第92話 合流と再会
ライナスが動けるようになるまで、その場で待った。
エリナが回復魔法をかけ続け、三十分ほど経った頃、ライナスが「動けます」と言った。
「無理はするな」
「大丈夫です。肩は痛いですけど、足は動きます」
「足が動けば合流地点まで行ける。ペースを落としていく」
「みんなに迷惑かけますよね」
「迷惑という評価は違う。パーティとして動いている。一人の状態が全体に影響することは、迷惑ではなく状況だ」
「ゼノさんらしい言い方ですね」
合流地点に向かって動き始めた。
ゼノが先頭を歩いた。エリナがライナスの隣についた。気配を確認しながら進んだ。
城内の魔物の動きが、先ほどより落ち着いていた。倒した眷属の影響で、この区画の統率が乱れたままだった。ゼノたちが動ける時間ができていた。
「ライナス、もう一つ聞いていいか」
「何ですか?」
「他の二人を逃がした時、どう動いたんだ」
「囲まれた瞬間に、二人に逃げ場を伝えました。俺が注意を引いて、その隙に抜けてもらって。それでなんとかなりました」
「迷わなかったのか」
「迷いませんでした。なぜかわからないですけど、そうすることしか考えられなかった」
「なぜかわからないけど、そうしたか」
「はい」
「それが正しい」
合流地点の手前で気配がした。
魔物ではない。人間だった。
「誰かいる」
前方から足音が来た。
「ゼノ!」
レオンだった。
廊下の角から現れた。装備に傷があった。戦ってきた跡があった。
「レオン、無事か」
「無事だ。お前たちも――ライナス、怪我してるじゃないか!」
「もう回復してます。エリナさんが」
「よかった。一時、連絡が取れなくて心配したぞ」
「心配してくれていたんですね」
「当然だろ!」
「セレンはどこだ」
「合流地点にいる。騎士団と一緒に来ていた。全員の状態を確認しながら待ってる」
「無事か」
「無事だ」
「よかった」
「よかった、って言えるようになったよな、ゼノ」
「言うことが適切だと判断できるようになった」
「素直に変わったって言えよ」
「……変わった」
「そうだよ」
合流地点に着いた。
騎士団の一部が待機していた。その中にはセレンもいた。
ゼノたちが来るのを見て、セレンが近づいてきた。
「全員いますね」
セレンが言った。静かな声だった。
「ああ。全員いる」
「よかった。感じてました」
「何を」
「全員が向かってくる感覚。水の流れのように。方向が一つに向いてくる感覚がして。だから待てました」
「感覚で確認していたのか」
「はい」
「よかった……全員いるな」
レオンが言った。
改めて全員を確認した時の声だった。ゼノ、エリナ、ライナス、セレン。四人が揃っていた。
心底ほっとした顔をしていた。
普段のレオンの顔ではなかった。感情がそのまま出ていた。
「全員で来られましたね」
「ゼノさんが言ってたじゃないですか。全員生きて帰るって」
「……まだ終わっていない」
「そうだな」
「はい」
「ですね」
全員が向き直った。
魔王がいる城の奥がある。終わっていない。
「次の行動を確認する」
「わかった」
「ライナスの状態を確認してから動く。エリナ、もう一度状態を見てくれ」
「はい」
「騎士団の隊長に状況を報告する。その後、城の奥に向かう作戦を確認する」
「了解」
報告と確認を終えた。
今はこの場所で待機する、という判断になった。全員の消耗が大きかった。ライナスの回復が必要だった。少し休憩し、行動に移る。
全員が休息に入った。
ゼノは意識を円卓に向けた。
いつものように五人が来ていた。
「全員いたね。よかった。ライナスのこと見てたよ。心配した」
「心配していたのか」
「当然でしょ。あたしもみんなのこと、気になってるから」
「ウェントスが気になっているのか」
「そうだよ! ゼノだけじゃなくて、みんなのことが!」
「ライナスが無事でよかった」
イグニスが言った。
横を向いていた。いつものイグニスの言い方だった。
「……べ、別にそれだけだけど」
「別にそれだけ、という限定をつける必要があるのか」
「うるさい」
「ライナスのことを心配していたのか」
「心配という言い方は……していた。少し」
「それで十分だ」
「わかってる」
「みんないたから大丈夫でしたね」とテラが言った。
「みんないたから、か」
「一人でも来なかったら、違う結果になっていたと思います。全員がいたから、今ここに全員がいます」
「循環しているような言い方だ」
「でも、そうだと思います。全員が帰ろうとしたから、全員が帰れた」
「まだ全部帰れていない」
「そうですね。でも、それでいいです」
「ゼノくん、今日は怖かった?」とルミナが聞いてきた。
直接的な問いだ。ただ、責めているわけでも確かめているわけでもなかった。来ていたかどうかを聞いていた。
「……ライナスが来なかった時。初めて、怖いという感覚に近いものが来た」
「初めて、ね」
「今まで来ていた感覚とは違った。端っこが来ていた、という状態ではなかった。もう少し、中心に近かった気がする」
「来たんですね。ちゃんと」
「怖い、という言葉を使えた。ライナスに向かって。初めてそう言えた」
「言えたのね。よかったわ」
ルミナは満足そうに頷いた。
その時、気配がした。意識の端で、何かが動いた。
今まで薄暗いままだった席が、揺れていた。
揺れ方が、今までと違った。かすかな揺れではなかった。明らかに動いていた。存在が、そこにあることを示していた。
「……最後の席が動いている」
ゼノは言った。
全員が席を見た。
「明らかに揺れてるね」
「この前と全然違う」
「怖いと感じ始めたからかもしれない」
「恐怖が来始めたから、近づいているのか」
「そう思います。愛情が来てルミナが来たように、近づいています」
「覚醒が近いのか」
「わかりません。でも、近づいていることは確かだと思います」
「最後の一人はどんな人格なんだ」
全員が少し静かになった。
「怖い、という感情を司っているから。本音を代弁する、って感じかな」
「本音を代弁する、とはどういう意味だ」
「ゼノが感じてるけど言えないことを言ってくれる、というか。恐怖って一番正直な感情だから。誤魔化せない感情だから」
「誤魔化せない感情」
「そう。怖いって意志で消せないでしょ。来たら来る。それがノクスよ」
「ゼノ」
「何だ」
「ノクスが来た時、怖くなるかもしれない。でもそれでいい」
「怖くなることがいい、とはどういう意味だ」
「怖さを知ることが、最後の覚醒だ。それが来るということは、ゼノが最後まで来たということだ」
「怖さを知ることが、完成に繋がるのか」
「そう。わたしは怒りだから、一番近い感情はわかる。怒りも怖さも、隠せない感情だ。来たら来る。来た時にどうするかが大事だ」
「来た時にどうするか」
「受け取ること。逃げないこと」
「テラ」とゼノは呼んだ。
「はい」
「大丈夫か」
「大丈夫ですよ。あなたなら」
「今日も同じ言葉だ」
「毎日言います。これからも。ノクスが来た後も言います」
「変わらないのか」
「変わりません。それが信頼ですから」
円卓を出た。
明らかに揺れていた。今夜は今まで以上に存在感があった。
怖い、という感覚が来た。今日初めて、怖かったという言葉を使えた。
ライナスが来なかった時に来たものを、怖かったと言えた。
その延長線上に、最後の人格がいる。
来る時が、近づいている。
最後まで読んでくれて、ありがとうございます!
次の更新をお楽しみに!
ではまた。




