第一話 出会い
「おかえりなさいませ〜」
甲高い、女性の声。
私の周りにいる人は、全員白黒のメイド服に身を包んでいる。
本物のメイドのようだけれど、実はそうではない。
ここは、メイド喫茶。
店は屋敷、店員はメイド、客はご主人様というコンセプトの喫茶店だ。
メイド喫茶に入ることを、「帰宅」という。
「おかえりなさいませ」というのは、他の店でいう「いらっしゃいませ」だ。
前に来たお客さんによると、この店はメイド喫茶の中でも比較的静か、らしい。
まあ、最近は……少し、騒がしいが。
私も周りと同じく、フリフリのメイド服に身を包んでいる。
この格好が似合わないのは、わかっている。
それなのに、私はこんなところで働き続けている。
およそ、二年以上も。
……それには、わけがあるのだ。
私は烏野甘音、二十一歳。
大学三年生。
数年前、父の会社が倒産してからというもの、私たち家族は貧乏な生活を送っていた。
新潟にある実家から出て、今は東京に一人暮らし。
東京の大学に通わせてもらっているが、正直かなりギリギリ。
今住んでいるアパートも、お世辞にも綺麗とは言えない、安っぽいところだ。
実際、家賃も安い。
東京に来たばかりの頃、私は生活費を稼ぐべく、バイト先を探していた。
そこで、ここ中野にある、大学にも近いバイト先を見つけたのだ。
「時給、千二百円。……うん、いいかも」
なんて思っていた自分が、馬鹿みたいだ。
そのバイト先がここ、メイド喫茶「アフタヌーン」。
初めてメイド服に身を包んだときは、恥ずかしいやら何やら、よくわからない感情が襲ってきた。
メイドとしての名前も、「あまねん」というふざけたような名前になり、その名で呼ばれたときは羞恥心に駆られたものだ。
とはいえ、ここは本格クラシック系メイド喫茶。
ワイワイガヤガヤが得意ではない私にはありがたい環境だったし、段々と慣れてきて、同じバイトの子たちも仲良くしてくれて、なかなか楽しい空間になった。
――一年前までは。
今からおよそ一年前、メイド喫茶「アフタヌーン」に新入りが入ってきた。
名前を、「れいれい」という。
本名は知らない。
私も、最初は先輩として彼女を受け入れた。
……のだが。
「あー、あまねんセンパイ? わたしあのご主人様ヤだなぁ。代わってもらっていいですか?」
「センパイ、皿洗いしといてください」
「センパイの私服、めっちゃ地味ですね〜」
思い出されるのは、彼女から受けてきた言葉の数々。
彼女の性格には、ものすごく難があったのだった。
大人しい子の多いアフタヌーンには、今までいなかったようなタイプだ。
最初は、「自分の仕事でしょ」「あなたには関係ない」と言い返していた。
でも。
あるとき、アフタヌーンで一番仲の良い子が、れいれいに取られた。
「このあとカラオケ行かない?」
「いいね、行こう」
彼女は楽しそうに笑って、れいれいの後ろをついていった。
れいれいは、私を振り返って、勝ち誇ったように笑っていた。
そのあと、私は動けなかった。
ここは、地獄ですか。
そう思った。
結局、私に味方なんていない。
全て、れいれいに奪われてしまったから。
れいれいはきっと、周りの人の上に立つような子なのだろう。
今は高校生らしいが、きっと一軍女子なんだろうな。
……高校時代、カースト最下位だった自分とは、関わることもない存在。
抗うことも許されない、絶対的王者。
その頃からずっと、今だって、私はれいれいの使いやすい駒だ。
こんな日常、いい加減嫌気がさす。
テーブルを拭きながら、店内を眺める。
今日も、たくさんのご主人様が来ている。
そのご主人様たちは、みんなれいれいが目当てなのだろう。
そうでない人もいるが、私目当ての人はいない。
れいれいと私には、差がありすぎる。
……何も、かもが。
長い前髪の隙間から、ご主人様と完璧な笑顔でチェキを撮影しているれいれいを見た。
れいれいは、アフタヌーンで一番人気のメイドだ。
そして私は、一番不人気のメイド。
最下位の人間は、上位の人間に使い倒されて当たり前。
今までの経験から、そんなことを学んだ。
心に、どんよりとした靄がかかる。
あと、一年。
靄を取り払うように、心の中で呪文を呟く。
来年には、私は大学を卒業する。
そして、新潟に帰る。
そうしたら、この職場からもおさらばだ。
テーブルに置いてあったグラスを下げるため、キッチンへと歩いていく。
そのときだった。
カランカラン
ドアベルが鳴る。
私は、ゆっくりと振り返った。
そこには、一人の女性が立っていた。
風でふわりと揺れる、色素の薄い髪。
上品な白いブラウス。
タイトな黒のスカート。
全てが完璧だと思うような、美しい女性だ。
息を呑むほど、視線が吸い込まれるほど。
その女性に、釘付けになっていた。
これが、私と黒宮有透の出会い。
そして、運命の始まりだった。




