第4話:消えた村の記憶
「……何者だ?」
レオンの問いは,静かだったが重かった.
灰はしばらく黙ったまま,やがて小さく首を振った.
「分からない」
それが,唯一の答えだった.
レオンはしばらく彼女を見つめていたが,やがてため息をついた.
「まあいい.今はな」
そう言って,少年の方へ視線を向ける.
「お前,どこでこれを盗んだ?」
少年はびくりと肩を震わせた.
「……市場の奥」
「やっぱりか」
レオンは低くつぶやいた.
「最近増えてるんだよ.星泥棒.でもな――」
一瞬言葉を切る.
「ただの盗みじゃない」
「どういうこと?」
灰が尋ねると,レオンは少しだけ表情を曇らせた.
「星はな,本来,勝手に消えたり盗まれたりしない」
「え?」
「持ち主と強く結びついてるからな.普通はな」
つまり,盗まれるということ自体がおかしい.
灰の胸がざわついた.
「じゃあ……さっきの人の星は?」
「無理やり引き剥がされた可能性が高い」
「そんなこと……できるの?」
レオンは答えなかった.
代わりに,街の奥を見た.
そこには,他の区域とは明らかに違う場所があった.
光が少ない.
人も少ない.
「行くぞ」
「どこに?」
「この街の“裏”だ」
星市の奥には,忘れられたような区域があった.
建物は崩れかけ,星の光もほとんど見えない.
まるで,最初に灰が目覚めた廃墟に似ていた.
「ここ……」
「星を売ることすらできない連中の場所だ」
レオンは短く言った.
「記憶がもうほとんど残ってないか,あるいは――」
言葉を濁す.
「価値がないと判断されたか」
灰は息を呑んだ.
そのとき,かすかな音が聞こえた.
風ではない.
何かが,崩れるような音.
二人は顔を見合わせ,音の方へ向かった.
そこには,壊れかけた家があった.
中に入ると,ひどく静かだった.
いや――静かすぎた.
「……誰もいない?」
灰は周囲を見回した.
生活の痕跡はある.
椅子,食器,衣服.
だが,人だけがいない.
「おかしいな」
レオンが低くつぶやく.
「さっきまで気配があった」
そのとき,灰の視線が床に止まった.
小さな光.
砕けた星の残骸だった.
ひとつではない.
無数に散らばっている.
「……これ」
灰はしゃがみ込み,そっと触れた.
だが,何も流れ込んでこない.
記憶が,空っぽだった.
「……ない」
「何が?」
「記憶が……」
灰の声は震えていた.
「本来なら,何か見えるはずなのに……」
レオンは無言で周囲を見渡した.
そして,壁に手を当てる.
「……これ,最近だ」
「え?」
「消えたのは,ついさっきだ」
その瞬間,空気が変わった.
重く,冷たい何かが流れ込んでくる.
灰の胸が強く痛んだ.
――知っている.
この感じ.
だが,思い出せない.
そのときだった.
家の奥から,かすかな声がした.
「……たすけて」
灰は反射的に走り出した.
奥の部屋に飛び込む.
そこにいたのは,一人の少女だった.
床に座り込み,虚ろな目でこちらを見ている.
「大丈夫?」
灰が近づくと,少女はゆっくりと口を開いた.
「……なにも,ないの」
「え?」
「ぜんぶ……なくなった」
その声は,感情が抜け落ちていた.
恐怖すらない.
「お父さんも,お母さんも……」
一瞬言葉を探すように止まる.
「……だれだっけ」
灰の背筋が凍った.
記憶が失われることは知っている.
だが――
「ここまで,全部……?」
レオンも険しい顔をしていた.
「普通じゃない」
そのとき,灰の視界の端に何かが映った.
少女の胸元.
そこに,本来あるはずの光がなかった.
「……星がない」
灰は小さくつぶやいた.
完全に,空っぽだった.
次の瞬間,頭の奥に強い痛みが走る.
――黒い影.
――光を喰らう存在.
一瞬だけ,はっきりと見えた.
巨大な何かが,無数の星を飲み込んでいる光景.
「……っ!」
灰は頭を押さえた.
「どうした!」
「今……見えた……」
息が荒くなる.
「星を……食べてる……」
レオンの顔色が変わった.
「……やっぱり来てるのか」
「え?」
彼はゆっくりと空を見上げた.
灰色の空.
その奥を見透かすように.
「これはもう噂じゃない」
低く,はっきりと言った.
「“星喰いの王”が動き始めてる」
その言葉と同時に,遠くで何かが崩れる音が響いた.
街のどこかで,また記憶が消えた.




