第2話:星を売る街
街に近づくにつれて,少女は奇妙な違和感を覚えた.
空は相変わらず灰色のままだというのに,街だけが淡く光っている.
近づいて分かった.
光っているのは建物ではない.
そこにいる「人」だった.
人々の胸元や手のひらに,小さな光が浮かんでいる.
それは廃墟で見つけた結晶と同じものだった.
「……星?」
誰に聞くでもなく,少女はつぶやいた.
街の入口には大きな看板が立っていた.
――星市
その下には,乱雑な文字でこう書かれている.
「記憶,高価買取」
少女は思わず足を止めた.
そのとき,後ろから声がした.
「初めてか?」
振り返ると,一人の青年が壁にもたれていた.
無精ひげに,ぼろぼろのコート.
だが腰には立派な剣が下がっている.
「その顔,ここがどういう場所か分かってないな」
少女は少し警戒しながらも,うなずいた.
「ここはな,記憶を売る街だ」
「記憶を……売る?」
「そう.嬉しかったことでも,辛かったことでも,全部な」
青年は肩をすくめた.
「人はな,記憶を結晶にして取り出せる.それが“星”だ」
やはり,あの結晶は記憶だったのだ.
少女は胸の奥がざわつくのを感じた.
「売ったら,どうなるの?」
「忘れる.きれいさっぱりな」
あっさりとした答えだった.
「でもな,その代わり金になる.それで生きてる連中がここには山ほどいる」
街の中を見渡すと,確かに奇妙な光景が広がっていた.
店先には瓶が並び,その中に星が詰められている.
色も大きさもさまざまだ.
赤い星.青い星.そして,ごくまれに強く輝くもの.
「色で価値が違うの?」
少女の問いに,青年は少し驚いたように眉を上げた.
「よく分かるな.そうだ.感情の強さで色が変わる」
「じゃあ……灰色は?」
その瞬間,青年の表情が止まった.
「……見せてみろ」
少女はためらいながら手をかざした.
淡い灰色の光が集まる.
青年はそれを見て,明らかに顔色を変えた.
「お前……それ,自分で出してるのか?」
「うん」
「……ありえない」
小さく吐き捨てるように言った.
「灰色の星なんて聞いたことがない.それに,普通は自分で取り出せない」
少女は黙ったまま,自分の手を見つめた.
やはり,自分は普通ではないのだろうか.
「名前は?」
不意に青年が尋ねた.
少女は答えられなかった.
沈黙が落ちる.
「……ないのか」
青年はため息をついた.
「じゃあ仮でいい.“灰”って呼ぶぞ」
「灰……」
少女はその言葉を小さく繰り返した.
不思議と,嫌な感じはしなかった.
「俺はレオンだ」
そう言って,青年は軽く手を上げた.
「この街,長居はしない方がいい.ろくな場所じゃない」
「どうして?」
レオンは少しだけ目を細めた.
「ここに集められた星はな――」
一瞬,言葉を切る.
「“王”に食われる」
風が強く吹いた.
街の中の星が,一斉にかすかに揺れる.
「王……?」
少女――灰は問い返した.
レオンは空を見上げた.
灰色の空の奥.
何かを恐れるように.
「星喰いの王だ」
その名を聞いた瞬間,胸の奥が強く痛んだ.
理由は分からない.
だが確かに,何かを思い出しかけていた.
触れれば壊れてしまいそうな,遠い記憶を.




