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星喰いの王と灰色の魔法使い  作者: くるみ


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第10話:最後の願い

 灰色の結晶に触れた瞬間,世界が震えた.

 ひびが入る.

 小さく,だが確実に.

 その亀裂は,ゆっくりと広がっていく.


「……来るぞ」


 王が低く言った.

 次の瞬間,結晶が砕けた.


 光が,溢れた.

 圧倒的な量だった.

 色も形も定まらない,無数の記憶.

 叫び,笑い,涙.


 すべてが混ざり合いながら,外へと解き放たれる.


「……っ!」


 灰の体に,一気に流れ込んできた.


 無数の人生.

 無数の感情.


 意識が引き裂かれそうになる.

 だが,離さない.


 手を結晶に押し当てたまま,歯を食いしばる.


「……まだ」


 声が震える.


「まだ……足りない」


 王が動いた.

 解き放たれた光の一部を,自らの中へ取り込む.

 黒い影が揺れる.


「全部は無理だ」


 低く言う.


「残りは任せる」


 灰はうなずいた.

 すでに,限界は近かった.


 だが――

 止まるわけにはいかない.


 記憶が流れ込む.

 名前のない人々の人生.

 誰かの小さな幸せ.

 誰かの取り返せない後悔.


 それらがすべて,自分の中に入ってくる.


「……ああ」


 灰は小さくつぶやいた.

 理解してしまった.


 なぜ,自分がこれを始めたのか.

 怖かったのだ.

 失うことが.

 消えることが.


 だから,全部残そうとした.

 結果として,全部壊した.


「……ほんとに」


 かすかに笑う.


「どうしようもないな」


 だが,今は違う.

 守るためにやる.


 失わせないためにではなく――

 それぞれに,返すために.


 灰の体が,少しずつ崩れていく.

 光に溶けるように.


「……おい!」


 レオンの声が遠くに聞こえる.

 だが,もう振り返れない.


 最後の力を振り絞る.

 流れ込んだ記憶を,外へと押し出す.


 光が,広がった.


 街へ.


 人々の元へ.


 それぞれの持ち主へと,帰っていく.


 泣き崩れる人.

 立ち尽くす人.

 笑う人.


 失っていたものを,取り戻していく.


 空が,変わった.

 灰色だった世界に,わずかに色が戻る.


 そして――


 すべてが,静かになった.


 光が消える.


 残ったのは,静寂だけ.

 レオンは,その場に立ち尽くしていた.

 目の前には,もう何もない.

 結晶も,灰の姿も.


「……終わったのか」


 かすれた声でつぶやく.

 王が,隣に立っていた.

 静かに空を見上げている.


「……あいつは」


 レオンの問いに,王は少しだけ間を置いた.


「生きている」


「え?」


「すべての記憶の中に」


 静かに言った.


「個としては消えたが,完全には消えていない」


 レオンは空を見上げた.

 もう灰色ではない空.

 わずかに青が混じっている.


「……そうかよ」


 小さくつぶやく.

 しばらく沈黙が続いた.


「お前はどうする」


 レオンが聞いた.

 王は答えなかった.


 ただ,自分の手を見つめる.


「……役目は終わった」


 やがて,そう言った.


「じゃあ,消えるのか?」


 王はわずかに笑った.


「どうだろうな」


 その体が,ゆっくりと光に変わっていく.


「少なくとも――」


 最後に,静かに言った.


「もう,喰う必要はない」


 次の瞬間,その姿は消えた.

 レオンは一人,その場に残された.

 長い沈黙のあと,ゆっくりと歩き出す.


 街の外へ.

 人々の声が戻っていた.

 泣き声も,笑い声も.

 今度は,本物の感情として.



 空を見上げる.


「……なあ」


 誰にともなく,つぶやく.


「名前,やっぱりあった方がよかったんじゃねえの」


 風が吹いた.

 やわらかい風だった.

 その中に,かすかな気配を感じた気がした.


 ――大丈夫


 そんな声が,聞こえた気がした.

 レオンは小さく笑った.


「……ばかやろう.名前だけが,記憶に残るわけじゃない」


 そう言って,前を向く.

 世界は,まだ続いていく.

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