第6話:王の城への道
星市の中心にそびえる建物は,遠くから見るよりもはるかに異様だった.
近づくほどに,空気が重くなる.
まるで,見えない何かに押さえつけられているような感覚.
「……ここが?」
「ああ」
レオンは短く答えた.
「星の集積庫.この街にある星は,最終的に全部ここに集まる」
建物の壁には,無数の管のようなものが張り巡らされていた.
街のあちこちから伸びているそれらは,まるで血管のように脈打っている.
中を,光が流れていた.
「……星が運ばれてる」
灰は息を呑んだ.
「そうだ.ここでまとめて保管されてる」
「王のために?」
レオンは一瞬だけ黙った.
「……たぶんな」
入口には,武装した人間が立っていた.
衛兵だ.
だがその目はどこか虚ろで,生気が薄い.
「どうするの?」
「正面突破は無理だな」
レオンは周囲を見回し,小さく顎で示した.
「裏から入る」
建物の裏手は,さらに荒れていた.
管理されていないのか,壁はひび割れ,配管もむき出しになっている.
その中に,一か所だけ不自然な隙間があった.
「ここだ」
レオンは迷いなく中へ滑り込んだ.
灰も後に続く.
内部は,薄暗く静まり返っていた.
だが,完全な闇ではない.
壁や床を走る管の中を,無数の光が流れている.
赤,青,金色――
さまざまな色の星が,脈のように脈動しながら運ばれていた.
「……すごい」
思わず声が漏れる.
「感心してる場合じゃない」
レオンは低く言った.
「ここは危険だ」
その言葉の意味は,すぐに分かった.
奥の方から,足音が近づいてくる.
ゆっくりと,規則的に.
誰かが巡回している.
だが――
その気配は,人間のものとは少し違っていた.
「隠れろ」
レオンが小声で言い,灰の腕を引く.
二人は配管の影に身を潜めた.
現れたのは,一人の女だった.
白い衣装に身を包み,静かに歩いている.
長い髪は光を反射して淡く輝いていた.
そして,その胸元には――
強烈な光があった.
他のどの星よりも,圧倒的に強い輝き.
「……あれ」
灰は思わず息を呑んだ.
あれは,ただの星ではない.
もっと大きく,もっと深い何か.
女は足を止めた.
ゆっくりと顔を上げる.
「……そこにいるのは誰?」
静かな声だった.
だが,逃げ場のない圧力があった.
レオンの手に力が入る.
「……気づかれたか」
女はゆっくりとこちらに向き直った.
その目は,まっすぐ灰を見ていた.
「あなた」
指をさす.
「変わった星を持っているのね」
灰の心臓が大きく跳ねた.
「やっぱり分かるんだ」
小さくつぶやくと,女はかすかに微笑んだ.
「ええ.“同じ側”のものは分かるわ」
その言葉に,空気が凍る.
「……同じ?」
灰の声は震えていた.
女は一歩近づいた.
「あなた,自分が何か知らないのね」
「知らない」
灰ははっきりと答えた.
「だから,ここに来た」
女はその言葉を聞いて,少しだけ目を細めた.
「なるほど.だから迷いがないのね」
次の瞬間,空気が変わった.
圧力が,一気に強まる.
「でも――」
女の声が低くなる.
「ここは,あなたが来ていい場所じゃない」
胸元の光が強く輝いた.
同時に,周囲の管の中の星が一斉に揺れる.
まるで,呼応するように.
「ここは“王の食卓”よ」
その言葉と同時に,光が爆発的に広がった.
レオンが咄嗟に前に出る.
「下がれ!」
剣が抜かれる.
金属音が響いた.
だが,次の瞬間――
レオンの動きが止まった.
「……っ!」
見えない何かに押さえつけられている.
体が動かない.
「無駄よ」
女は静かに言った.
「あなた程度では,ここでは何もできない」
灰はその光景を見て,歯を食いしばった.
「……やめて」
手をかざす.
灰色の光が集まる.
それを,女へ向けた.
次の瞬間――
異変が起きた.
女の胸の光が,一瞬だけ揺らいだ.
「……え?」
女の表情が変わる.
初めての動揺だった.
「あなた……それ」
灰自身も驚いていた.
ただ,感覚で分かる.
この力は――
星に「触れる」だけではない.
もっと深く,干渉している.
「……やっぱり」
女は小さくつぶやいた.
「あなた,本当に知らないのね」
一歩後ろに下がる.
圧力が少しだけ緩む.
レオンが息をついた.
「……何なんだよ,お前」
女はその問いには答えなかった.
ただ,灰を見つめる.
「いずれ分かるわ」
静かに言った.
「あなたが,この世界を壊した理由も」
その言葉が落ちた瞬間,灰の思考が止まった.
「……え?」
「次に会うときは,もう少し面白い話ができるといいわね」
女の姿が,光に溶けるように消えていく.
残されたのは,静寂だけだった.
「……今の,どういう意味だ」
レオンの声は低かった.
灰は答えられなかった.
ただ,胸が強く痛む.
さっきの言葉が,頭の中で繰り返される.
――この世界を壊した理由
「……私が?」
自分に問いかけるように,つぶやく.
だが,答えはない.
ただ一つだけ,確かなことがあった.
この先に進めば,すべてが分かる.
そして――
もう戻れない.
灰はゆっくりと顔を上げた.
「……行こう」
その声は,静かだったが揺れていなかった.
レオンは少しだけ迷ったように見えたが,やがてうなずいた.
「ああ」
二人は,さらに奥へと進んでいく.
王のいる場所へと続く道を.




