第九話 「私が守る」
「ごめんなさい……!」
いつものカフェ、いつもの席。
ただいつもと違うのは、目の前の有透さんが頭を下げていることだ。
なぜ、有透さんが……。
「あ、有透さんが謝ることでは、ありませんっ! これは、私がご期待に沿えなかった、だけですから……」
少し、慌てた声音になってしまった。
私が面接に落ちたのは、有透さんのせいじゃない。
有透さんの面接の練習が悪かった、というわけではないし。
有透さんに、非はない。
が、そう言っても、有透さんの表情は冴えなかった。
「確かに、私のせいではない。甘音が面接に落ちたのは――私の、父のせいだ」
有透さんの、お父様……?
ドクン、と心臓が動いた。
何かで読んだことがある。
有透さんのお父様は、黒宮フューチャーカンパニーのCEOの、黒宮有介さんだ。
そんな人の決めたことなら、なおさら覆ることはない。
心の中で、ため息をついた。
「父は、私と甘音の仲が良いのを見て、それだけで甘音を落としたんだ」
「仲、が良いと……駄目、なのですか?」
有透さんは、少し目を伏せた。
きっと、私にはわからないような理由がある。
そんな気がした。
「父が言うには、甘音が社内にいることで、いずれ私が会社を継いだときに甘音を贔屓したり、怠けたりする可能性があるから……だそうだ」
そんな……。
有透さんは、そんなことはしない。
一年近く一緒にいる私にはわかる。
有透さんは、たとえ仲が良いからといって、私に肩入れしない。
最近お忙しいみたいで、私に構ってくれない日もあるし。
「どうにかして、有透さんのお父様を説き伏せられませんかね?」
「……父を? それは無理だ。だって、父はこうと決めたらそう簡単には動かない人だからな」
……駄目か。
はあ。
今度は、本当にため息をついた。
絶対に勝てない大きな存在へ抗うのは、恐ろしい。
何をされるかわからないし、何かをしたところで変わるわけがないし。
有透さんを見る。
そして――息を呑んだ。
私を捉えた、硝子細工のような瞳。
それが酷く綺麗で、正直な色をしていたから。
こんなに真剣な有透さんは、他に見たことがあっただろうか。
きっと、有透さんなりの策がある。
……信じよう。
私も、有透さんを見返した。
四つの瞳が、交錯する。
「私は……」
小さく、有透さんの澄んだ声が響く。
私は、その声に耳を澄ませた。
「私は、ずっと考えてきた。自分は、何をしたいのかって」
有透さんの指が、ゆっくりと組み替えられる。
有透さんの、したいこと。
それが何であっても、私は応援しよう。
それが私の、支え方だ。
「最近、答えが出たんだ。私は――」
私の目を射抜く、有透さんの瞳。
それが宝石みたいで、たまらなく綺麗だった。
有透さんの口が、小さな呼吸をして。
言葉を、放った。
「私は、甘音といたい……!」
体が、熱くなった。
大企業のお嬢様が、宝石のような女性が、私を求めている。
それが信じられなくて、ただ驚いた。
「有透、さん……。どう、して」
「どうして? ……甘音は、人一倍努力してる。なのに、評価されていない。最初は、可哀想な子だと思ってた」
可哀想な子。
誰もがそう思うだろう。
バイト先でのいじめ。
カースト最下位。
ボロボロのアパート。
まるで、泥にまみれた鼠のようだ。
「でも」
有透の声は、どこまでも澄んでいた。
空よりも、ずっと。
「一緒にいる時間が長くなっていくにつれて、それだけじゃないとわかった。甘音は、最高に気配り上手で、自分のことを後回しにする、危ない子だって」
「そんなふうに思っていたのですか……?」
「そうだよ。だから、私が守らないといけないんだ」
心臓が暴れている。
目頭が熱い。
……ちょっとは、落ち着いてほしい。
「甘音のことは、私が守る。だから、甘音がよければ、私と一緒に働こう? 私は――」
次に告げられた内容に、涙が引っ込んだ。
そ、そんなことができるんですか⁉︎
「――私の計画に、付き合ってくれる?」
まるで、愛の告白のような台詞。
それに反して有透さんの顔は、悪だくみをするかのように、邪悪な笑みをたたえていた。
悪魔みたい。
けれど……。
「……いいですよ」
そう返事をして、私は有透さんの手を包み込んだ。
そんな有透さんだから、私も放っておけない。
だって、目を離したら何をするか、わからないから。




