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六属性を持つ最強転生者は、感情という魔法を知らない  作者: 猫眼鏡博士
最終章

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第90話 城内侵入

 城内は暗かった。

 ただ、見えないほどではなかった。石の壁から、微かな光が滲んでいた。魔法的な照明だった。何百年も維持されてきたものだろうか。


 ゼノは進みながら、全方向の気配を確認した。

 廊下の奥、部屋の中、天井の近く。複数の気配が確認できた。だが、動いていなかった。


「魔物がいるが、襲ってこない」

「なぜ襲ってこないんですか?」

「確認中だ」


 しばらく進んだが、まだ魔物の気配が続いていた。

 こちらの動きを把握しているはずだ。ゼノが歩くたびに、気配が微かに動いた。追っている。しかし攻撃してこない。


 これは統率されている。

 以前に森で見た統率された動きとは違う。森の魔物は攻撃のために統率されていた。今の魔物は、見ているだけだった。


「統率されている。魔王が俺たちを誘い込んでいる可能性がある」

「……罠ということですか?」

「罠か、それとも——俺に会いたいのか」

「会いたいって」

「使者が来た時に、魔王がこちらに興味を持っていると言っていた。六属性の魔法使いに興味があると。単純に排除したいなら、もっと早い段階で動いていた。誘導している可能性がある」

「誘導されてるんですか、今」

「可能性がある。ただ、向かう方向は変わらない。誘導されているとしても、城の中枢に向かうことが目的だ」

「わかりました。気をつけながら進みます」


 廊下を進んだ。

 城内の構造を把握しながら歩いた。左右に部屋がある廊下で、開いている部屋もあった。中を確認したが誰もいなかった。


 廊下の石の壁に、何かが刻まれていることに気づいた。

 最初は装飾だと思った。城内の壁に彫り込まれた模様。しかし近づいて確認すると、文字だった。


「どうしました?」

「文字が刻まれている」


 文字が連続して刻まれていた。一行だけではなかった。廊下の一定区間に渡って刻まれていた。

 古代文字だ。現代の言語と形が違い、文字の体系が異なっていた。現在では使われていない言語だった。


 ゼノは読み始めた。

 最初の部分は、場所の記録だった。魔王城がいつ作られたか。誰が作ったか。何のために作られたか。

 次の部分から違った。


「……これは」

「何が書いてあるんですか?」

「記録だ。個人の記録だ」

「誰のですか?」

「魔王のだ」


 読み進めた。

 廊下を進むにつれて、記録も続いていた。

 最初は、日常のことが書かれていた。旅をしていたこと。人間の集落を巡っていたこと。誰かと話したこと。

 複数の名前が出てきた。魔王が大切にしていた存在だと読み取れた。具体的な関係は書かれていなかったが、何度も繰り返し出てくる名前があった。


「……大切な人たちのことが書いてある」

「どんなことが書いてあるんですか?」

「笑ったこと。話したこと。一緒にいたこと。そういうことが書いてある」

「魔王がですか?」

「ああ。感情のある記録だ。感情を持っていた時期の記録だ」


 廊下の先の方まで進んだ。

 記録が変わった。

 明らかにトーンが変わる場所があった。文字の刻み方が深くなった。力が入っていた。

 人間との対立が書かれていた。具体的な経緯は断片的だった。ただ、大切な人たちが傷ついたことが書かれていた。


「……これは、魔王が人間に大切な人を奪われた記録だ」


 エリナが息を呑んだ。


「奪われた、って」

「殺されたと読める。正確には、政治的な争いに巻き込まれたという書き方がされている。魔王が関わっていない人間の争いの中で、大切な人たちが死んだ」

「それが——魔王が人間に敵対し始めた理由ですか」

「この記録がそれを示している」


 記録の続きには、感情についての記録があった。

 怒りが書かれていた。悲しみが書かれていた。そして——感情を捨てる、という決断が書かれていた。


「感情を持っていたから、傷ついた。感情があったから、失った。感情があったから、大切な人が死んだことが苦しかった。だから捨てる」


 そう読むことができた。


「……俺と、同じだ」


 気づくと声に出ていた。


「ゼノさん?」

「感情があったから傷ついた。感情を封じることにした。同じ結論をこの人も出している」

「同じ経緯で、ですか?」

「大切な人が傷ついた。それが原因で感情を捨てようとした。俺は無意識に封じた。この人は意志で捨てた。ただ、出発点が同じだ」

「出発点が同じで、選んだことが違うということですか?」

「そうだ。俺は取り戻そうとしている。この人は捨て続けた」

「ゼノさん、大丈夫ですか?」

「何が」

「こういうものを読んで、何か来ましたか?」

「来た。処理しきれていない部分がある」

「どんな部分ですか?」

「魔王の記録が、俺自身のことと重なった。感情を封じた理由が同じだった。そのことが、何かを動かした。悲しみに近いものかもしれない。まだわからない」

「無理に整理しなくていいです」

「ああ。今は進む必要がある」

「はい。でも、来たことは覚えておいてください。後で話しましょう」

「……わかった」

「この記録、他にも続いていますか?」

「廊下の先にまだある。ただ、全部今読むのは時間がかかる。必要な部分だけ確認しながら進む」

「魔王のことが、少しわかりましたね」

「少しだけだ。これは一方的な記録だ。事実と魔王の解釈が混在している。全部を正確とは言えない」

「それでも、何かがわかったんですよね」

「感情を持っていた存在だったことはわかった。大切なものがあったことはわかった。それを失って、感情を捨てた。その順序がわかった」

「ゼノさんと、出発点が同じ」

「そうだ」


 城の奥の方に向かって進んだ。

 壁の記録が続いていた。全部は読めなかったが、断片的に確認しながら進んだ。

 ある場所で、記録が途切れていた。だが途切れた後に、別の文字があった。


「最後に書かれた言葉がある」

「何が書いてあるんですか」

「……もう、感じなくていい。それだけ書いてある」


 エリナが何も言わなかった。

 ゼノも何も言わなかった。

 その言葉が、頭の中に残った。


 もう、感じなくていい。


 感情を捨てる前に、最後に書いた言葉だったのかもしれない。


 城の奥から、何かの気配が来た。

 魔王の気配だ。まだ遠いが、確実に近づいていた。


 意識の端に、黒い気配があった。

 まだ来ていない。しかし、そこにいる。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます!

次の更新をお楽しみに!


ではまた。

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