第5話:星喰いの噂
遠くで響いた崩壊音は,しばらく遅れて静寂に飲み込まれた.
だが,その余韻だけが街全体に広がっていく.
灰はその場に立ち尽くしていた.
胸の奥がざわつく.
さっき見えた光景が,頭から離れない.
「……あれ,何?」
かすれた声で問いかける.
レオンはすぐには答えなかった.
代わりに,少女の様子を確認する.
床に座り込んだまま,空虚な目で何も見ていない.
「……ここに長くいると危ない」
レオンは短く言った.
「外に出るぞ」
家を出たとき,空気が明らかに変わっていた.
ざわめきが広がっている.
人々が落ち着かない様子で空を見上げていた.
「まただ……」
「どこがやられた?」
「裏区画らしいぞ」
断片的な声が飛び交う.
灰はその中に,「やられた」という言葉が何度も繰り返されていることに気づいた.
「……襲われてるの?」
「そういう認識でいい」
レオンは低く答えた.
「でもな,相手が誰かは誰も見てない」
「見てない?」
「気づいたら消えてる.人も,星も」
あまりにも異様な現象だった.
灰は思わず空を見上げる.
灰色の空は,何も変わっていないように見える.
だが,確かに何かがいる気がした.
見えないだけで.
「さっき……見えたの」
灰はぽつりと言った.
「黒い影みたいな……星を飲み込んでた」
レオンの足が止まった.
「……本当か?」
「うん」
灰はうなずいた.
レオンはしばらく黙り込み,やがて小さく息を吐いた.
「それ,たぶん“王”だ」
「星喰いの王……」
「ああ」
彼の声は,どこか苦かった.
二人は人通りの少ない路地へと移動した.
騒ぎから離れるためだったが,同時に,誰にも聞かれたくない話でもあった.
「……噂だと思ってた」
レオンは壁に背を預けながら言った.
「星を食う化け物がいるって話は,昔からある」
「昔から?」
「この街ができる前からな」
灰は驚いた.
「そんなに前から?」
「でもな,実際にここまで被害が出たことはなかった」
つまり,今起きていることは異常事態だ.
「どうして急に……?」
その問いに,レオンは少しだけ目を伏せた.
「……分からない,と言いたいところだが」
そこで言葉を止める.
何かを迷うように.
「心当たりはある」
灰は思わず身を乗り出した.
「何?」
レオンはしばらく黙っていたが,やがて観念したように口を開いた.
「俺は昔,王を探してた」
「え?」
予想外の言葉だった.
「正確には,王を“殺す方法”をな」
空気が一瞬で張り詰めた.
「……どうして?」
灰の問いは静かだった.
だが,逃げ場のないものだった.
レオンは目を閉じた.
そして,ゆっくりと言った.
「全部,奪われたからだ」
短い言葉だった.
だが,それだけで十分だった.
「家族も,仲間も……全部な」
灰は何も言えなかった.
その言葉の重さが,痛いほど伝わってくる.
「だから探した.王を見つけて,終わらせるために」
「……見つけたの?」
レオンは首を振った.
「いや.気づいたんだ」
「何に?」
「王は,どこかにいるわけじゃない」
ゆっくりと目を開く.
「“どこにでもいる”」
灰は息を呑んだ.
「どういう意味?」
「分からない.でもな――」
レオンは空を見上げた.
「星がある場所には,必ず関係してる」
そのときだった.
不意に,灰の胸が強く痛んだ.
まるで,その言葉に反応するように.
「……っ」
思わず胸を押さえる.
「おい,大丈夫か?」
「……分からない」
息が荒くなる.
「なんか……嫌な感じがする」
その違和感は,外から来ているものではなかった.
もっと内側から.
自分の中にある何かが,反応している.
「……灰」
レオンが真剣な声で呼ぶ.
「お前の力,あれは普通じゃない」
灰はゆっくりと顔を上げた.
「知ってる」
「もしかしたら,王に関係してるかもしれない」
その言葉に,空気が凍る.
灰の心臓が,大きく鳴った.
「……私が?」
「断定はできない」
レオンはすぐに否定した.
「でも,可能性はある」
灰はしばらく黙っていた.
やがて,小さくつぶやく.
「……だったら」
顔を上げる.
「確かめたい」
その目には,はっきりとした意志が宿っていた.
「王のところに行けば,分かるよね」
レオンは少し驚いたように目を見開いた.
だが,すぐに苦笑する.
「簡単に言うな」
「無理?」
「無理じゃない」
そう言って,剣の柄に手を置いた.
「ただ,死ぬ可能性が高いだけだ」
灰は一瞬だけ考えた.
だが,すぐに答えた.
「それでもいい」
迷いはなかった.
レオンはその顔をじっと見つめ,やがて小さく息を吐いた.
「……変なやつだな」
「よく言われる」
「言われてないだろ」
思わず軽く笑う.
その笑いは,どこか久しぶりのものだった.
「分かった」
レオンは壁から背を離した.
「行くぞ」
「どこに?」
「王に一番近い場所だ」
そう言って,街のさらに奥を指さす.
そこには,大きな建物が見えていた.
他のどの建物よりも高く,重く,そして――
不気味に静まり返っている.
「星を集めてる中心地だ」
レオンは低く言った.
「ここから先は,本当に戻れないかもしれないぞ」
灰は一度だけ,空を見上げた.
灰色の空.
その奥にいる何かを感じながら.
「大丈夫」
小さく言った.
「もともと,戻る場所なんてないから」
その言葉に,レオンは何も返さなかった.
ただ,静かに歩き出した.
灰もその後を追う.
二人の影は,ゆっくりと長く伸びていった.




