えるように動かす。
「前の手は支えるだけ。引っ張ったり、力を入れたりするな。動かすのは利き手だ。両手で振り回すと、制御できなくなる」
司はその動きを目で追いながら、言われた通りに鍬を握った。
(思ったより、重い……)
そんなことを考えながら、司は鍬の木製の柄を、言われた通りに握ってみた。
手のひらに当たる感触がひんやりしていて、ところどころがささくれている。
握っただけで、チクッとした。
「さあ、振り上げてみろ」
老人看守に言われ、
司は恐る恐る鍬を持ち上げようとする。
……が、重い。
腕がぷるぷる震えて、少し上がったところで、すぐにストンと地面に戻ってしまった。
「……っ」
司は悔しくなって、今度は力いっぱい振り上げた。
その瞬間だった。
思った以上に柄が体を引っ張り、
司の上半身がぐいっと後ろに持っていかれる。
「うわっ――!」
刃先が頭の横を、ひゅん、と風を切って通り過ぎた。
司は情けない声を出し、足が絡まったまま、見事に後ろへ転がった。
背中から地面に倒れて、視界がぐらんと揺れる。
土のにおいが一気に鼻に入った。
老人看守はすぐに声をかけた。
「おい、大丈夫か? どうすればそんな後ろに倒れこめるんだ」
目に一瞬だけ心配そうな色が浮かぶ。
だが次の瞬間、その表情はまた冷たく戻った。
「バカやろう! 誰がそんな勢い任せに振り上げろと言った。加減を考えろ!」
老人看守は大声で怒鳴りつけた。
「さあ、早く立て。その調子だと昼飯抜きだぞ」
「ごめんなさい……!」
司は飛び跳ねるように立ち上がり、直立不動になった。
背中の土を払う余裕もなく、ただ必死に、まっすぐ前を向いた。
ノームとタカギは異人の列に混ざり、
看守の吹く笛の合図に合わせて、黙々と鍬を上下させていた。
土を掘り返す鈍い音が一定のリズムで続く中、
二人は作業の手を止めずに、小声で言葉を交わした。
「なあ、あいつ大丈夫か?」
タカギは鍬を地面に振り下ろしながら、ちらりと司の方を見て言った。
「わからん」
ノームは淡々と答え、ゆっくりと鍬を持ち上げる。
「あいつ、見たまんまのもやしっ子だろ。このままじゃ、悟みたいになるんじゃねえのか?」
タカギは鍬先に当たって転がり出てきた、こぶし大の石を足で脇へ蹴りやりながら言った。
「悟か……」
ノームは鍬を振り上げたまま、ふっと視線を落とした。
司が76組に入る前、
今泉悟という十七歳の少年がいた。
ノームは、自然とその名前を思い浮かべていた。
司と悟。
二人とも細身で、甘やかされて育ったことが一目でわかる体つきだった。
だが――悟は、この世界に馴染むことができなかった。
タカギが言いたいのは、きっとそのことだ。
それでもノームは、小さくフッと笑うと、
「大丈夫だ。司は強い」
それだけ言うと、何事もなかったかのように、また黙って作業に戻った。
タカギは一瞬、眉をひそめたが、
(まあ、ノームがそう言うなら……いいか)
そう自分に言い聞かせ、鍬を握り直した、その時だった。
「バカやろう! ちゃんとやれ!」
司の方から、怒鳴り声がここまで響いてきた。
「……やっぱり大丈夫か?」
思わず不安になってノームの顔を見ると、
「大丈夫だ。司を信じろ」
ノームは視線を前に向けたまま、小さくそう言った。
「……そうだな」
タカギは小さく口角を上げ、
余計なことは考えないようにして、再び作業に集中した。




