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蒼の瞳は、すべてを知っている。  作者: 消す者(イレイザー)
第一章【塔へ】

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03.森

 森へ行く朝は、いつもより少しだけ早く目が覚める。

 アルトリウスは家の前で、父アーマンが馬具を整えるのを眺めていた。


「父さん、今日は何を狩るの?」


「森に入ってから決める。獲物のいる場所も、その日の森の様子も違うからな」


「今日は俺も何か狩れるかな」


「焦るな。まずはよく見て学ぶことだ」


 そう言われても、アルトリウスの胸は期待でいっぱいだった。


 前に森へ連れていってもらった日から、弓の構え方や足跡の見方を何度も練習してきた。

 父に教わったことを忘れないように、寝る前にも頭の中で繰り返していた。


 今日は、何か一つでも自分の力でやってみたい。


「お、坊主。今日こそ獲物を仕留める気か?」


 村の入口では、マルヒが弓を肩にかけて待っていた。


「はい!」


「いい返事だ。まあ、獲物の方が坊主を待ってくれるとは限らないけどな」


「マルヒ、余計なことを言うな」


 大剣を背負ったジャイガが、短く口を挟む。


「はいはい。今日もお堅いことで」


 マルヒは笑い、アルトリウスの頭を軽く叩いた。


 四人は馬に乗り、村を出た。


 森までの道は、前に来た時と変わらない。

 草原を抜け、木々が近づき、やがて木漏れ日の差す森の入口へとたどり着く。


 けれど、森に入った途端、アーマンの表情が少しだけ変わった。


「……妙だな」


 鳥の声が少なく、獣の気配も薄い。


 マルヒも冗談を口にせず、周囲を警戒していた。


「足跡はあるのに、いつもの場所に姿を見せない。何かから逃げてるみたいだ」


「まだ分からん。今日は無理をしないぞ」


 アーマンはそう言い、森の奥へ目を向けた。


 アルトリウスにも、普段とは違う空気が伝わってきた。


 _____________


 しばらく森を進んだ頃、アーマンが足を止めた。


 少し先の木々の間に、小鹿が一頭いた。


 まだ体の小さな鹿だった。

 草を食み、ときおり顔を上げて周囲を見ている。


「アルトリウス」


 父が静かに呼んだ。


「はい」


「今度は、お前がやってみるか」


 アルトリウスの胸が大きく跳ねた。


「俺が?いいの?」


「ただし、無理だと思ったらすぐにやめていい。獲物を仕留めることより、自分の身を守ることが先だ」


「分かった」


 アーマンはアルトリウスに短い弓を渡した。

 まだ子供の体に合わせたものだが、弦を引くには十分な力が必要だった。


「風を見ろ。あの鹿に気づかれないように、ゆっくり近づくんだ」


 アルトリウスは頷いた。


 一歩。

 また一歩。


 足元の枝を踏まないように、草を揺らさないように。

 教わったことを思い出しながら、慎重に距離を詰める。


 小鹿が顔を上げた。思わず息を止めた。


 目が、合った気がした。


 小鹿の耳が動く。

 その瞬間、アルトリウスの指先に力が入りすぎた。


 弓を引く。

 狙いが揺れる。


 _____落ち着け。


 父の声が頭の中によみがえる。


 長くそして細く息を吐いた。もう一度弓を引いた。


 矢が放たれた。


 しかし、矢は小鹿の体をかすめ、地面に突き刺さった。


 小鹿が跳ねるように走り出す。


「待て!」


 思わず声が出た。


「アルトリウス!」


 アーマンの制止を聞きながらも、アルトリウスは小鹿の後を追っていた。


 すぐに追いつけると思った。

 けれど、小鹿は驚くほど速かった。


 木々の間を縫うように走り、低い枝をくぐり、斜面を駆け上がる。

 何度も枝に頬をかすめ、足を取られそうになりながら追いかけた。


 やがて、小鹿が木の根に足を取られた。

 その隙に、距離を詰める。


 だが、小鹿は倒れたままではなかった。


 立ち上がろうと身をよじり、角のまだ小さな頭をこちらへ向ける。

 怯えた目。

 荒い息。

 必死に逃げようとするその姿に、足を止めた。


 怖かった。


 小さな獲物だと思っていた。

 けれど、目の前にいるのは生きている獣だった。


