第9話:星を喰う理由
静寂が,長く続いた.
灰は床に膝をついたまま,動けなかった.
思い出してしまった.
すべてを.
そして,同時に理解してしまった.
取り返しがつかないことを.
「……どうして」
かすれた声が漏れる.
顔を上げる.
「どうして,止めなかったの」
その問いは,責めるものではなかった.
ただの疑問だった.
自分自身に向けたものでもある.
だが,王は答えた.
「止めたところで,結果は変わらない」
淡々とした声だった.
「すでに崩壊は始まっていた」
灰は歯を食いしばった.
「でも……今は違うでしょ」
「違わない」
即答だった.
「お前が作ったこの仕組みは,今も動き続けている」
王はゆっくりと,巨大な灰色の結晶へ視線を向ける.
「記憶は流れ込み,混ざり,壊れていく」
「それを放置すれば,世界は耐えられない」
静かに言った.
「だから,俺が喰う」
その言葉に,嘘はなかった.
ただの機能.
ただの役割.
「……それしか方法はないの?」
灰の声は震えていた.
王はしばらく黙っていた.
そして,わずかに目を伏せる.
「あるかもしれない」
意外な答えだった.
灰は思わず顔を上げる.
「でも,試していない」
「どうして?」
王はゆっくりと灰を見た.
「お前がいなかったからだ」
その言葉が,胸に落ちる.
「……私?」
「ああ」
王は一歩近づいた.
「この世界を作ったのはお前だ」
「だから,壊し方も知っているはずだ」
灰は何も言えなかった.
だが,確かに感じていた.
どこかに,まだ残っている.
方法が.
「……一つ,ある」
やがて,灰は小さく言った.
王も,レオンも,その言葉に反応する.
「全部,戻すの」
ゆっくりと立ち上がる.
巨大な結晶を見上げる.
「一つにしたものを,全部分ける」
王の目がわずかに細くなる.
「理論上は可能だな」
「でも――」
そこで言葉を切る.
覚悟が必要だった.
「そのためには,この核を壊さないといけない」
灰色の結晶を指さす.
「これが壊れたら,どうなる?」
レオンが低く尋ねる.
灰は静かに答えた.
「全部,解放される」
「記憶も,感情も……全部」
「でも,同時に――」
言葉が重くなる.
「制御がなくなる」
王が引き取るように言った.
「そう」
灰はうなずく.
「だから,誰かが受け止めないといけない」
空気が張り詰める.
その意味は,明白だった.
「……まさか」
レオンが低くつぶやく.
灰は,静かに言った.
「私がやる」
迷いはなかった.
「ふざけるな」
即座にレオンが否定した.
「そんなの,人間が耐えられるわけないだろ!」
「分かってる」
「分かってて言ってんのか!」
怒りがにじむ声だった.
だが,灰は目を逸らさなかった.
「私しかできない」
静かに言った.
「これは,私が始めたことだから」
レオンは何も言えなかった.
拳を強く握る.
何か言いたいはずなのに,言葉が出ない.
「……本気か」
王が問う.
灰はうなずいた.
「うん」
王はしばらく黙っていた.
やがて,小さく息を吐く.
「変わらないな」
どこか,懐かしむような声だった.
「昔から,そういうやつだった」
灰は少しだけ苦笑した.
「覚えてないけどね」
「そうか」
王もわずかに笑った.
ほんの一瞬だけ,人間らしい表情だった.
「……じゃあ,条件がある」
王は言った.
「何?」
「俺も使え」
灰は驚いた.
「え?」
「核を壊す瞬間,大量の記憶が解放される」
「その一部は,俺が喰う」
レオンが顔をしかめる.
「それじゃ意味ないだろ」
「全部は無理だ」
王は冷静に言った.
「だが,負担は減る」
灰は少し考えた.
そして,うなずく.
「……分かった」
静寂が戻る.
すべてが決まった.
後戻りはできない.
灰はゆっくりと結晶に近づいた.
手を伸ばす.
灰色の光が,呼応するように強く輝いた.
まるで,待っていたかのように.
「……最後に一つ」
レオンが言った.
その声は,いつもより低かった.
灰は振り返る.
「名前,どうする」
その問いに,一瞬だけ時間が止まる.
灰は少し考えた.
そして,静かに言った.
「いらない」
微笑む.
「どうせ,全部になるなら」
レオンは何も言えなかった.
ただ,目を逸らした.
灰は再び前を向く.
結晶に手を触れた.
「……始めるよ」




