表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
六属性を持つ最強転生者は、感情という魔法を知らない  作者: 猫眼鏡博士
最終章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
99/116

第98話 涙の意味

 戦闘が止まっていた。

 完全に止まったわけではなかった。後方では眷属との戦いが続いていた。レオンの声がした。ライナスが動いていた。


 しかし、ゼノと魔王の間の空間が、止まっていた。

 魔王がゼノを見ていた。

 無表情だった。ただし、何かが違った。さっきの、表情が揺れた瞬間の余韻がまだそこにあった気がした。


「……感情を取り戻した人間を、初めて見た」


 魔王が言った。

 声に変化がなかった。ただ言葉の内容が変わっていた。今まで、観察する言葉か、否定する言葉だった。今の言葉は、確認する言葉だった。


「そうか」

「感情を封じた者が、取り戻すことがあるとは思っていなかった」

「なぜ思っていなかったんだ」

「捨てた後に取り戻すことは、もう一度傷つくことを選ぶということだ。なぜそれを選ぶのかが、理解できなかった」

「今も理解できないか」

「……わからない」

「お前も、かつては持っていたはずだ。感情を」

「持っていた。だから捨てた」

「捨てる前は、どんな状態だったんだ」

「……今は関係ない」

「関係ある。捨てる前の状態を覚えているから、捨てることを選んだ。覚えていなければ、捨てる必要がなかった」

「記憶と感情は別だ」

「別ではない。記憶が感情を呼ぶ。感情が記憶を保存する。切り離せない」

「切り離した」

「切り離せたか」

「切り離した」

「本当にそう思っているのか」


 魔王が答えなかった。

 初めて、言葉が来なかった。

 間が空いた。長い間ではなかった。しかし、確実に来なかった。

 ゼノは待った。後方でレオンが眷属を押し返した音がした。


「……お前は、まだ覚えているのか。大切だった人のことを」

「関係ない」

「関係ある。覚えているから、捨て続けなければならない。忘れていれば、捨てる必要もない。捨て続けているということは、まだそこにある何かと戦い続けているということだ」


