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第五話 お友達

「ちょっと、着いてこないでって言ってるでしょ……!」


「えー、別にいいじゃん」


 外から、彼女の珍しく慌てたような声が聞こえた。


 あの日から、一週間が経った。


 れいれいは、アフタヌーンでのバイトを辞めた。

 きっと、一年間店を引っ掻き回した罰だろう。


 まあ、あの子なら次の職場くらい、簡単に見つけられるだろうけど。


 れいれいに合わせていた子たちも、落ち着いたみたいだ。


 一年前の平穏なアフタヌーンが、帰ってきた。


 ……のだが。


 外では、まだ女性たちの言い合いが続いている。

 ……どうか、したのだろうか。


 私は、外まで彼女らを迎えにいった。


「おかえりなさいませ」


「おっ、あまねんじゃん。久しぶりー」


 そこにいたのは、長身の女性と、子どものような女性。


 私は、そのどちらも知っていた。


「フカちゃんお嬢様! お久しぶりのお帰り、ですよね」


 背の低いほうの女性は、アフタヌーンに昔来たことがある、フカちゃんという。

 フカちゃんは、知らない人から見たら中学生くらいにしか見えない。


「え、知り合いだったの……?」


 驚いている長身の女性は、アリスさん。


 私からしたら、そこの二人が知り合いだということのほうがびっくりだ。


「お二人こそ、お知り合いだったのですか……?」


 私か問うと、フカちゃんがニコリと歯を見せて笑った。


「そだよー。私がここを勧めたんだ。同じ大学の三年生なの」


「わ、同い年だったんだ」


 驚いた。


 同い年にしては大人っぽいアリスさんと、同い年にしては子どもっぽいフカちゃん。

 同学年だとは、思わなかった。


 驚いたのは、向こうも同じだったみたいだ。


 アリスさんは小さく、フカちゃんは大きく目を見開いている。


「同い年? え、お友達になりたい!」


「お、お友達、ですか? それは、ちょっと……」


 私は、背後の店を一瞥して口ごもる。


 店のルールで、お客さんと仲良くなってはいけないのだが……。


 でも、友達が少ない私にとって、「友達」というワードはすごく魅力的だ。


 本当は、このチャンスを逃したくない……!


「知ってるよ。ご主人様と仲良くしちゃいけないんだよね」


 フカちゃんが、フッと笑ってスマートフォンを差し出す。


 画面には、トークアプリの二次元コードが映っていた。


「ここは、店の中じゃない、でしょ?」


 悪戯っぽくウインクするフカちゃんと、彼女のスマートフォンを見比べる。


「……もう、しょうがないですね」


 自分のスマートフォンを、彼女のスマートフォンにかざした。


「ここは、店内ではありませんから」


 人差し指を立てて、スマートフォンをポケットにしまう。


 彼女たちと内緒の共有をしているみたいで、少し胸が高鳴った。


 ―――


「ただいま……誰もいないけど」


 バイトが終わり、自宅に着くと、もう夕方だった。


 なんとなく、床に寝転んだ。

 そのままスマートフォンを取り出し、なんとなくトークアプリを開いた。


 本当に、追加されている。


 連絡先リストの上のほうには、「風香」というアカウントが追加されていた。

 フカちゃんのことだ。


「こういうときって、挨拶したほうがいいのかな……」


 トークアプリに、慣れてなさすぎる。


 とりあえず、「よろしくお願いします」といううさぎのスタンプを送った。


 冷たいフローリングが、熱くなった体に心地いい。

 ここには、クーラーもないから。


 しばらくすると。


 ブーン、とマナーモードにしていたスマートフォンが震えた。

 通知が来たのだろう。


 持ち上げて見てみると、「同い年(仮)」というグループに、私が追加されていた。


 メンバーは、「甘音」、「風香」、そして「有透」。


 バクバク、と心臓が鳴っていた。



 「有透」。



 アリスさんのことだろうか。


 そんなことを考えていると、次々とメッセージが届いた。



風香:とりあえずグループ作ってみた


有透:よろしくお願いします、あまねんさん



 カッ、と体温が上がる。


 「あまねん」、と呼ばないでください……!


