第8話:真実の記録
光に飲み込まれた瞬間,世界が崩れた.
灰の意識は,どこか別の場所へ引きずり込まれる.
――白い部屋.
整然と並ぶ装置.
無数の管と,浮かぶ光の結晶.
そこに,一人の少女がいた.
今の灰と同じ顔.
だが,目の色が違う.
はっきりとした意思を宿した,強い目だった.
「……これが」
灰は息を呑む.
これは記憶だ.
自分の過去.
「成功するはずです」
少女――かつての自分が,誰かに向かって言っている.
「記憶は個別に保存されているから不安定なんです」
「だから消える.壊れる.失われる」
声は冷静で,迷いがない.
「ならば,一つにまとめればいい」
その言葉に,胸が締め付けられる.
場面が切り替わる.
別の場所.
外の世界.
誰かと並んで歩いている.
隣には,笑っている人物がいた.
顔はぼやけて見えない.
だが,声だけははっきり聞こえる.
「お前さ,本当にそれでいいのか?」
「何が?」
「全部まとめるって話だよ」
少女は少し考えたあと,答える.
「消えるよりはいい」
「でも,混ざるんだろ?」
「……それでも」
わずかに声が揺れる.
「失うよりはいい」
場面が崩れる.
再び白い部屋.
装置が稼働している.
無数の星が集まり,一つの巨大な結晶へと変わっていく.
灰色の光.
今,目の前にあるものと同じだ.
「……これが始まり」
灰は震える声でつぶやく.
「もう止めろ!」
誰かの叫び声.
同じ声だった.
さっきの人物.
「これ,おかしい!」
「何が?」
少女は振り返る.
その顔は冷静すぎた.
「記憶が……壊れてる!」
装置の中で,光が不安定に揺れている.
色が混ざり,濁り,形を失っていく.
「……想定内です」
「嘘だろ!」
相手は怒鳴った.
「これじゃ意味がない!」
少女は少しだけ黙った.
そして,静かに言った.
「意味はあります」
「“消えない”という意味が」
その言葉に,空気が凍る.
次の瞬間,すべてが崩れた.
光が暴走する.
装置が破裂する.
無数の記憶が,制御を失って溢れ出す.
「……っ!」
灰は思わず目を閉じた.
だが,映像は止まらない.
混ざり合う記憶.
誰かの人生.
誰かの後悔.
誰かの愛.
それらがすべて一つに押し込まれていく.
形を失いながら.
意味を失いながら.
ただ,存在だけを残して.
その中心に,何かが生まれた.
黒い影.
いや,違う.
人の形をしている.
だが,その中は空っぽだった.
「……これが」
灰は震えた.
「処理が必要です」
少女の声が響く.
どこか遠くから.
「このままでは,世界が崩壊する」
「だから――」
ゆっくりと,その存在へ手を伸ばす.
「不要な記憶を,削除する役割を与えます」
その瞬間,黒い存在が目を開いた.
空洞のような目.
そこに,わずかな光が宿る.
「……これが」
灰は息を呑む.
理解してしまった.
「星喰いの王……」
場面が急激に歪む.
次の瞬間,静寂が訪れた.
白い部屋の残骸.
崩れた装置.
そして――
床に倒れている少女.
自分自身.
息はある.
だが,目は閉じられている.
その傍らに,王が立っていた.
静かに見下ろしている.
「……お前」
小さくつぶやく.
「何をしたか,分かってるのか」
答えはない.
少女は動かない.
王はしばらく沈黙していた.
やがて,ゆっくりと手を伸ばす.
その指先が,少女の額に触れる.
「……これ以上は無理だな」
低く言った.
「壊れてる」
次の瞬間,光が走った.
少女の体から,何かが引き抜かれる.
それは――
名前だった.
「個を維持する要素は,もう不要だ」
王は静かに言った.
少女の目が,わずかに開く.
かすかに頷き,再び目を閉じた.
―――
「お前はもう,“一つ”になった」
だが,そこには何もなかった.
記憶も,名前も.
すべて失われていた.
映像が途切れる.
灰はその場に崩れ落ちた.
息が荒い.
頭が割れそうに痛む.
「……私が」
声が震える.
「全部……やった」
ゆっくりと顔を上げる.
目の前には,王が立っていた.
変わらず静かに.
「思い出したか」
その声は,どこか優しかった.
灰は答えられなかった.
ただ,涙がこぼれた.