 近づけば蹴られるかもしれない。

 角に突かれるかもしれない。

 何より、その目が自分を見ていた。


「……ごめん」


 何に謝ったのか、自分でも分からなかった。


 小鹿が再び立ち上がろうとする。


 アルトリウスは短刀を握りしめた。

 手が震えている。


 仕留めなければ。

 けれど、怖い。


 その時、後ろからアーマンの声が聞こえた。


「アルトリウス! 無理をするな!」


 父の声に、アルトリウスは一瞬だけ振り返った。


 そのわずかな隙に、小鹿が身を起こし、彼へ向かって突進してきた。


「っ!」


 アルトリウスは横へ転がった。

 小鹿の体がすぐそばを通り過ぎる。


 地面に背中を打ちつけ、息が詰まった。

 短刀を握る手が土にまみれる。


 小鹿もまた、すぐには立ち上がれなかった。


 起き上がり、距離を取る。


 逃げるべきか。

 父を呼ぶべきか。


 けれど、目の前の小鹿は傷つきながらも、まだ立とうとしていた。


 もう一度ギュッと短刀を握り直した。


 今度は、目をそらさなかった。


 父に教わったことを思い出す。

 焦らないこと。

 相手の動きを見ること。

 そして、仕留めると決めたなら、迷い続けないこと。


 小鹿の動きを見極め、慎重に近づく。


 そして、短刀を振るった。


 小鹿の体から力が抜けていく。


 森に、静けさが戻った。

 アルトリウスはその場に立ち尽くした。


 初めて、自分の手で獲物を仕留めた。


 嬉しいはずだった。

 父に褒めてもらえるはずだった。


 けれど、胸の中に広がったのは、思っていたものとは違う感情だった。


 小鹿の目から光が落ちていく。ジタバタと抵抗していた目の前の小鹿は、もう動かない。


 さっきまで走り、逃げ、必死に生きようとしていた命が、今は静かに横たわっている。


「……俺が、殺したんだ」


 その言葉を口にすると、手の震えが戻ってきた。


 アーマンが追いつき、アルトリウスの肩に手を置く。


「怪我はないか」


「……うん」


「よくやった」


 父の声は、いつもと変わらず穏やかだった。


 アルトリウスは小鹿を見たまま、尋ねた。


「父さん。これで、よかったのかな」


 アーマンはすぐには答えなかった。


 やがて、小鹿のそばに膝をつき、静かにその体へ手を添える。


「狩りは、命を奪う仕事だ。どれだけ慣れても、それを忘れてはいけない」


「……うん」


「獲物にも命がある。怖がり、逃げようとし、生きようとする。今日、お前はそれを知った」


 アーマンはアルトリウスを見た。


「だから、獲った命を無駄にするな。感謝して、村へ持ち帰ろう」


 アルトリウスは小鹿の前にしゃがみ込んだ。


「ありがとう」


 それは、誰に教わったわけでもなく、自然と口から出た言葉だった。


 ______________


 小鹿を運ぶ準備をしていると、マルヒとジャイガも追いついてきた。


「無事だったか!」


 マルヒが駆け寄る。


「はい。少し転んだけど、大丈夫です」


「そうか。初めての獲物にしちゃ、ずいぶん大きな相手だったな」


 マルヒは小鹿を見て、少しだけ表情を引き締めた。


 ジャイガは何も言わず、アルトリウスの腕や足に怪我がないかを確かめる。

 それから、小鹿を運ぶために手を貸した。


「今日はここまでにしよう」


 アーマンが言った。


「まだ昼前だぞ?」


 マルヒが尋ねる。


「森の様子が気になる。備蓄もまだまだあるしアルトリウスも初めての獲物を仕留めた。十分だ」


「……そうだな」


 マルヒは森の奥を見た。


 木々の向こうは、いつもと変わらないように見える。

 けれど、風が吹いても鳥の声が少ない。

 獣の気配も、どこか遠い。


「最近の違和感、気のせいじゃないかもしれないな」


「まだ決めつけるな。だが、しばらくは注意しておこう」


 アーマンはそう言うと、アルトリウスの肩に手を置いた。


「今日は早く帰るぞ」


「はい」


 アルトリウスは小鹿を振り返った。


 初めて自分で仕留めた獲物。

 その重さは、思っていたよりずっと大きかった。


 _______________


 村へ戻ったアルトリウスは、仲間たちに小鹿を仕留めたことを話した。


