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第八話 圧力

 ブー、ブー……。


 震えるスマートフォンの画面には、「有透さん」と表示されていた。


 通話ボタンを押す。


「はい、甘音で――」


『甘音っ‼︎ 結果は……?』


 低い声の挨拶が、落ち着きをなくした有透さんの声で遮られる。


 また、目頭が熱くなった。


 こんなに、期待してくれていたのに。

 信じてくれていたのに。


 裏切ってしまった。


 震える手に力を込めて、スマートフォンを持ち直す。


 精一杯、震えないように努めて答えた。


「不採用、でした……」


 頰を、熱いものが伝う。


 涙だった。


『……』


 物静かな有透さんといるときは、沈黙が多い。

 普段なら心地よいけれど、今ばかりは怖かった。


 なんて、言われるだろう。


 反射的に、目を瞑った。


『……担当の者に聞いてくる』


「……え、ちょっと、有透さん?」


『待ってて!』


 ブツ、と通話が切れる。


 有透さん、何をするつもり……?


 嫌な予感がした。

 有透さんが、何かをやらかすのではないかと。


 信じていないわけではない。

 有透さんなら、なんとかなるだろうとも思う。


 けれど、そんな有透さんだからこそ、いつか破裂してしまうのではないか。

 そんな不安もあった。


 どうか、何もありませんように……。


 ―――


「もう一度言え」


「ひいっ! で、ですから、CEOに、烏野様は不採用にしろと……」


「クソッ、父さん……!」


 人気のない廊下に、私の声がこだました。


 父のことだ。

 何か、考えがあってのことだろう。

 ……理不尽な、考えが。


「なぜ、そんなことをする必要が……?」


 顎に拳を当てる。


 面接の担当者は、情けない声で漏らした。


「CEOは、会場にお忍びでいらっしゃって……。烏野様と有透様は、仲が良いご様子だったので、と仰っていました……」


「なんだと?」



 私と、仲が良かったから?



 頭の中が真っ白になる。


 甘音が不採用になったのは、私のせい、なのか……?


 一瞬、陥りかけた。


 でも、違う。


 悪いのは私ではなく、それだけで不採用にした父だ。

 甘音の能力も見ていないくせに。

 甘音のことを、何も見ていないくせに。

 知らないくせに。


 私は、担当者に背を向けた。


「もういい」


 直接、父に聞くほかない。


 そう思い立って、父のいる部屋へ急いだ。


 ―――


「失礼します」


「入れ」


 凄みのある声。

 昔から、ずっと変わらない。


 扉を開けると、酷く綺麗な部屋が目に入った。


 父の書斎、これも昔から変わらない。


「用件は」


 父は、無駄を削ぎ落としたような人だと思う。


 簡潔を好み、周りにもそれを求める。

 そして、長ったらしい話を嫌う。


 まるで、校長先生の長い話が嫌いな、子どものようだ。


 父の機嫌を損ねないためには、なるべく簡潔に。


 それが、長く父と暮らして染みついた考え方だ。


「烏野甘音のことについて、なのですが」


 その名前を出した瞬間、父の目が鋭くなった。


 やはり、父のせいだったか。


 心の中で、舌を打った。


「父さんが不採用にしたというのは、本当ですか? なぜなのですか?」


 私が矢継ぎ早に質問を投げかけても、父は冷淡に私を見ているだけだ。


 父の口が開かれる。


 私は、ゴクリと唾を飲んだ。


「烏野甘音は、有透の友達か?」


「……はい」


 友達。


 風香以外にそう呼べる存在は、甘音くらいしかいない。


 父と話していると、毎度心臓が締め付けられる。


 それくらい、怖い人なのだ。


 次の一言が、父の表情が、どうしようもなく怖かった。


「前にも話したが、ゆくゆくは有透にこの職を譲ろうと思っている」


「……」


「そうやって、会社を背負う立場に立ったとき。お前は、親しい者がいる状況で、ちゃんと責任者ができるのか?」


「……と、言いますと」


「いずれ責任者になったとき、烏野甘音を贔屓しないか? 烏野甘音のせいで、仕事を放り出すことはないか?」


 ……は?


 何を言っているんだ、この人は。


 私が、贔屓する? 仕事を放り出す?


 そんなこと、するわけない。

 私を、信じていないのか?


「しません。そんなこと、絶対に」


「そうとは言い切れないだろう?」


 会話を重ねていくうちに、悟った。


 一度こうと決めたら、テコでも動かないのが、この父という人だ。


 ……無理だ。


 ごめん、甘音……!


 心の中は、甘音への申し訳なさでいっぱいだった。

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