 その瞬間だった。

 魔王の周囲に展開されていた六属性の魔力が、わずかに揺れた。

 一秒にも満たない揺れだった。しかし確実に揺れた。安定していた魔力の流れが、乱れた。

 出力が下がったわけではなかった。感情のない魔法の精度が変化したわけでもなかった。

 ただ、揺れた。それが何を意味するかを、ゼノは処理した。


「俺に向けて魔法を放ってくれ」

「何のためだ」

「確認したいことがある」

「確認のために攻撃を受けるんだ」

「攻撃と対話を同時に続ける。片方だけになる必要はない」


 魔王が少し間を置いた。

 魔法が来た。水属性と闇属性の複合だった。

 ゼノが蒼海抱擁アクア・エンブレイスで受けた。流れを読んで、受け流しながらカウンターで返した。


「覚えているから、捨て続けている。それは確かか」

「……」

「答えなくていい。ただ、確認してくれ。自分が今、何と戦っているか。俺と戦っているだけか」


 後方でエリナが気づいていた。


「……ゼノさん、魔王を説得しようとしてる」


 小声だったが、レオンに届いた。


「気づいてたか」

「さっきから、戦いながら話を続けています」

「あいつ、戦いながら話し合いもするのか」


 レオンが言った。呆れているわけではなかった。何か別のものが声にあった。


「できるんですね。全部同時に」

「感情を取り戻してきたからかな」

「どういう意味ですか」

「感情がなかった頃のゼノなら、どちらかしかしなかったと思う。戦うか、話すか。今は両方できる。感情があるから、相手の状態を見ながら動ける」

「ゼノさんが言ってた。感情が力になるって」

「証明してるんですね、今。魔王に向かって、戦いながら証明しています」

「証明するって言ってたな。さっき。言葉じゃなくて、動くことで証明するって」

「してますよ。今」


 広間でゼノは動いていた。

 水属性で魔王の動きを感知し続けた。蒼海抱擁アクア・エンブレイスの効果で、魔力の流れが全部見えていた。どこが薄いか。次の攻撃がどこから来るか。

 同時に、話し続けた。


「お前が壁に刻んでいた記録を読んだ。名前が書いてあった。一人一人の名前が」

「それを言うのか」

「覚えているか。一人一人の顔を」

「……関係ない」

「覚えているんだな」

「俺はそう言っていない」

「関係ないと言った。覚えていなければ、関係ないという必要もない。関係ないと言うことが、関係あると言っているのと同じだ」

「……詭弁もうべんだ」

「事実の指摘だ」


 魔王が攻撃を強めた。感情が来た反応だった気がした。

 ゼノが対応した。土属性で壁を作った。風属性で回避した。蒼海抱擁で流れを読みながら、カウンターを返した。


「覚えているなら、泣けるかもしれない」

「俺には泣く理由がない」

「理由があれば泣けるのか」

「……捨てた感情は戻らない」

「戻らないと確認したのか」

「……」

「俺も、取り戻せないと思っていた」


 ゼノは攻防を続けながら言った。


「学園に入る前、感情がないのが当然だと思っていた。それが俺だと思っていた。ただ、最初からいた。感情の欠片が、一つだけ残っていた」

「何だ」

「喜びだ。最初から俺の中にいた。完全には消えていなかった。消せなかったのかもしれない。あるいは、残ることを選んだのかもしれない」

「……」

「お前の中にも、残っているものがあるかもしれない」

「ない」

「壁に記録を刻んでいた。残したかったから残した。それが残っているものの証拠だ」


 魔王の魔力が、また揺れた。

 今度は先ほどより長かった。一瞬ではなかった。二、三秒、出力が乱れた。

 ゼノは攻撃を入れなかった。


「今、乱れた」

「……」

「攻撃しなかった」

「なぜだ」

「乱れた時に攻撃することが、今の目的ではないからだ」

「俺を倒すことが目的ではないのか」

「倒すことだけが目的ではない。お前に、思い出してほしいことがある」

「思い出すことが、何になる」

「なるかどうかはわからない。ただ、俺が今日思い出した。大切だったものを思い出した。だから泣いた。それが何かに繋がるかどうかは、思い出してから決めることだ」

「思い出したら、また傷つく」

「そうかもしれない。だが、俺は今日崩れなかった。傷ついたかもしれない。ただし、崩れなかった」

「なぜ崩れなかった」

「全員がいたからだ。後ろに全員がいた。一人ではなかった」

「一人でないことが、崩れないことに繋がるのか」

「俺の経験では、そうだった」

「俺に、一人でないことは——」

「言えなかったか」

「……今は、いない」

「今はいない、か。いなくなった、ということは、いたということだ」

「……」

「いた時に、泣けたか」


 魔王が動かなかった。攻撃も来なかった。

 玉座の間が静かになった。後方の戦闘の音が遠くから来ていた。


「……わからない」

「わからない、か。」

「泣いたかどうかが、わからない。感情があった時の記憶が、今は曖昧だ。捨てた後で、感情があった時の感覚が、わからなくなっている」

「曖昧になっている」

「そうだ」

「完全に消えてはいない、ということだ。曖昧になっているということは、まだそこにある。完全に消えていれば、曖昧にもならない」


 魔王が少し動いた。攻撃ではなかった。

 何かを確認しているような動きだった。


「お前は、泣いた。大切だったものを思い出して、泣いた」

「そうだ」

「それが——今も続いているのか」


  涙はもう来ていなかった。乾いていた。ただし、来たものはまだそこにあった。詩織と悠斗のことが、まだそこにあった。封じなかった。来たままにしていた。


「続いている。来たままにしている」

「来たままにする。それが、取り戻すということか」

「そのひとつだ」

「……」


 後方でエリナが見ていた。

 涙を拭わないままのゼノが、戦いながら話し続けているのを見ていた。


「ゼノさんって」

「どうした?」

「感情を持ったまま、戦える。感情があることで、相手のことが見える。それが強さなんですね」

「証明してるな。魔王に向かって」

「はい。言葉じゃなくて、在り方で」


 ゼノは前を向いていた。

 涙が来た。来たままにした。戦いながら話した。感情があるから見えることが、今日あった。

 それが証明の一部だった。


 まだ終わっていなかった。

 ただし、何かが変わりつつあった。 魔王の魔力の揺れが、増えていた。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます!

次の更新をお楽しみに!


ではまた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