 カイルは目を丸くし、ノアは驚いたように口を開けた。

 エルナは「怪我はなかった?」と真っ先に尋ね、ミレイアは小鹿を見て静かに頷いた。


「すごいじゃん!」


 カイルが声を上げる。


「本当にアルトリウスが仕留めたの?」


「うん。大変だったけど」


「へえ。やるじゃん」


 その様子を、少し離れた場所からロイドたちが見ていた。


「ふうん。小鹿を一匹ねえ」


 ロイドが近づいてくる。


「父ちゃんたちが弱らせたんじゃないのか?」


「違うよ。俺が仕留めた」


「本当かよ。大人がそばにいたんだろ?」


「そばにはいたけど、最後は俺がやった」


「へえ。じゃあ、もう一人前の狩人ってわけだ」


 ロイドの声には、からかうような響きがあった。


 アルトリウスは少し眉を寄せた。


「一人前なんて言ってないよ」


「だったら証明してみろよ」


「何を?」


「森に入って、兎の一羽でも獲ってこいよ。できるんだろ?」


「ロイド、やめなよ」


 エルナが間に入る。


「危ないよ。森には大人と行くものだって決まってるでしょ」


「お前には聞いてない」


 ロイドはアルトリウスを見た。


「口だけじゃないってところ、見せてみろよ」


 アルトリウスは言い返そうとした。


 けれど、隣にいたカイルが先に口を開いた。


「いいじゃん。兎くらい、俺たちでも獲れるだろ」


「カイル!」


 ノアが慌てて声を上げる。


「駄目だよ。森は危ないって、アーマンさんたちも言ってたじゃないか」


「分かってるって。すぐ戻ればいいんだろ?」


 カイルは笑いながらアルトリウスを見る。


「行こうぜ。二人なら大丈夫だって」


 アルトリウスは迷った。


 父から、森の様子がおかしいと聞いている。

 今日は早く切り上げた理由も知っている。


 それでも、ロイドたちの前で何もできないと言われたことが、胸に引っかかっていた。


「……兎を一羽だけだ」


「よし、決まり!」


 カイルは勢いよく頷いた。


「待って、二人とも!」


 エルナの声が追いかけてくる。


 けれど、アルトリウスとカイルは村の外れへ走っていった。


 その背中を、ノアが不安そうに見つめていた。


 ⸻


 二人の姿が見えなくなってから、ノアはしばらくその場に立ち尽くしていた。


「……どうしよう」


「大人に知らせよう」


 ミレイアが言った。


「でも、二人が怒られるよ」


「怒られる方がいい。何かあってからじゃ遅い」


 その言葉に、ノアは唇を噛んだ。


 少し迷ってから、彼は村の奥へ駆け出した。


 _____________


 森へ入った二人は、最初こそ順調だった。


 カイルは弓を持ち、アルトリウスは短刀を腰に差している。

 大人たちに教わった足跡の見方を頼りに、兎の通り道を探した。


「見つけた!」


 カイルが小声で叫ぶ。


 茂みの向こうに、兎が一羽いた。


 カイルは弓を構えた。

 だが、矢は兎のすぐ横を通り抜け、木の幹に刺さる。


 兎は一目散に逃げていった。


「くそっ、惜しい!」


「惜しくないよ。外れてた」


「うるさいな。次は当てる!」


 二人はまた足跡を探し始めた。


 一羽。

 もう一羽。


 何度か失敗を繰り返した後、ようやく二人は兎を仕留めた。


「やった!」


 カイルが小さく拳を握る。


「これで一羽だな」


「もう一羽くらい獲ろうぜ。ロイドたちに見せるなら、三羽くらいあった方がいい」


「でも、そろそろ戻らないと」


「大丈夫だって。もう少しだけ」


 アルトリウスは空を見上げた。


 木々の隙間から見える日差しは、少し傾き始めていた。


「……本当に、もう少しだけだからな」


 その後、二人はさらに二羽の兎を仕留めた。


 気がつけば、森の中は薄暗くなり始めていた。


「帰ろう、カイル」


「ああ。さすがに遅くなったな」


 二人は兎を抱え、来た道を戻ろうとした。


 けれど、森の中は昼間と景色が違って見える。

 木々の影が長く伸び、いつも見ていたはずの道が分かりにくくなっていた。


「……こっちだったよな?」


 カイルが不安そうに尋ねる。


「たぶん」


 アルトリウスは答えたが、自信はなかった。


 二人は歩き続けた。

 けれど、なかなか森の出口へたどり着かない。