 店にいるときは、なんとか耐えられる。

 「烏野甘音」ではなく「あまねん」だ、とスイッチが切り替わっているから。


 でも、完全にプライベートのときに「あまねん」と呼ばれるのは、やっぱり無理だ……。


 無意識に、バタ足をしていた。

 文字を打つ手が、速度を増していく。



甘音:本名は烏野甘音といいます

甘音:ぜひ本名で呼んでください……


風香:りょ〜


有透:わかりました、甘音さん



 返信が届いた瞬間、なぜか胸の奥が動いた。

 ドクン、ドクン、と。


 名前、呼んでくれた……な。


 なんか、嬉しいかも……。



有透:では、私のことも黒宮有透(くろみやありす)と呼んでください


風香:私も、菊地風香(きくちふうか)って呼んでー!



 じんわりと、冷やされた体が温まっていく。


 二人の本名が、ずっしりと胸の奥に沈んでいく。


 黒宮有透、菊地風香。


 その二つの名前が、たまらなく愛おしく感じられた。



風香:なんか、親睦を深める会やらない?


甘音:いいですね!


風香:三人で遊び行こー


有透:了解



 親睦会の段取りは、風香さんのおかげで、テンポよく決まった。



風香:中野VR遊園地、来週日曜日、十時集合!



 そんな会話を最後に、私はスマートフォンを閉じた。


 気づいたら、口元が緩みまくっていた。


 ……誰もいなくて、よかった。


 ―――


 日曜日の朝。


 私たちは、中野VR遊園地に来ていた。


 遊園地、という単語だけでも気分が高揚するのに、着いたら高ぶりが抑えられないのではないか……。

 そんな心配は、杞憂に終わった。


「へー、ほんとに室内型なんだ」


 隣で、風香さんが呟く。


 そう、中野VR遊園地は、建物だけ見るとただのビルだったのだ。


 拍子抜けするような感覚と共に、頭の中がハテナで埋め尽くされていく。


 ここが、本当に遊園地?


 とりあえず建物の中に入ると、「遊園地へようこそ」という電子看板に迎えられた。


 もう、ここからハイテクな感じだ。


 先に体験している人がいるらしく、そこから先は進めなかった。


「待ち時間に、見る?」


 風香さんが、スマートフォンでこの遊園地のホームページを表示させる。


 ざっと見ていくと、この遊園地は最新VR技術を駆使した、室内型遊園地だということがわかった。


 VRゴーグルなどを装着して、遊園地を体験するのか。

 新しくて、楽しそうだ。


 さらに下へスクロールしていくと……。



 運営会社

 黒宮フューチャーカンパニー



 ん? 黒宮……?


 視線が、すーっ、と有透さんの方へ動く。


 確か、有透さんって……。


「あーそう、この遊園地、有透の実家が運営してるんだ」


「えっ、有透さん、黒宮フューチャーカンパニーの、娘さんだったのですか⁉︎」


「驚きすぎです」


 そっぽを向いていた有透さんが、こちらを見る。


 でも確かに、仕草が優雅だし、服も私のと比べ物にならないくらい高そうだし、煌びやかな雰囲気を纏っているし……。

 納得、といえば納得だ。


 今まで「アリスお嬢様」と呼んできたが、まさか本物のお嬢様だったとは。


 それが、少し滑稽だった。



 その後、私たちはVR空間を堪能した。


 何年かぶりの、お友達とのお出かけだった。


 しかも、料金は有透さんがいたおかげでゼロ円。

 お嬢様の力、さすがだ。



「今日は、楽しかった? ……甘音」


 ……え。


 今、私のことを、呼び捨てで……。

 タメ口にもなっているし。


「ああ、いや、その……同い年に敬語でさん付けって、落ち着かなくて……」


 もごもごと言い訳をする、有透さん。


 ふと、笑みが溢れた。


「なっ、おかしかったか?」


「そういうわけではありません」


 今のしゃべり方のほうが、有透さんらしく感じて。

 私は、好きだ。


「さ、帰りましょう!」


「そうだな」


 私たちは、笑顔で歩き始めた。


 だから、後ろから風香さんの生温かい視線が向けられていることになんて、気づきもしなかった。

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