「アルトリウス、道間違えたんじゃないか?」


「そんなことない。こっちで合ってるはずだ」


 そう言いながらも、胸の奥に不安が広がっていく。


 やがて、日が落ち始めた。


 ____________


 村では、二人が戻らないことに気づいた大人たちが集まり始めていた。


「まだ帰っていないのか?」


 アーマンが尋ねる。


 ノアはうつむきながら頷いた。


「ごめんなさい。止められなかった……」


「二人は森へ行ったのか?」


「はい。ロイドたちに煽られて……兎を獲ってくるって」


 アーマンの表情が険しくなる。


「どうしてすぐに知らせなかった」


「怒られると思って……でも、やっぱり心配で」


 ノアの声が震えた。


「……森へ入ったのは、いつだ?」


 アーマンはノアの肩に手を置き、問い直した。


「昼過ぎです……」


 アーマンは森の方へ目を向けた。


 昼過ぎに入ったのなら、もう戻っていてもおかしくない。

 それなのに、二人は帰ってこない。


 今日の森は、いつもと違った。

 鳥の声が少なく、獣の姿も見えなかった。原因は分からないが、何かがおかしい。


 そんな場所に、子供二人だけで入った。


「……まずいな」


 アーマンが低く呟いた。


 いつもの落ち着いた声とは違っていた。


「マルヒ、ジャイガ!」


 二人を呼ぶ声に、思わず力がこもる。


 すぐに駆け寄ってきた二人も、アーマンの顔を見て表情を変えた。


「アルトリウスたちが戻っていない。森へ入ったらしい」


「何だって?」


 マルヒの顔から笑みが消えた。


「今日の森に、子供だけで入ったのか……」


 ジャイガは短く息を吐き、背中の大剣を確かめた。


「急ごう」


 アーマンは村の男たちへ向き直った。


「森へ探しに行く。マルヒ、ジャイガ。お前たちは東側を頼む。俺は西へ回る」


「分かった」


「松明を持っていけ。暗くなる前に見つけるぞ」


「アーマン、待て。二人がどこから入ったか、分かるのか?」


 マルヒが尋ねた。


「村の東側だと聞いた。まずはそこから探す。足跡が残っていれば追えるはずだ」


 アーマンはそう答えたが、すでに森の方へ歩き出していた。


「おい、アーマン!」


 マルヒが呼び止める。


「一人で先に行くな。俺たちもすぐに行く」


 アーマンは一瞬だけ足を止めた。


「……悪い」


 声がかすれていた。


 まだ10年しか経っていないが息子のことになると、冷静でいられない自分がいる。

 それでも、今は焦っている場合ではなかった。


 三人は手分けして森へ向かった。


 アーマンは走りながら、何度も息子の名を呼んだ。


「アルトリウス!」


 返事はない。


 いつもなら聞こえてくる鳥の声も、今日はほとんど聞こえなかった。


 その静けさが、かえって不安を煽る。


 森の様子がおかしいと感じていた。

 だからこそ、早く切り上げた。


 それなのに。


「アルトリウス……!」


 父の声が、夕暮れの森に響いた。


 ________________


「おーい! アーマン!」


 遠くから、マルヒの声が聞こえた。


「こっちだ!」


 アーマンは声の方へ走った。


 そこには、木の根元に座り込むアルトリウスと、その隣で兎を抱えているカイルがいた。


 二人とも大きな怪我はない。

 だが、服は泥だらけで、顔には疲れが浮かんでいた。


 アルトリウスの腕には、兎が一羽。

 カイルも二羽を抱えている。


「父さん……」


 アーマンは二人の前で足を止めた。


 無事な姿が目に入った瞬間、全身から力が抜けそうになった。


 よかった。

 本当に、よかった。


 だが、その安堵の直後、抑えていた怒りがこみ上げた。


「何を考えている!」


 森に響くほどの声だった。


 アルトリウスの肩がびくりと跳ねる。


「勝手に森へ入るなど......!今日は森の様子がおかしいから早く帰ったんだぞ!」


「ごめんなさい……」


「謝れば済む話じゃない! お前たちに何かあったらどうするつもりだった!」


 カイルも俯いた。


「俺が誘ったんです。すみません」


「誘ったから何だ。アルトリウスも、自分で行くと決めたんだろう」


「……はい」


 アーマンは二人を見つめた。


 怒鳴り続けたいわけではなかった。

 無事でよかった。

 本当に、それだけでよかった。


 けれど、二人はまだ子供で、分かっていない。


 森は遊び場ではない。

 獲物を追うということは、自分たちもまた森の中にいる生き物(獲物)になるということだ。


「森で何かあったら、どうするつもりだった」


 アルトリウスは答えられなかった。


「道に迷ったら? 獣に襲われたら? 怪我をして動けなくなったら?」


「……ごめんなさい」


「次はないぞ」


 アーマンの声は、先ほどより低くなっていた。


「二度と、黙って森へ入るな」


「はい」


 そこへマルヒとジャイガもやってきた。


「まったく、心配させやがって」


 マルヒは二人の無事を確かめると、大きく息を吐いた。


「兎を三羽も獲ったのか。そりゃあ、頑張ったな」


「マルヒ」


 アーマンが睨む。


「分かってるよ。今は褒める時じゃないな」


 ジャイガは二人の前にしゃがみ、怪我がないかを確かめた。

 それから、アルトリウスとカイルの頭に大きな手を置いた。


「無事でよかった」


 短い言葉だった。


 その言葉に、アルトリウスはようやく、自分たちがどれほど心配をかけたのかを理解した。


 ___________


 村へ戻る頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。


 カイルの母親たちや村人が、二人の姿を見て安堵の声を上げる。

 ノアは駆け寄ってきて、アルトリウスの服をぎゅっと掴んだ。


「本当に、よかった……」


「ごめん、ノア」


「もう、勝手に行かないでよ」


「うん」


 エルナも、怒ったような顔で二人を見ていた。


「心配したんだから」


「ごめん」


 カイルも小さく頭を下げる。


 ロイドたちは少し離れたところにいた。

 アルトリウスとカイルが兎を三羽持ち帰ったことに驚いているようだったが、何も言わなかった。


 アーマンは二人から兎を受け取った。


「獲物を獲ったことは分かった。だが、今日のことを褒めるつもりはない」


 アルトリウスは頷く。


「分かってる」


「分かっているならいい」


 アーマンはしばらく二人を見つめた。


 それから、深く息を吐く。


「……だがな」


「?」


「知らないところで勝手に森へ行かれるよりは、俺たちの目の届くところで学ばせた方がいいのかもしれない」


 マルヒが眉を上げる。


「おいおい、アーマン。まさか」


「もちろん、今日のような勝手は許さない。だが、二人とも森へ行く気があるのは分かった」


 アーマンはアルトリウスとカイルに向き直った。


「これからは、俺たちがいる時に限って、本格的に狩りを教えてやる」


「本当!?」


 アルトリウスの顔がぱっと明るくなる。


「ただし、約束がある」


「何でも守る!」


「勝手に森へ入らない。大人の指示を聞く。危険を感じたら、獲物を諦めてでも戻る」


「はい!」


 カイルも勢いよく頷いた。


「俺も!」


「返事だけは一人前だな」


 マルヒが呆れたように笑う。


 ジャイガは静かに頷いた。


「教えるなら、まずは森で迷わないことからだ」


「それは大事だな」


 アーマンは二人を見つめた。


「今日、お前たちは兎を三羽獲った。だが、それ以上に大事なことを覚えたはずだ」


 アルトリウスは、森の中で感じた不安を思い出した。


 暗くなる木々。

 分からなくなった道。

 帰れなくなるかもしれないという恐怖。


「……森は、思っていたよりずっと怖かった」


「そうだ。森は優しくも、都合よくもない。だから学ぶんだ」


 アーマンは、少しだけ表情を和らげた。


「明日から、また稽古をするぞ」


「うん!」


 アルトリウスは力強く頷いた。


 その紫の瞳には、夕暮れの名残の光がわずかに映っていた。瞳の奥に淡い蒼がさす。


 けれど、今は誰もそれに気づかない。


 村の人々の笑い声が戻り始める。

 その夜、アルトリウスは父に叱られたことを何度も思い返しながら、いつもより早く眠りについた。


 森の奥に残る違和感を、大人たちはまだ誰にも説明できずにいた。

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